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砂漠を行く《漆》

 夜空に浮かぶ星々の如く輝く白銀の髪。

 月もかくや、といった黄金の瞳。


「リネ、ア……?」


 女神かと思ったその人をよく見れば、それはなんとリネアだった。見慣れた服装、いつも持っている杖、頬の真紅の紋様。


(だけど、あの髪と瞳の色は……?)


 リネアはどちらも、アスケイルで一般的な黒だ。ただ、ずば抜けて美しかったけれど。


「……」


 驚いて何も言えないままのアルフォンスたちに、何を思ったのかはわからないが、リネアは無言のままで法術を使った。


「……、あ? リネア?」

「セルグ?!」

「……っ」

「あ、あなたも大丈夫ですか?!」


 一度に二人も意識まで回復させる、最高位の法術。これをリネアは呪文詠唱無しでやってのけた。ただ、急に覚醒したこともあって二人は意識が朦朧としているらしく、ゆっくりと身体を起こした。

 その二人の様子を慌てて確認しながら、ニーナは自分の手が震えていることに気づいた。


(やっぱり……凄すぎる)


 ニーナの中には恐怖というより、畏怖の気持ちが生まれていた。

 あくまでリネアは魔法使い。いくら賢者が師匠とはいえ、こんなのは奇跡か、異常か――。


(あんな術、僧侶以外は詠唱無しで使えない!)


 ほとばしるように溢れる、今まで以上に強い魔力。更に、それに匹敵する法力。その二つの力が、ニーナの混乱を深めていた。

 一方、幻影族もリネアの姿に動揺を隠せないようだった。だが、それはアルフォンスたちの驚きとは、理由がかなり違うようだ。


「馬鹿な、自ら正体を晒してどうする!?」

「……構わない」

「そんなに力を誇示したいか? はっ、どうせ殺してしまうからか!」

「……っ!」


 リネアの強大な力が歪む。


(リネア……!)


 途端、セルグが跳ね起きて叫んだ。


「てめえ! 下らねえこと言ってんじゃねぇ!」


 幻影族が何を言いたいかはわからないが、起き抜けにこんなことを言われて、セルグが黙っていられるわけがない。


「セルグ、いきなり動いたら……!」

「もう全回復してらぁ! リネア、そんなの気にすんなよ!」


 セルグとリネアが見つめ合う。

 ほんの数秒、静寂が訪れた。


「私は……」

「リネア?」

「私が…………」


 ――覚悟を決めたはずなのに。

 ここまできて、リネアは口にするのが恐ろしくなっていた。


(もし、もし拒まれたら――)


「さっきも言っただろ! 言いたくないなら言わなくていい!」

「!」


 しかしこの言葉で、リネアの心は決まった。

 言おう。全てを曝け出し、みんなの審判に委ねよう。己の、罪業を。


「みんな!」

「「?」」


 リネアの晴れ晴れとした表情に、アルフォンスたちの注目が集まった。

 一体、何をしようというのだろうか。そう思ったのも束の間、次の言葉に度肝を抜かれた。


「隠しいて済まなかった。私が――『禁忌の子』だ!」

「「!!!」」


 かつて全世界が震撼した、界王の罪の結晶。

 誰もが恐怖し、忌むべき存在。それが禁忌の子――リネア。


「そ、んな……」


 誰かが、ポツリと言葉を漏らした。

 だけどそれは、リネアへの否定じゃない。


「わかった! 言いたくないこと言わせて悪かった!」

「と、とりあえずこっちに戻ってきてよリネア!」


 リネアの暴露には全員が仰天させられたが、やっと疑問が解けた瞬間でもあった。

 『賢者の弟子』ではなく『リネア・ル・ノース』が幻影族に狙われる理由。

 また、先ほどリネアに瀕死の重傷を自ら負わせて幻影族が慌てた理由。高位の魔法も法術も、いとも簡単に使いこなす理由。

 それもこれも全て、リネアが『禁忌の子』だったからだ。

 幻影族はリネアの巨大な力を利用しようとしている。だから捕らえるために弱らせるが、死なれては困る、というワケだ。


(ああ、スッキリ出来て良かった!)


