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Beginning of Legend~伝説の始まり~  作者: 今尾実花
始まりの終わり
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始まりの終わり《参》

 パタン、と部屋の扉が閉じられる。


「さて――」


 賢者は数歩歩いて、窓辺に寄りかかった。


「今日は驚きの連続だったろうけど、まだ君には驚いてもらわなきゃならないんだ」

「僕が? この剣が……」

「ああ、それは嘘。というか口実だね。君と二人で話すための」

「はあ……」


 確かに剣を持ち出せば、アルフォンスと一対一で話し合ってもおかしくはない。

 だけど、何を話すというのだろう。


「さっき質問はないか、と聞いたとき、てっきり君はコレのことを聞くと思った」


 そう言って賢者はアルフォンスに近づき、首飾りを取り出した。


「あ!」

「ふふ、ラルフ君たちの扱いを聞いて、頭から吹っ飛んだみたいだね。コレ、今も気になるかい?」

「……はい」


 そうだ。この首飾りから感じた力と――それを感じとった自分が、気になって仕方がない。


「……全ては一つに繋がるんだ」

「え?」

「目覚めの時をお待ち申し上げていました。――我らが人王様の血を引く、ただ一人の御子よ」


 跪き、深く頭を垂れる賢者。


(……え?)


 何が起きている。賢者様は何をしている?


(誰が、人王様の)


「あなた様の父君はアスケイルの民。母君は人王様にあらせられます」


 膝がガクガク震えるのを止められない。心臓だってうるさいくらいバクバク音をたてて跳ねている。賢者が告げる言葉は、アルフォンスの理解能力を軽く越えていた。


「『試しの扉』は真実ですが、母君にお会い出来ない理由は他にも御座います」


 ああ、重要なことを言っているのに。

 頼む、まともに動いてよ僕の頭!


「――母君、人王様は――」


 賢者が真っ直ぐアルフォンスを見据える。その瞳に宿る、強い力に引き込まれる。目が逸らせない。


「現在、消息不明となっております」

「!!!」


 ガタン! と音を立てて、アルフォンスはその場に崩れ落ちた。立ち上がることも出来ず、同じ視線の高さとなった賢者を茫然と見つめた。


「人王様の血族である、あなた様には界王力が宿っておいでです。リネアが目覚めた時やクレア様が力を行使したとき、お分かりになったはずです」

「僕、に……?」

「はい。何より、この首飾りが証なのです。これは人王様の血族のみがもつことを許された品」


 だんだんと、アルフォンスの頭も正常に動くようになってきた。


(首飾りの力は界王力で、リネアたちも使える。僕は血族だから、セルグたちは分からなかった界王力が感じとれた)


 そうか。あの結界は余分なモノを遮断するために張ったのか。結界内で界王力だけを行使出来るように。


「母君の……人王様の安否は、あなた様が人界に下られてから不明のままです」

「え……?」

「しかも父君は瀕死の重傷を負われ、あの村に逃げ込んだ形となっております」

「!? じゃあ人王様は!」

「真実は不明です。その時から私や他の界王様でも、扉を開けません」


 アルフォンスは、ボロリと大粒の涙がこぼした。


(じゃあ、やっぱりあれは――)


 武闘大会の前夜に見た、不思議な夢。いや、むしろ過去の出来事か。

 巨大な扉の前に立ち、傷ついた体で赤ん坊を抱える男性。そして涙を流し、逃げてと叫んだあの女性!


(父さん、母さん!!)


 会いたいのに。

 笑顔で迎えてくれるかな。それとも、再婚とかしちゃってるのかな。

 そんなことを考えながら旅を続けてきた。望みを捨てきれないで、母の愛を、温もりを、求めていた。

 なのに、母に会えない。会えると思って頑張ってきたのに!

 それが分かった途端、アルフォンスは急に体中の力が抜けた。何とか倒れることだけは防ぎ、近くの椅子にしがみつくように座りこむ。


「……人王様は」

「間違いなく御存命です」

「えっ……?」


 界王に『消息不明』などというものだから、アルフォンスはてっきり母は亡くなったものだと思っていた。

 しかし、賢者の瞳には、同情も憐れみの色もない。


「界王様がいなければ、その世界は姿を保てません。ですから……」

「生きてるんですね!?」

「はっ?」

「母さ……人王様、生きてるんですよね!?」


 アルフォンスは椅子から飛び上がるようにして、賢者に詰め寄った。ボロボロと流していた涙を拭い、返事を待つ。


「ええ、私の全てに誓って」


 優しい笑顔でそう告げて、恐怖を取り払ってくれた賢者に、アルフォンスは心から感謝した。


「僕、頑張ります! 母さ、ええと……うん、母さんには何かあった。だけど、今の僕じゃ何も出来ない」

「……では、どう致しますか?」

「まずは剣を使いこなしたいんです。僕だってみんなを守りたい」


 その言葉を聞き、賢者は笑顔で言った。


「では獣界に渡る前に修行ですね」

「はい! ――えっ?」


 元気よく返事したのは良かったが、アルフォンスは一瞬で後悔した。


(何か賢者様、笑顔が怖い……)


