「7」
―妖術合戦―
「山高さぁああん!!!」
全身冷水を被ったような恐怖に支配され、私は絶叫した。
お英は、あぁっと小さく呟いて、私の胸に顔を埋めた。
が、山高氏は更に愉快そうに声をあげて笑っているのだ。
牛鬼は、その体躯から考えられない程身軽で、地響きを立て、地面に着地するとその八本の足でガシャガシャ騒音を立てながら、山高氏に一直線に向かっていく。
そして、間合いを計ったように、地面を蹴った。
その跳躍力は私の想像を遙かに超えており、その巨体が空中に舞う様はゾッとする光景である。
流石のお悦も半ば茫然自失となって、牛鬼の動きに釘付けとなっていた。
牛鬼が空中で、がぱりと口を開ける。山高氏の頭部に食いつこうと言うのだろう。
異様に長いその牙は ねばねばとした粘液で濡れており、血の様な煙がぶわりと周囲に雲を作った。
まさにその大口が山高氏の頭上に来た所で、山高氏は不敵な笑みを浮かべたまま左腕を自分の手前に差し出すと声高に叫んだ。
「サァ出て来い…狼鬼ッ!!お前の出番だァッッ!!目の前の敵を喰らい尽くし、貴様の糧とせよ!!」
その声に導かれるように、先刻 みかけた山高氏の両の手首の数珠が、山高氏の手首の周囲で弾けて強く炎の様な影を帯びながら渦を巻き山高氏の背後に廻り、その姿を一瞬にして変える。
それは巨大な角をもつ、真っ赤な狼であった。
今まで見たこともない美しく、恐ろしいその獣は彼の人の頭上で遠吠え、そのまま、己の主を襲おうとしている牛鬼の喉笛に向かってその牙を剥いた。
聴いた事のない程の大音量の・絶叫…地響き…獣の争う声が周囲の空気を振動させて、私達の体の隅々にまで震えを走らせる。
「さぁ、妖獣の相手は妖獣、妖の相手は妖だ!!サシでやろうじゃないか…九條の旦那よぉ!!…それとも…」
山高氏は左手を九條に向けて伸ばした。
「あたしたちの手塩にかけた可愛い妖獣の勝敗で今回の勝ち負けを決めるかね?」
九條は無言で構えをとった。
その手は、牛鬼を導き出した時とは別種の妖光を放っていた。
「…そう、やるの。構わないケド、九條の旦那…さっきも言ったようにアンタに勝ち目はナイよ…。何故なら」
山高氏は言葉を途切って、右の手で妖獣達が戦う場所を指し示した。
ハッとして私がそちらに目をやると、今まさに牛鬼が、狼鬼に呑みこまれんとしていた所であった。
ゴキゴキッと関節がへし折れる音がして、牛鬼が足元から捻れて、細くなっていく。
必死で泣き喚き・藻掻く牛鬼を非情にもゴブリ、ゴブリと音を立て、巨大な口から胎内に取り込む狼鬼。
その光景は凄まじいモノだった。
私はお英にそれを見せまいと更に強く彼女を抱き締める。
そうして、モノの数秒も経たない後、喰われた獣の断末魔の声が響き、
そのすぐ後、喰った側の勝利の雄叫びがそれを掻き消した。
「そんな…馬鹿な…!!!」
九條は絶叫した。
「私の手塩に掛けた…牛鬼がッ…負ける筈がナイッ…!!」
山高氏はフン!と鼻で笑うと首を傾げて高らかに言う。
「いいかぃ…九條の旦那…!アンタの使い魔は、アクマでアンタが捕らえてきたモンだろう?ソレはソレで大したもんだがねぇ、アレ…狼鬼は、アタシの一部!文字通り、自身の身を削って育て上げたシロモノなのさ…!アンタの牛鬼は喰らった狼鬼の胎内で浄化され、その生命力は全てアタシの中に流れ込んで来る。そう…アンタがアタシを牛鬼の糧にしようとしたのと同じくアタシが牛鬼を糧にしちまったって訳サァ!」
九條山高氏の言葉を聞き終えると、暫くわなわなと怒りに震えていたが、深い溜息をつくと、憎々しげに吐き捨てる。
「フン…腕を上げたな音輪丸…」
山高氏は九條から目を離さず、少し皮肉った様に微笑み肩をすくめた。
「それはそれは…!そのお言葉、有り難く頂戴して置きますわ…!でも、もうお解りでしょう?ねェ?九條の旦那?」
ソコで、食事を終えた狼鬼がくるりと振り向き、地面を蹴った。
丸で炎の様に闇に浮かんだ狼鬼は、その巨大な躰を丸め、ふわり、と自らの主の肩へ飛び乗った。
彼の様子からすると、全く重さは感じてイナイ様である。
「アンタの敗北は明白!…それでもこのアタシに逆らおって言うんなら」
狼鬼が山高氏の声に呼応する様に美しい遠吠えを周囲に響き渡らせた。
「それともアタシの前から今すぐ失せるか!この闇の世界から完全に消滅するか!?すなわち生か!?死か!?フタツにヒトツ!!!」
グッ!と九條が喉の奥で小さく唸って後ずさった。
それを目にして、山高氏は更にたたみかける。
「サァ…今すぐ撰びな!!」
「8」へ続きます