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◆石の上◆ ―囀り石奇譚―  作者: 犬神まみや
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「終章」

-朝から夜へ・夜から朝へ…そして-  

昭和64年1月…昭和天皇崩御。

年号は「平成」となり、私も今年で99歳と言う高齢になっていた。


今日は平成元年6月24日。

99歳とは…我ながらよくもまぁ長生きしたものだ。


それでも99歳とは思えないと回りの者は皆口を揃えて言う。

いやいや、99年と言う歳月とソレに伴う経験の重みは自分の躰が一番良く知っている。

最近では起き上がるのも億劫になってきた。


「平成」私は小さく口の中で呟く。

確かに平和が成り立った様に見えなくもない。

戦争から比べてみれば確かにまだマシと考えられなくもナイ。


けれど…どうだね。


人と人との繋がりは薄くなり、己の私利私欲のみで動こうとする

人間は後をたたない。それどころか増えていく一方だ。


おかしなものだよ。


テレビにでは、昭和の時代を色どった女流歌手が亡くなったニュ-スが報じられている。

私よりもずっと若いのになぁ…。

テレビを消すと、私は布団から体を起こした。

窓の外に目をやると空はうす曇り。

風が大分湿っているからそろそろ雨が降り出すかもしれんなぁ。


…涙雨かねぇ。


庭の大きな石の上に視線を移すと

雲の隙間から一筋、太陽の光が差し込んできて、そこだけを照らしている。


なんだか不思議な光景だよ。


今にも遠い昔に出逢った、あの恩人が声をかけてきそうだ。

いちのすけ、一之助…と。


その時、ふぃに背後からやさしく誰かに肩を叩かれた。

「何みてんの?じいちゃん」

私は慌てて振り向くと、ソコには屈託のない笑顔を浮かべるまだ少年の色を残した青年の笑顔があった。今年20歳になったばかりの孫の英二であった。

彼はその長身をくぃっと屈めて、私の見ていた場所に目を向ける。

「石をみていたのさ」

私が答えると、英二はふうん、と小さく頷きながら、私の布団の傍へドッカと座り込んだ。

「石ねぇ…」

私はそうだ、と呟くとまた石の方へ視線を戻す。


その石は山高氏の座っていた石である。

山高氏がもしやしていつか現れるのではないかと、あの事件の後に、その敷地から引き上げてきて庭に置いたものだ。


「石なんぞみたって何を面白い事があるか、とお前は想うんじゃないか?」

「いや…」

英二はうん、と唸って、言った。

「オレは、じいちゃんの気持ち…ちょっと解る気はするけどね」

「どう解る?」


私はまた英二の方に目を向けた。


「んん…」

英二はまた困った風に前髪をかきあげた。私の時代からはとても考えられない様な明るい色合いをした軽装。カバンが脇に置いてあるトコロをみると、大学帰りなのだろう。


…孫も数人いるが損得なしに、こうしてちょくちょく私の所へ顔を出すのはこの英二だけになってしまった。


これも“血”の為せる業か…?


私は真剣に考えこむ英二の顔をじっとみつめた。

その時。英二は顔をパッとあげ、私の視線を真っ直ぐ捉えると、こう言った。


「人間と違って嘘をつかないからイイ…!」


沈黙が流れた。

英二はバツが悪そうに肩をすくめると

「違う…かなぁ…」と照れ隠しをする様にヘヘヘ、と笑う。


「いや…当たらずとも遠からじ」

私は笑った。

英二はテレ臭そうに笑いながらもう一度肩をすくめる。

…と、そこで彼の動きがピタリと止まった。

彼の…あのお英に良く似た黒い瞳が見開かれている。


その視線は一点に注がれていた。


私も彼の視線の方へ目をやると梅雨のさなかとは思えない程爽やかな

一陣の風が私の頬を撫で、過ぎ去っていった。


私と英二の視線が、同じ場所で止まっている。


石の上。

そこには、人影があった。

懐かしい影だ。

日の光が彼の山高帽の影を更に色濃く映し出す。


「また会えた…」


私と英二は同時に口を開いていた。


そして、互いに顔を見合わせる。


英二は酷く驚いていたが、私は驚きはしなかった。


「じいちゃ…見えてんだ…やっぱ」

「当たり前だ、お前より私の方が年季が長い」

私は笑いながら英二の肩に手を置いた。

「じいちゃん…」

「ん?何だ?」

「じいちゃんはいつから見えてたワケ?」

「知りたいか」

「うん」

「少し…長くなるぞ…それでもいいならな」


彼は黙って頷いた。

私は彼の手を握る。その若く力強く温かな…生命力に溢れる手をシッカリと。



振り向くと外の石の上に 大水青がヒラリ、ヒラリと舞いおりて来て、その美しい羽を小さく動かしている。


大水青の隣に、美しい白い着物を着て、出会った頃の姿のお英が立っている。

一昨年の秋。私より一足先に旅立ったお英。亡くなってからも私の傍から離れないでいてくれた…やさしい私の妻よ。


なんだか今日はいつもよりもハッキリと君の姿や…他の者達…そう、あちら側がみえる気がするよ。

お英はそっと頷き、ゆっくりと遠くの空を指差した。


ははぁ…解ったよ、お英。


…どうやら私にもあまり時間が残されていないと言う事だね。


山高氏がしっかりと姿を表すと、私と英二に向かって、丸で舞台役者の様に気取ってお辞儀をする。


私も彼にゆっくりと一礼すると微笑んだ。


山高さん、ありがとう。


風が強くなってきた。


遠くの空で雷の音と共に、いつか聞いた、あの硬い蹄の音が聞こえる。


英二は驚いた表情で、私と、お英と、山高氏を見比べていたが、


やはり、その響いてくる音に気が付いたのか落ち着きがなくなった。


「英二、すまんなぁ…どうも話は出来そうにナイよ…」


私はそう言うと、そっと瞼を閉じた…。





遠くで英二が私を呼ぶ声が、聞こえた。



(そして新たな物語へ…)



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