 笑ってるのに笑ってない。

 いや、本人は至って楽しそうだ。その嬉しさを他者が共有出来ないだけで。


「その言葉を待ってましたよ。全員、渡る前に鍛え直した方がいいと思っていたんです」

「は、はあ……」


 『ウキウキ』という言葉が似合いそうな雰囲気だ。何か凄いことを言ってるのに突っ込めない。

 ――ああ、みんなゴメン。

 アルフォンスは別の部屋にいる仲間に、心の中で懺悔した。


(……あ、そうだ)


「賢者様」

「はい、何か?」

「驚いて言いそびれてたんですけど……。僕に敬語、使わないで下さい」

「ですが」

「だって賢者様、僕は敬語を使うに値しないですよ。なんの力もないんです」

「いいえ、あなた様の崇高な想いは――。……ですが、望まれるならそのように。アルフォンス君」

「はい!」


 例え自分が界王の血族だとしても。


(僕は僕。今まで通り『アルフォンス・ロッテカルド』でしかない)


 いつか血族ゆえの別離がきても――。


「血族のことはもう少し秘密にしておきなさい。まだ尚早だ。心配事はリネアやクレア様に言いなさい。二人は血族だからね、君の真実にも気づいている」

「はい」

「では話の続きをしようか。みんなを呼んできてくれ」

「わかりました」


 アルフォンスは賢者の指示通り、みんなを呼びに行こうと扉に手をかけた。


「あ、そうそう」

「?」


 まだ何かあったのかな、と思ってアルフォンスが振り向いたら――。


「セルグ君とも二人きりで話がしたいな。――うん、『色々』と、ね」


 賢者の目は、今度こそ本当に笑ってなかった。


(ぎゃーっ! バレてるぅーっ!!)


 この部屋の気温がおかしい。一気に氷点下だ。

 だって賢者様の背後から吹雪吹いてるんだよ間違いなく!


「え、あっ、えーと」


(えーと賢者様はリネアの育ての親で、だからリネアは賢者様には娘同然で……)


 ここまで考えて、アルフォンスは卒倒しそうになった。

 何だこの世界最強の嫁取りは。男親その一・賢者様に加え、その二・本当の父親は魔王様だろ!


(やっぱりリネアって『高嶺の花』だよセルグ……)


 目眩がしてきた。

 これからはセルグにもう少し優しくしよう。アルフォンスは現実逃避気味にそう思った。


「で? セルグ君を呼んできてくれるのかい?」

「――はっ! え、えーと、その必要はないです!」

「……ふぅん?」


 わあ、視線で人が殺せそう。ってか自分が死にそう。


「ほ、ほら、修行するんですよね!? セルグもまた一段と成長しますから、まだ待って下さい!」


 ――思い出すのは七年前。村の友人の兄が嫁取りをした時のことだ。

 隣村の女性だったのだが、彼女は近隣の村々でも評判の器量だった。

 反してその父親は、頑固一徹で有名だった。早くに妻を亡くし、男手一つで育てた大事な一人娘だ。半端な求婚者は片っ端から追い返し、牛をけしかけたとか池に放り込んだとか、最強伝説を打ち立てていた。

 そんな『強敵』が待ち構える女性に求婚する友人の兄は、周囲から『勇者』と讃えられた。

 そして見事、求婚には成功したのだが……。


(ここで逃げたらセルグはあれ以上のことに……!)


 幼かったアルフォンスの中ではアレを見て以来、嫁取りという行為は恐怖の対象になっていた。

 成功を仲間に告げていた友人の兄。その端正だった顔が恐ろしいくらい腫れ上がったのを見てから……!

 とにもかくにも、いま賢者様がセルグに判断を下すのは止めさせたい。


(だってセルグは)


 砂漠での決死の告白は保留となり、スードでの戦いは絶対に満足いくものではなかっただろう。

 そんな状態のセルグを賢者様の前に差し出せるもんか。


(男の友情が試される時だ。ここで逃げたら男が廃るっ!)


「賢者様、お願いですから……!」


 まだセルグを排除しないで。絶対にセルグはもっと上を目指すから!


