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◆石の上◆ ―囀り石奇譚―  作者: 犬神まみや
6/14

「5」

-各々の正体-

 そんな九條の言葉を耳にした時…

山高氏はそれまで座っていた石の上にすっくと立ち上がり、声高に言った。

「やぁっぱり、アンタだったんだねぇ…!どうも一之助に…このコにまとわりついてる匂いが…嗅ぎ覚えのある匂いだと想ったらまた性懲りもなく!」


その声を耳にした途端、九條の顔色がみるみるウチに変わった。

「貴様!! まさか!?」

「はぁい、そのまさか!久方振り!‘九條 政重篤信’様!!相変わらずみたいでナニヨリねぇ」

山高氏は帽子のつばを親指の先で少しだけ持ち上げながらニヤリと笑い、どこで調達したものか、胸元のポケットから煙草を慣れた手つきで取り出し、火をつけ思い切り吸いこんだ。


その仕草を憎々しげに見つめながら九條は怒鳴る。

「やはりそうか、貴様 ‘美島 音輪丸’!!このくたばり損ないが…!!」


山高氏は楽しそうに肩をすくめ、

「くたばり損ないはお互い様でしょうに!」

とフン、と鼻であしらった。


「山高さん!あの男を…御存知なんですか!?」

私は心底驚いた。余りに不気味な気配を纏った、気味が悪く得体の知れない九條。

かたや、やさしげで、温かな風情で、その場にいるだけで安心感を与える山高氏…。


明らかに風貌も対照的で…丸で接点のなさそうな二人は、互いの本名を知るだけでなく会話から察するにかなり昔からの顔見知りの様だ。


しかし…“くたばり損ない”とは…?一体…。


その時、山高氏は丸で私の心を読んだかの様に言った。


「以前にも言ったがね、一之助。あたしは既に‘人’ではナイのだよ。そしてアソコにいる九條も。言うなれば‘あやかし’。

‘妖怪’みたぃなモンなのサ。…元々は‘人’だったんだケドね。

まぁ色々の事情があって、“闇の世界”って言うか…

“あの世とこの世の境目”に棲む事になっちまった哀れで陽気な存在なのサ。

でもね、この九條って野郎は、その闇の仲間ン中でも野暮中のヤボ!

人の不幸の匂いを嗅ぎつけちゃぁ…手酷く荒らして回るって言う、まぁいわば貧乏神みたぃなゲスで無粋な奴なのサァ!なぁ、そうだよな、九條さん?」


首を傾けて皮肉っぽく山高氏がそう言うと、それまでギリギリと歯を噛みしめていた九條は手にしていた数珠を天にかざしながら叫ぶ。

「音輪丸う…!言いたい事ばかり言いおって…その減らず口…今日こそ二度と開けぬ様、叩きのめしてくれるわ!」


私はソコで「ウッ」と小さく呻いた。

周囲の闇がドロドロと…丸で先刻の夕闇の様な禍々しい赤色に染まり始めたのだ。

あまりの薄気味悪さに私は思わず立ち上がり叫んだ。

「山高さん…こ…これは一体…」


しかし彼はあくまで楽しそうに先刻から姿勢を崩さない。


その時だった。

イキナリ私の背後で心臓を指し貫くような甲高い叫声がした。仰天して私が振り向くと、私の脇を人の影が掠めて行く。

その人影が通り過ぎた本の数秒後、二の腕の辺りに微かな熱さと痛みを覚えた。

みると、着物の袖が、ぱっくりと裂けて、腕が見えていた。その熱さと痛みを感じた部分からは、ぬるりと血が溢れ出している。

本の僅かの間に起こった出来事だったので、気が付いてから身震いした。


私は影の走りさった方向に目をやった。…と、その影は更に私に向かってくる。お英の…妻の姿をした…別の女…。

「横瀬の旦那ァ…死んでおくれよぉ…」

その手にはシッカリと懐刀が握られていた。


「横瀬の旦那、アンタだけは生かしちゃおけないんだ…このアタシの手で必ず葬ってあげるよ!」

女は 又 怯むことなく刀を握りしめ、私に向かって突進してきた。


「お前は…一体誰だ…!?」

切っ先を避けながら私は怒鳴った。

「さっき気が付いた…いや、先刻気付いたのだ!!もうずっと気付いていたんだ!姿形は妻だが…お前は妻なんかじゃない事に!でも私は、お前の事を…知っている…!!」


「そうよ、九條、この女…と、言うかこの女の中にいンのぁ誰なのサ?」

山高氏が女の方を見ながら言った。

「どうやら肉体(いれもの)なかみが別モノの様じゃないか?」


辺りは赤い闇に更に浸食して行く。先刻まで見えていた空も、木々も家の灯りも見えなくなってた、が…おかしな事に自分達の姿だけはその中でも浮き彫りの様にハッキリ見えている。