 なんやかんやと驚きの連続で、まともな言葉は出ないけど。

 僕たちは。


「「誰も拒まないから!」」


 ――涙が流れた。リネアの頬を、十年振りの涙が。

 生まれてから、全てに拒まれた。

 無条件で受け入れてくれた存在、幼き頃のただ一人の友は――自分の過ちによって殺してしまった。


(ありがとう……)


「ありがとう、みんな」


 師匠、見つけました。

 私を受け入れてくれる、唯一無二の仲間を。


「禁忌の子を受け入れる!? 世界を滅ぼす者だぞ!」


 幻影族が嘲笑う。ただ、そこに余裕はない。幻影族は、自分の言葉が真実になることを恐れているのだ。


「だからそんなの関係ねぇんだよ! リネアはリネアだ、それ以外はどうでもいい!」

「……!? 何を……」

「おや、とても簡単すぎて、逆にわかりませんかねぇ」

「そ、つまり」


 ローザンが扇を広げ、いまだ状況が掴みきれていない様子のラルフに目をやった。


「自分の仲間を捨て駒扱いするあんたには、一生わからないんじゃない?」


 ジリ、ジリ、と幻影族が後退りする。

 リネアから発せられる血族がもつ計り知れない魔力と法力に、幻影族は確実に怯えていた。

 ――己の、最期に。


「……貴様の敗因は、私がこの姿を明かせないと判断したことだ」


 リネアが、杖を構える。


「……く、くははははははは! いつか、いつかお前はそのナカマにも拒まれ、疎まれるぞ! それがお前の宿命だ!!」

「構わない」


 ――今までくれたものだけで、今あるものだけで十分だから。

 リネアは最高位魔法を瞬時に発動させ、幻影族の動きを封じる。


「みんな、目を閉じていろ。聴覚は操作する」

「リネアさん、それって……!」

「許せ、ニーナ。私は……生きている限り、幻影族を赦せない」


 怒り、怨み、憎しみ、そして悲しみ。負の感情を全て込めた声色に、アルフォンスたちは言葉を失った。


「……」

「目を……閉じてくれ」


 その言葉とともに、アルフォンスたちは全ての音を奪われた。


(……。リネアさん……)


 頑なにこちらを向こうとしない、リネアの後ろ姿をニーナは見つめる。自分は知る由のない闇の深淵にいるリネアに、涙が止まらなかった。

 ――あなたの悲しみは、わずかでも癒えるのですか? こんなことをして、心の傷を深くするだけではないのですか?

 その答えはわからない。だから――。


(ああ、主よ、偉大なるチーリスよ。今はこうするしかないのです)


 やがてニーナを皮切りに、アルフォンスたちは次々に目を閉じていった。

 全員が目を閉じたことを確認し、リネアは幻影族に向き直る。


「まだだ――」

「?」

「この先、我々幻影族だけが敵だと思うな! 界王を狙う民でなくとも、お前の存在は――!」

「それでも」


 幻影族は言葉半ばに、リネアが生み出した太陽のような巨大な炎に包み込まれた。そして狂ったような笑いを死に際の呪詛に残し、塵芥と帰していった。


「……それでも、構わない」


 やがて風が吹き、全ては終わりを迎えた。


(あ、風の音……)


 ようやく取り戻した音に安堵しながら、アルフォンスたちは恐る恐る目を開けた。

 立ち尽くすリネアに、セルグが駆け寄ろうとした時――。


「おい、リネア!?」


 全てを終えたリネアは、振り向く力も無く、意識を失って倒れてしまった。


「おい、リネア! リネア!」


 間一髪で抱きかかえたセルグが揺すってみても、何の反応も返さない。

 ニーナも慌てて駆け寄り、出来る限りの回復術を施す。


(……?)


