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◆石の上◆ ―囀り石奇譚―  作者: 犬神まみや
9/14

「8」

-兆候・変化-

   

その山高氏の鋭く・強い言葉に反応したのは、九條ではなくお悦の方であった。


「九條の旦那ッ…一体全体どぅなってるってのサ…!アタシは…?アタシは一体どうすりゃぁ…」

お悦は九條の腕に取り縋ろうとしたが、九條は、ソレを無情にも振り払い怒鳴った。

「やかましいッ!!クソォッ…もぅお前なぞ知ったことか!」


九條は山高氏を指さす。

「イイか…音輪丸…!今日は素直に負けを認めよう。だが覚えて置くがいい…この恨みは必ず倍にして返してやるぞ!!」

そんな言葉が重たい程静かな闇の中に木霊した。


その時、既に九條の姿は丸で霧か何かの様に掻き消えてしまうのを見届けると、

「フン、逃げたか。しかし、腐っても、永い歳月を闇の中で過ごしてきた者よのぅ…あたしの結界の本の隙間を見つけて抜け出すとはねぇ…いやはや大したモンダ」


山高氏はまたあの皮肉っぽい笑顔で小さく呟いて、今度はお悦の方を向き直った。


「で、お悦、問題はアンタだ。アタシがココにいるってこたぁ、アンタを放っておくワケにも行かないんだが…」

お悦は、振り絞る様な声で叫んだ。

「あ…アタシはッ、し…死んでなんかイナイ…!アタシはッ…!!死なない!」

暫くはそぅやってかぶりを振っていたが、突然顔を上げ、私とお英の方へ視線を投げてきた。


あぁ、またあの恨む様な目だ…。


私は一体ナニをどうしてイイのかどんな言葉を発すればイイのか

解らないまま、お英の体を強く抱きしめた。

お英も私の体を強く抱きしめ返しながら、小さく呟いた。


「可哀想な…お悦さん…」


お英とお悦の視線が空中で出会う。

お悦は言葉の意味が全く解らない、といった表情でポカンとお英を見つめていた。


そうしているウチにお英の瞳にはみるみるウチに涙が溢れ出した。

「お悦さん…他の誰が何と言おうと、あたしは知っていますよ、お悦さんが旦那様に…一之助さんを好きになったのは、一之助さんが本当にお優しかったから…。世の中にはあたし達女性を、丸で物か何かの様に扱う方々が多い中で…一之助さんだけは違っていました…。

それを私も…お悦さんも知っていた。

…お悦さんが今まで苦労して来た分を一之助さんだったら必ず受け止めてくれる…そぅ感じていたのでしょう?本当はお金目当て等ではなくて、一之助さんを一途に愛してらっしたんでしょう?

隠しても駄目…私には解る…お悦さんあなたは…」


お悦はソコまで聞くと頭を振って、髪を振り乱し、

「アンタなんかにナニが解るって言うんだよ!!」

と、掠れた声で絶叫した。

「アタシは、前っから…アンタのそぅ言う綺麗事が大嫌いなんだ!!誰も恨んでなんかいません、羨んだりしません、妬んだりしません、悪い事は何もしません…清廉潔白ですって素振りがサァ!そぅやって清く正しんだってのをウリにして、いい気になってるのが気に入らないんだよぅ!…そぅだよ、そこまでアタシの気持ちが解ってるとうそぶくんなら、それこそアタシの身代りにアンタが死んでおくれ!その体をアタシにおくれ!」


「人を恨むのも大概にしないかお悦ッ!」

それまで成り行きを静かに見守っていた山高氏が、一喝した。

「…確かにお前の出生や境遇には同情すべき所は多い。だがな、苦労しているのは、何もお前だけじゃナイさ。人や周囲を呪い、一切の身の不幸を周囲の所為と責任転嫁し、他人を利用して己の私服を肥やす事ばかり考える様になってしまったのがそもそもの間違いなのだ!相手を受け入れ、共に幸福に成ろうと言う努力はついぞしなかった。故、九條の様な輩に魅入られ、こぅして命を落とすハメになってしまったのだ。可哀想かも知らんが自業自得だろう!!」