「……じゃあ、君に免じて待つよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「ああ、『一度だけ』だ」

「じゃあ僕、みんなを呼んできます」

「頼むよ」


 アルフォンスは廊下に出て、みんなが待つ部屋に向かった。


(もしかしたら余計だった……かな)


 セルグは賢者様に見定めてもらえる機会を、自分の独断で一度だけに限定されてしまった。

 でも、直感的に分かってしまったのだ。賢者様は今のセルグを認めるつもりはない、と。


「みんな、賢者様がまたお話があるって!」


 だけど今は、とりあえずは事を進めよう。アルフォンスはそう考えて元気良く部屋の扉を開けた。


「アル」

「リネア! もう起きて大丈夫なの?」


 部屋に入ると、リネアがベッドの上で体を起こしていた。顔色もだいぶ良い。


「ああ。心配をかけた」

「いいよそんなの。あ、賢者様のところ行ける? 向こうの部屋なんだけど」

「大丈夫だ。行こう」

「うん!」


 アルフォンスがリネアたちが何を話していたか聞くと、界王様のことだという。

 リネアたちの銀髪は天王の血族の証、金色の瞳は魔王の血族の証。

 それと、頬の紋様も界王の証の一つらしい。瞳・髪の色と紋様、三つの証のうち、生まれた時は一つか二つを持ち、即位したら三つが揃うという。

 アルフォンスたちが部屋に着くと、中にはアーサーがいた。何やら賢者と話し込んでいる。


「ああ、来たね」

「では私はこれで」

「ええ、頼みますよ」


 ちょうど話が一区切り着いたらしく、アーサーが席を立った。


「ラルフ、賢者様のお話が終わり次第、一の間に来てくれ」

「承知致しました」


 ラルフに声をかけたアーサーを見送り、アルフォンスたちは賢者との話を再開させた。


「さっきも言った通り、まずは獣界に渡ることをお勧めするよ。何か意見はあるかい?」

「いえ、他世界のことは何も知らないですし……」

「じゃあ決定だ。獣界への扉だけど、それはジーパの山中にあるから」

「え」


 ジーパ。その国名を聞き、視線が一つに集まる。


「何ぃ~っ!?」


 もちろん、この叫び声の主はジーパ出身の――。


「セルグ、知らなかったの?」

「知るわけないだろ! 賢者様、山中ってどの辺りですか!?」

「あ、それは秘密」

「へっ?」


 素っ頓狂な声を出したセルグに、賢者はクスクスと笑う。


「扉は全て島国にある。ジーパもその一つだけど、扉のことは最重要機密だ」


 そこまで言って、賢者が椅子から立ち上がった。

 何かの術を発動させ、アスケイル周辺が描かれた大きな地図をどこからともなく取り出す。


「だから今回は私が連れて行くよ。その方が早いしね。それと……」

「師匠」

「ん? 何だいリネア」


 何かを説明しようとしていた賢者を遮り、リネアが苦言を呈した。

 あまりにも説明が足りなさ過ぎる、と。


「私たちが扉へ向かう場合、管理者であるアスケイル王の許可が必要です」

「しまった。私は許可がいらないからな、つい忘れていたよ」

「あの、何でアスケイル王が関係してくるんですか? 扉があるのはジーパじゃ……?」

「ああ、古代から四大国の元首が扉の管理者となっているんだよ。『界王の間』への扉は共同管理」


 そう言って今度は世界地図を出現させ、大きなそれを宙に浮かべた。

 するとジーパを含め、四大国の近くにある島国が仄かに赤く色付く。


「これが四世界への扉を持つ国々だ。何か気付くことはあるかい?」

「……。――あ、分かりました!」


 ニーナが頬を上気させながら元気良く手を上げた。


「全て四大国の植民地、または朝貢関係にあった国々ではないでしょうか?」

「その通り。古代、四大国は扉を権力の象徴として、島国を自国の管理下に置いたんだ」

「けど、どこも王家や治国の方法は代わってますよね? 今は植民地もないですし」

「それはね、島国のほうが力を借り続けたいからさ。無用な侵入を防ぐには強い術が必要だが、四大国なら術士を集めるのは簡単だ」


 賢者は各所が赤く色付いていた地図に手をかざし、新たに五色に区分けした。

 四大国とその管理下の国々の組み合わせと、中の海の中心に一つ。


「獣界はアスケイル王国、精霊界はシェルマス共和国。魔界はドーニャ帝国で、天界はラズ連邦が管理する」


 中の海に浮かぶ島国を示す黄色が一層強くなった。南の海の、小さな小さな島。


「そしてここが『界王の扉』がある島国――だったところ。今は無人島だ」

「あ、だから共同管理なんですね」

「表面上はね。本当は一国が管理下に置くと他の国との均衡が保てないからさ」


 パチン、と賢者が指を鳴らす。すると世界地図は姿を消し、賢者も椅子に座り直した。


「さて、アスケイルの説明に移ろう。と言っても、許可申請はリネアがやればすぐに済む。場所も王都だ」


 じゃあ何でわざわざ『説明』なんて前置きしたのかな。アルフォンスがそう思った時だった。


「だけど、君たちは先に修行しておいで。今のままでは力不足だ」


(!!)


 そうだ、自分には力がない。改めて言われると堪えるものはあるが、真実なのだから何も言えない。


(さっき自分から言ったことだしね)


「修行……ですか」


 口を開いたのはニーナだ。声に宿るのは、戸惑いではなく――。


「そう。全員だ。心機一転で……うん、三月ほど」


 賢者は笑みを深めた。

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