愛しい人
皆既日食の日、午前10時に大学近くの公園に集まった。みんな日食グラスで太陽が欠けていくのを見ていた。取材とはいえ俺もグラスを持ってきてちゃっかり見ていた。やっぱり天体ショーは素晴らしいな。
「浜田君は教育学部なんだって?キャンパスが違うのに部室にちょくちょく顔を出すのは大変だろ?偉いな」
「部長ですから。実は僕、一年留年してるんですよ。今23歳ですし、みんなを引っ張っていかないと」
「え?一年留年してたのか?」
「はい、正式には休学です。病気で長期入院してたんですけど今は治って元気ですからね」
「へぇーそうだったのか」
「あっ、そういえばあの人まだ来てないのかな?」
浜田君は辺りをキョロキョロ見渡していた。
「誰かまだ来る予定?」
「はい。僕が一年の時、四年で同じ教育学部の先輩だったお姉さん的存在の人です。一時期天文部に入ってたみたいですし、勉強も教えてもらったりしました。部室に飾ってる写真にも写ってますよ。あっ、もしかして工藤さんと一緒に写ってたんじゃ…」
えっ?それってもしかして…
「あー来た来た。こっちです、七星さーん。もう日食始まってますよ」
「ごめーん。今日は学校休みだから寝坊しちゃって…」
七星だった…こんな巡り合わせがあるのかと思った。俺に気づいた七星は他ならぬ驚きの表情としか言い表せない感じだった。
「久しぶり…元気だったか?」
「悠紀先輩…なんでここに?」
「お二人はやっぱり当時の天文部で一緒だったんですね。僕はもうすぐ教員採用試験があるので、この後いろいろアドバイスしてもらおうと七星さんに連絡したんです。ついでに皆既日食もどうですかってね」
「そうだったのか。七星、教師になったんだって?よかったな。俺は ”星から君へ”の 雑誌の担当になって、母校の天文部を取材させてもらうことになったんだ」
「すごいですね」
「そうそう、さやかがこの前、七星を銀行で見かけたって言ってたぞ。連絡してやったら?会いたがってたし」
「先輩、さやかと会ってるんですか?」
「久しぶりに会ったんだ。真鍋と3人でな。たまたま大学で真鍋に会って、それで」
俺は勝手にだが、さやかの連絡先を七星に教えた。何だかあの頃とは違うぎこちなさがあった。話したいことは山ほどあるのに会話も続かない。俺は俺で日食を見たり天文部のみんなに話を聞いたりしながらも七星をチラチラ見ていた。彼女の顔は曇っていた。こんなに天気が良くて絶好の日食日和なのに…
君はまだあいつのことを想っているんだな。
そのネックレスを見ればわかるよ。柊二からのだろ。そして俺も、まだ君のことを忘れていなかったんだな。