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二人の仲間《弐》

「おい、何かいい考え浮かんだか?」

「さっっぱり」


 すでに月明かりがさす町の中、すっかり意気投合した二人は、課題解決のために町の人々に魔獣の話を聞いて回っていた。

 しかし聞けば聞くほど面倒な事態だと判明するばかりで、退治など無理だと思えてきてしまった。


「参ったな。お師匠の言い方からせいぜい二、三匹だと思ってたんだが……。まさか群れで来るとは……」

「一匹一匹はそう強くないみたいだけどね。数十匹単位で来られちゃあ、全部退治するなんて絶対に無理だよねぇ……」

「ああ、だな」


 ゴルディアスが示した魔獣の名は、ジュヌといった。そのジュヌについて人々が話したことは、第一に群れで来ることだった。二十頭ほどの群れで一箇所に押し寄せ、巧みな連携で集中的に家屋を破壊し、家畜や食糧を奪っていく。こちらから手出しさえしなければ人を襲うことは滅多にないが、運悪く命を落とした人もいる。

 大きさは大型犬ほどで、形も似ているが、森に潜むため毛は暗緑色で、瞳は不気味に輝く黄色。非常に獰猛で、鋭い爪と牙を有し、いとも簡単に肉や骨を切り裂くのだと言う。


「だよね~……ってセルグ、まさか諦めるの?」

「馬鹿野郎。んな訳ねぇだろ」


 さてと、と大きく背伸びをしながら、セルグは森に向かって歩き出した。


「何時までもグダグダしてらんねぇ。凶暴だろうが何だろうが、取りあえず森に行ってみようぜ。何かいい考えが浮かぶかもしれねぇだろ」

「う、うん」


 どこか不安を覚えながらも、セルグの意見に賛成したアルフォンスは、すっかり日が落ちて闇に溶け込んだ森へ向かった。

 夜空に雲はなく、月明かりが大地を照らしている。しかし鬱蒼と木が生い茂る森の中にその光が届くことはなく、アルフォンスたちは灯りを用意して森に入った。

 セルグを先頭に進んでいたのだが、アルフォンスが気づいた時には、道はいつの間にか獣道となり、人の痕跡はどこにも見受けられない。

 そのことをアルフォンスが訊ねようとしたら、セルグが辺りに気を配るように言ってきた。

 灯りを掲げて周囲を見渡せば、そこかしこに魔物の巣らしきものが見受けられた。その数は十や二十どころではない。


「ね、ねぇ。僕たち、ここに居て大丈夫なのかなぁ……?」

「さあな。ま、絶対に死なせねぇから安心しろよ」

「それはどうも。だけど問題が違うでしょ!?」

「んな騒ぐなよ。……おっと、お出ましみたいだぜ」


 セルグの耳はすでに、二人を囲んだ魔物の息遣いを捕らえていた。


「参った。五十はいってないと思うんだが……。ま、やるしかねえか!」

「……ねえセルグ、目的覚えてる? 何か、とっっても楽しそうだけど……」

「冗談言うなって。俺はそこまで馬鹿じゃねぇよ。……で、アルは逃げるか?」

「そっちこそ冗談言わないでよ。僕だってそこまで弱虫じゃないよ!」


 アルフォンスも剣を抜き、二人は背中合わせになった。

 こうして二人の死闘が始まった頃、森の入り口に何者かが訪れた。涼やかな月光が影を作りだす。


「……この森の奥、か」


 その影は、闇に染まった木々の間に飲み込まれていった。


「くっそ、ちょこまかとしやがって……!!」


 一匹のジュヌがセルグに飛び掛かったのを皮切りに、二人の闘いが始まった。アルフォンスとセルグはともに健闘していたが、非常に苦戦を強いられていた。何せ二人は駆け出しの剣士に武闘家、接近戦で一対一の形でしか戦いようがない。

 しかしジュヌはその鋭利な爪と牙で、巣に近づいた二人を容赦なく四方八方から同時に攻撃してくる。大柄な体躯ゆえに一対一で向き合えたチェータとは違い、二人はどうしても防戦一方になってしまう。


「セルグ、ここは退こうよ!」

「退くにも退けねぇだろ、この状況じゃあ! ……ってアル、前見ろ! 危ねぇ!!」


 隙をみせてしまったアルフォンス目掛け、一匹のジュヌが牙を剥いて飛び掛かってきた。アルフォンスはとっさに目をつぶり、襲いくるであろう衝撃に身を強張らせる。

 だが痛みの代わりに、何故か眼前で炎が燃え上がった。


「……えっ?」

「おい、どうした!?」


 突然のことに驚いていた二人に、誰かが木の陰から話しかけてきた。


「――大丈夫か?」


 アルフォンスが声をした方を振り向けば、外套を目深に被った人がいた。見知らぬ人物だが、さっきの炎と今の言葉を踏まえれば、この人は恐らく魔法使いなのだろう。炎の術で自分を助けてくれたのだ。