丸で世の中には 私と 妻の姿をした女と 山高氏と 九條の四人だけしか居ないようであった。

先刻の山高氏の言葉に九條は又苦々しいとでも言わんばかりの表情で答えた。


「あぁ、その通り。相手が貴様ではもう隠し立てする気も起こらぬ」

九條は女の方を見て目配せをした。


女はソレを横目で見てとってすぐ私の方を向き直って、言った。

「…横瀬の旦那…有り難いじゃないかぇ?アタシの事をほんの少しでも覚えていたようだねぇ。でも随分頭の巡りは鈍くなっちまったんじゃないのかい?…お英なんかと…お英なんかと所帯なんぞ持ちやがるからッ…」

女はキッと目を吊り上げて私を睨む。


恨んだようなあの滑る黒い目。

そうだ…間違いない…この女は…


「お前…ッお悦か…」

「そうだよ!旦那、あたしだよ!!お英と同じ店で働いていた、お悦だよッ!ようやく思い出した様だねッ」


お悦…お英がおかしくなったあの日訪ねて行った…!やはりそうであったか…


お悦は、美しく、ずる賢く、…色々の意味でお英とは対極の位置にいる女であった。

私に好意を寄せていると言う点以外は。…そう。お悦は私に惚れていた。

否、私の財産に惚れていた様である。

カフェに来る大半の男の客は必死で彼女の美を褒め称え、賞賛し、彼女の心を射止めようと躍起になっていた。しかし、私はどうしてもこの美しい女が好きになれなかった。


幾ら外見を取り繕ってみても体全体に滲み出る、何かドロドロした…卑しさ…狡猾さと言う恐ろしい害毒を本能で感じ取っていたからかも知れない。


お悦とお英…私は結果の通りお英を選んだ。最後に店へ私達が挨拶に行った時お悦は物陰から私を見ていた。そう…あの恨んだような色をたたえた目で。


…それから妻が店を辞めた事もあって一時期パッタリと音信不通になっていたのだ。


だから、手紙が届いて、妻…お英が、彼女…お悦を見舞いたいと言い出した時少し戸惑いを感じたが、そうそうある事でも無いし、病気で伏せっていると聞けば私だって当然同情心がわく。

供の者も付けるし、他の友人も来るらしいから、聞いて安心して出してしまったら…まさかこんなワケの解らない事態を引き起こされるとは…しかもソコまで恨まれていたとは…


お英の中のお悦は喋り続ける。

「あたしはね、横瀬の旦那。アタシを選ばなかったアンタも憎たらしいが何よりお英がどうしても許せなかった。全ての意味でアタシに劣っているあの子がどうして私よりも仕合わせに成らなけりゃぁ成らないの?

アンタに見捨てられたアタシは、そりゃぁあの後ヒドイ有様でしたよ。他の男に妙な病気は移される…店を追い出される…」

捨てるも何も恋し合ってもおらんのにとでかかったところで、お悦のいびつに嗤いに言葉がつっかえた。


「でもネ、この九條の旦那の御陰で…もう余命いくばくもないアタシの体はこうして」

と、お悦はお英の体胸の辺りを拳で強く叩いた。

「お英の体と、とっかえっこして貰えたってワケ」


彼女の言っている言葉の意味が解らなかった。


人の“中味”を…彼等の言う所の“魂”と言うモノを入れ替える術があるだなんて…!!一体どうやって…!?

そんな『まさか』が、そんな『不思議』が、本当にこの世にあり得るのだろうか。

ちょっとまて…私の胸の内で急に恐ろしい思考に辿り着いた。

例えばそれが、本当だとしたら…そんな事が可能だとしたら…妻の魂は、お悦の躰の中と言う事ではないか。


「じゃぁ妻は…お英は、一体今何処に!?」

「サァね」

お悦はつまらなさそうに肩をすくめた。

「知るワケないじゃない」


そこで九條が口を挟んで来た。

「お悦の体はさっきも言ったように病でボロボロだった。ソコでこんな寿命の縮みそうな術を駆使したんだ。お悦の肉体いれものの方は、なかみ引っ張り出した時点で息絶えちまったよ。

あぁ、お悦の完全に息の根の止まった躰の方はちゃぁんと始末してきたサ。お前さんのお内儀に付いてきた小間使いに金を渡したらな、あの娘、喜んで引き受けて、私等と一緒に死体を片付けた後、そのまま金を持って何処かへトンズラしたようだ。

…だから、お前さんの女房は…入れ替わるべき肉体が無くなっちまったんだから…まぁ…その辺をフラフラ所在なく、“浮遊霊”にでもなって彷徨っているんじゃぁないのか?」


九條もお悦も嗤っていた。


私の方は、もう、怒って良いのか…泣いて良いのか…全く解らない。

あの真面目な小間使いのおみつが裏切りを働いた事も衝撃的であったが、何よりも浮遊霊なんて今まで耳にした事も無い。


てが常軌を逸した事態である、しかも目の前で人を嘲笑っているこの連中は人の命を単純に考え、弄んでいるとしか思えない。


…妻は…哀れなお英は、何がなんだか解らないままこんな非道い目にあって…今も何処かで彷徨っているだなんて…。


体中が、色々な感情でごちゃ混ぜになって、震えが止まらず、涙が止め処なく押し寄せてきた。


「可哀想なお英…!!」

と、私が嗚咽と共に言葉を絞り出した時だ。



「6」へ続きます。

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