山高氏の言葉でお悦は「ウッ」と小さく呻いて、一瞬後ずさり、本の少し頭をたれると唸る様な…喉の奥から絞り出す様な声で、言った…。


「許すものか…!」


その言葉をかわぎりに彼女の周囲が鮮血の様に真っ赤な光で染まりはじめた。

青白い顔にかかった癖のない、細く長い黒髪の隙間から、鮮血の様に真っ赤な光で染まりはじめた。

青白い顔にかかった癖のない、細く長い黒髪の隙間から、怒りで真っ赤に染まり大きく見開かれた目が爛々と輝いていた。


「お前達だけ幸せにしてたまるものか…」


お悦の体がふらり、と揺れて、禍々しい赤い光の中で、彼女の影が右往左往しながら私とお英にゆっくりと近づき始めた…。

「イカン…!お悦!!これ以上、悪しき感情を持ってはイカン!あたしの声が聞こえるか!?」


お悦は目だけをギョロリと動かし山高氏の方を見た。

山高氏は優しい声で更に慰める。


「ヨシ…ヨシ…聞こえる様だな…いいかぃ、あたしの言葉を良く聴くんだよ…お前が今まで不幸だったのぁ、よぉく解る…お前がその為に、深い心の痛手を持ってしまった事も、よぉく解る…だがな、これ以上罪を重ねると、あたしゃぁ、強制的にアンタをこの場から追っ払わなけりゃならん!…アンタ自身が行く先を決める事が叶わなくなるんだ」


「そんな事は…知った事じゃない…」

拒絶の言葉を発っし、お悦がニヤリと笑ったその直後…両の口端と両の目の端が音も立てずに裂け、

剥き出された歯が物凄い速さで鋭く尖る。

そうして怒りの焔を露わにしていた目の瞳孔が、猫の様にキュウと小さくなり眼球が落ち窪み、瞼が盛り上がる。


「お…お悦さ…イ…イャァアアアアッッッ!!」


お英が絶叫した。


お悦はそんなお英の姿をみると、声を立てて不気味な笑い声を上げた。

「アタシは…」

彼女の視線が、私達二人の方へ戻された。

「アタシの欲シイモノを…手に入れるだけなンだ…!それの何がイケナイんだ!」


その声を聞いた途端、何故だか私の左の目の奥がズキリと痛んだ。


と、次の瞬間、頭の上に奇妙な感触と影の揺れるのを感じた。

ハッとして顔を上げると、お悦はいつの間にか私達のすぐ目の前に立ちはだかっていた。

その息は喉の奥でヒィイヒィイ鳴って、酷く荒く、異様に生臭い。


その地獄の底から響くような息づかいの合間に、小さな雑音が時折混じる。


耳をそばだててみると、

「欲シイ…一之介…欲シイ…」

と言う呟やきであった…。


私の体がまた冷水を浴びたような恐怖に包まれた。


山高氏は小さくチ、と舌打ちすると、

「説教が通じるか通じないか以前に仕掛けをしていきゃがったか…!九條のジジイめ!!」

と顔を歪めた。


お悦は音も立てず物凄い速度で私達の方へ突進してきた。

その姿形は近づくにつれ、どんどん変質していく。

目の周りがどす黒く染まり、耳まで裂けた唇は噴出したばかりの血の様に赤い。牙は更に鋭くなり、顔全体が前に向かって突出した。


手も以上に大きくなり、爪が異常に長く太く…獲物を狩るのに適した形に変化する。

…たった一瞬のうちに起こった出来事だったにも関わらず、私の目は…と言うよりも先刻痛んだ左目を通して、額の少し上辺りの部分でその光景を受け止め、記憶して行った。


それと同時に、山高氏が、左手を前に突き出し叫ぶのが見えた。


「狼鬼!捕まえろ!!」

「9」 に続きます。

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