 だけど何か、何かがおかしい。


「ローザンさん、リューンさん!」

「どうしたの? あたしたち、回復術は……」

「でもリネアさん、法力の回復術に反応しないんです!」

「ええっ!?」


 特殊力の回復術は、対象が備えている力を行使なければならない。

 人族は四つ全てを兼ね備える唯一の民。だからどの特殊力の回復術でも効果がある。

 リネアは人族ではなかったが、法力を最も強く持つ天王の血族。なのに法力で反応がないなんて――。


「どうしたら……!」

「……一度」


 聞き慣れない声に、全員が振り向く。声の主はラルフだった。


「一度、館に行かれてはいかがでしょう。主のアーサーは気術も含め、全ての回復術を扱えます。魔力や気術の回復術なら、効果を見込めるのでは?」

「でも……」


 仮にもリネアを狙った犯人だ。ニーナが言葉を濁す。その様子を見て、ラルフは目を伏せながら言葉を続けた。


「……幻影族が消えた今、アーサー様があなた方に害することはないでしょう」

「行こうぜ! 迷ってるヒマなんかねぇだろ!」

「うん、行こう!」

「では、私にお掴まり下さい」


 そう言うとラルフは一つの妖玉を取り出した。


「この中に術を仕込んであります。――では、参ります」


 ぐわん、と精霊陣とはまた一味違う感覚が一行を襲う。次の瞬間、一行は館の玄関にいた。

 ラルフの案内に従い、アルフォンスたちは数時間前に訪れた部屋を目指した。


「アーサー様!」


 僧侶の安否が心配だったのか、扉を開けるとき、初めてラルフが声を荒げた。


「ラル、フ……」

「アーサー様、ご無事で!?」


 部屋の中では、僧侶アーサーが机に臥していた。ラルフの声に反応し、よろめきつつ身体を起こす。

 幻影族が去り、正気を取り戻したようだ。


「怪我は、ない……。ただ、疲れ……。! ラルフ、まさか、そちらは」


 ラルフが言うまでもなく、アーサーはセルグに抱きかかえられたリネアに気づいた。


「頼む、こいつを助けてくれ! 辛いのは承知だけど、あんたしかいねえんだ!」

「アーサー様、私からもお頼み申し上げます」

「……勿論です。出来る限りのことをしましょう」


 アーサーはそう言うと、ふらつきながらも椅子から立ち上がり、リネアの額に手を触れた。


「これは……!?」

「なあ、どうなんだ!?」

「説明は後です。ラルフ、館中の特殊石を持って来なさい! 早く!」

「御意!」


 アーサーはセルグに言って側の長椅子にリネアを寝かせると、一心不乱に何か呪文を唱え始めた。


「アーサー様、お持ち致しました!」

「では、魔法使い殿の右手近くに魔石を、左には法石を置いて下さい! 他は私に!」

「わかったわ!」


 アルフォンスたちも手伝い、大量の特殊石の中から石を分類した。

 感知能力を磨いていなくても、四つ全てを持ち合わせる人族だから出来る技だ。純度の高い石なら、感覚が判断してくれる。

 とは言え判断力は、やはり普段から特殊力を扱う面々が高かった。それでもリネアのため、アルフォンスとセルグも出来るだけの数をこなした。


「ではこれより、魔法使い殿の特殊力の流れを再構築します」


 アーサーが術を発動させた瞬間、四種の特殊石は爆発するのではないかという勢いで光り始めた。

 石に秘められた力が、アーサーの術によってリネアの体に流れ込む。

 またアーサーのそばに置かれた石は、幻影族によって酷使された自身の特殊力を同時に補い、術の精度を急速に上げていく。

 やがて術によって送り込まれた力がきっかけとなり、リネアの中で特殊力が緩やかに巡り始めた。


「これで一安心です。しかし、これはあくまで応急処置です。後は賢者様をお呼びするしかありません」


 史上最強と謳われるリネアの師匠にて賢者、シャルーラン・ガイラ。

 リネアを何よりも愛する賢者なら、絶対にリネアを助けてくれる。


「……恐らく久々に解放した真の力に、体が耐えきれなかったのでしょう。力が暴走する前に、意識とともに自ら無理やり封じたようです」

「えっ!? リネア、このままなんですか!?」

「早く賢者様を呼んでくれよ!」

「ええ、至急組合に掛け合いましょう」


 アーサーが部屋を離れた後、ラルフから客間にリネアを寝かせるよう勧められた。

 その誘いを受けてリネアを休めると、アルフォンスたちも椅子に腰を下ろした。すると一安心したからだろうか、どっと疲労感が押し寄せてきた。


「うわ、いつの間にか朝かよ……」

「私、何か急に眠くなってきちゃいました……」


 ニーナの言葉は最もだろう。自分たちはようやく砂漠を越えてこの町に入り、幾分も眠らないうちに事件が起きたのだから。


「リネアは心配ですが、今は賢者様を待つしかありませんねぇ……」


 リューンの言葉で、全員の視線がリネアに集まる。


「リネア……。辛かっただろうね」

「ええ、そうね……。だけど、余計な気を回さないのが一番じゃない?」

「ですねぇ。……ええ、それがいいですよー」

「?」


 リューンの何か含みがある言葉がアルフォンスは気になったものの、襲ってきた眠気が追求を許してはくれなかった。

 こうして賢者が訪れるまでのしばしの間、一行は朝日の中で眠りに落ちたのだった。

 ただ一人、セルグを除いて。

 セルグは周囲が眠りに落ちるのを待ち、気配を断って誰にも気づかれないよう、眠るリネアへ歩み寄った。

 傍らに座り込むと、昏々と眠り続けるリネアの顔を見つめる。


(俺……。お前のそばにいるから)


 ――お前が『禁忌の子』でも構わない。ただ、俺を愛してくれ。


(俺だけの、月の天女に……)


 故郷ジーパの神話では、月には天女がいるという。数多くいる神仙の中で、最も美しいといわれる存在だ。煌めく星の銀の髪に、輝く月の金の瞳。


(誰にも渡さねぇ)


 セルグはそっとリネアの頬に触れた。己の手に抱いた時を思い返す。

 そうして額に、静かに口付けを落とした。

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