 炎に驚いたのか、ジュヌたちは三人から一定の距離をとった。それを確認した魔法使いは、二人に近づいてきた。アルフォンスは慌ててお礼の言葉を述べる。


「はい! どうもありがとうございまし……」


 魔法使いは話をするためだろう、顔を隠していた布を取り払う。だがその顔を見て、アルフォンスは言葉を失った。

 魔法使いは女性だった。自分たちとそう年齢は変わらないだろう。だが、美しすぎる。あまりにも。

 月夜に映える漆黒の髪は腰まで真っ直ぐに伸び、頭の上で一つに結ばれている。また、肌は透き通るように白い。どれもアスケイルにありふれた色のはずなのに、初めて目にする美しさばかりがそこに存在した。

 何より美しいのは、氷のような冷たさを感じる、まるで黒曜石のような瞳の輝き。


「ここは私が引き受ける。退いてくれ」


 次の瞬間、炎の華――アルフォンスはそう思った――が宙に無数に生み出された。魔物たちはその炎を見ると、敵わないと悟ったのだろう、一目散にこの場から逃げていった。


「何故ここにいるかは知らないが、私は依頼を受けて、魔物が町に来ないようにしにきた。……構わないな?」


 美しき魔法使いの問いに、アルフォンスはまるで首振り人形のように、コクコクと首を縦に振ることしかできなかった。


「では、今すぐ森を出て行ってくれ。魔法陣を張るので、居られると障りがある」


 こうして言われるがまま、二人は森の外に来てしまったのであった。

 しばらく呆けていたアルフォンスだったが、次第にそれは興奮に変わった。あの美しさは素晴らしい。しかし、そんなことより、もっとすごいものを自分は見た。


(すごい、やっぱり世界は広いんだ! あの人はすごい!)


「あの人、すごい魔法使いなんだね。魔法陣を張るだけで、あんな数の魔物を簡単に退治できちゃうなんて! それにさ……って、セルグ?」


 隣のセルグは、ぬぼぉーっ、とまるで魂が抜けたかのように空を見つめていた。おまけに顔が少し、いや、かなり赤い。


(――はっ!! まさかコレは……)


 そう、これはまさかの一目惚れであろう。お決まりではあるが、目の前で手を振っても気付かなかった。


(……仮にも武闘家なのに、コレはやば過ぎだろ。ぃよし!)


 悪いとは思ったが、アルフォンスはセルグのすねに一発入れることにした。勢いをつけ、思い切りすねを蹴飛ばす。


「――痛っ! アルッ、何すんだよ!」

「あのねぇ……。何て言うかな、限度と言うモノが……」


 アルフォンスの呆れた表情と声色に、何を責められているのか察したのだろう。セルグはそれ以上声を荒げることもなく、居心地悪そうにうろうろし始めた。


「べ、別にいいじゃねぇか。……けどよ、マジで綺麗だったよな」

「まあ、それは認めるけどさ……」


 二人の間の空気が何とも言えないものになったその時、渦中の魔法使いが森から出てきた。疲れた様子もなく、この短時間で術を終えたというのはやはり驚きだ。何らかの封印術なのだろうが、普通は何日もかかるはずである。


「あ! さっきは助けてくれてありがとう」

「……礼はいらない。では」

「そんな……って、ぁあああ! やばい、どうしよう!」


 突然アルフォンスが大声を上げ、魔法使いも驚いたのだろう、わずかに目を瞠って立ち尽くしている。


「何だよ。どうした?」

「どうしたじゃないでしょ、ジュヌを食い止めるのが課題なのに! 僕たち何もしてないよ。これじゃあ駄目だよ!」


 アルフォンスの言葉を聞いてようやく思い出したのだろう。美しい魔法使いに見惚れて赤みがさしていたセルグの顔は、一気に真っ青になった。


「……課題?」

「しまった! ああ、そうなんだよ。俺たちで森にいた魔獣を食い止められたら、お師匠から旅に出る許可を貰えるんだ。やべぇ、すっかり忘れてた!」


 半分悲鳴のような声を出すセルグに、魔法使いは対照的な、あまり抑揚のない声で聞いてきた。彼女はどうやらこれが素の態度のようだ。


「……。それは、絶対に二人でやらなければいけないと言われているのか?」

「へ? いや、方法は任せるって言われたからな……。別にそうじゃないと思うが」

「ならば、私に手伝いを頼んだことにすればいい」

「え、いいの!?」


 魔法使いの思わぬ申し出に、アルフォンスは耳を疑った。先ほど自分の礼を遮ったこともあり、こうした申し出をしてくれる人物だとは思えなかったからだ。

 とはいえ、これはまさに渡りに船だ。確かに、誰かに手伝ってもらってはいけない、とは言われていない。


「構わない、好きに報告していい。私の名はリネア・ル・ノース。魔法使いだ」


 ――女神様かこの人は!

 アルフォンスは、思わずそう叫びそうになったくらいだ。

 こうして二人はリネアを引きつれ、急いで宿へ事態の報告に走ったのだった。

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