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二人の仲間《壱》

「うぅ……。次の町はまだか~……」


 旅に出て十日目、アルフォンスは一人寂しく街道を歩いていた。


(ちぇっ。日没前にはなんとか到着、ってとこか)


 あの祭りの夜から三日後、アルフォンスは村を旅立った。教会からは幾ばくかの路銀や薬、村人からは日持ちする食料、孤児院からは村伝統のお守りでもある飾り布をもらった。

 十六年間の人生で初めてまとまった金額を持つこともあり、最初は緊張した。立派な剣を持ってはいるものの、まともに戦うことができないので、盗賊なんかに集団で襲われたら一発で終わりだからだ。

 しかしこんな立派な剣は、アルフォンスの腕前がどうであれ、普通はそれなりの剣士しか持たない。盗賊だって敬遠する。それを旅の三日目でようやく気が付いた。次に問題なのは狼や熊などの獣だが、そこは山育ちなので、対処は万全だ。最後の問題であるモノには、まだ運よく出くわしていない。

 お腹空いたな……なんて思いながら地図を見ていたその時、突如辺りに山鳴りのような轟音が響いた。


「えっ、えっ、何!?」


 驚いて音がした方に向かうと、丘の向こうで黒髪の青年が一人、巨大な影に囲まれていた。

 あれは旅人の最後の関門ともいえる存在、――魔獣だ。

 青年は十数匹の魔獣に囲まれていた。象のような大きさでありながら、ネズミが巨大化したような姿。その前歯に貫かれたら、人間など一たまりもない。


(あんな数を相手にしたら、あの人死んじゃう!!)


 青年はただ襲われるだけでなく、見事な技で、次々と魔獣――チェーダを蹴散らしていた。だが、やはり多勢に無勢だ。じりじりと囲い込まれている。

 チェーダとよばれる魔獣は、近年アスケイル国内でかなり問題となっている。ぶ厚い毛皮は寒冷地での生息を可能とするため、敵対する魔獣がおらず、食物連鎖の頂点に立ってしまった。

 さらに繁殖力が強く、国を挙げての駆除が何度も行われているが、なかなか一掃できずにいる。しかも人を好んで食らう魔獣の一種でもある。

 次第に青年を囲むチェーダの鈍色の目が、爛々と輝きだした。――獲物を狩る気だ。


(危ない、助けないと!)


 アルフォンスは青年のもとへ走り出し、神官に誂えてもらった鞘から、あの剣を抜き放った。


「加勢するよ!」

「――! わりぃ、助かる!」


 剣は台座から抜いたときと同じく、不思議と重みを感じさせない。しかも村で試しに振ってみて分かったのだが、この剣は剣術初心者のアルフォンスを導いてくれる、不思議な力がある。

 そのため腕に覚えのないアルフォンスでも、青年を助けようと魔物の輪に飛び込む勇気が持てた。

 アルフォンスは鞘から抜き放った剣を勢いそのままに、チェーダへ斜め上向きに切りつける。恐ろしいぐらいの切れ味を持つ剣は、チェーダの口角を切り裂区と同時に、強靭な前歯をも真っ二つにした。

 肉を切り裂く感触、魔物の絶叫。それらは耐え難い、実に生々しいものだ。アルフォンスの心臓は緊張のあまり、口から飛び出そうなくらい跳ね回っていたが、何とか剣をふるい続けた。

 ただ、アルフォンスが人を助けるためとはいえ、魔獣の命を奪うことへのためらいがないのは、剣の力でもなんでもない。

 山奥の村で男の重要な役割といえば、獣や魔獣から村を守ることにある。国軍が駐留するはずもない辺鄙な土地では、自分たちで防衛を固めなければならないのだ。

 祭りを間近に控えていたアルフォンスは、すでに何度か村の男たちと『狩り』に参加したことがあった。そこで青年たちは、命のやり取りを教えこまれる。だからこそ、アルフォンスはこの場に踏みとどまっていられるのだ。

 目の前にチェーダの姿を認めたアルフォンスは、剣を正眼に構え、一歩踏み出すと同時に手首を返して横に薙ぎ払った。


「へえ、やるな。俺もしっかりしねえとな!」


 アルフォンスが続けざま、二匹の魔物を仕留めた動きを見て、青年は改めて何かの構えをとった。


「――破っ!」


 ドゴーンッ!!

 青年の強烈な蹴りが繰り出されると、轟音とともに魔物が一匹遠くに吹き飛び、ぶつかった岩が砕け散った。青年を見つける前、てっきりアルフォンスは爆薬か何かの音と思っていたのだが、先ほどの轟音は青年の闘いの音だったのだ。

 華麗な技を決めた青年は、ぽかんと立ち尽くしていたアルフォンスにニカッ、と笑いかけてきた。


「俺もやるだろ? さ、もう少し力を貸してくれよ!」

「あ、ああ、うん!」


 うっかり気を抜いてしまったが、今は魔物との戦いの最中だ。いつ攻撃されてもおかしくない。青年の攻撃に魔物も警戒したため、互いに隙が生じ、運よく無事でいられたに過ぎない。アルフォンスは剣を握る手に力を入れ、気合を入れなおして魔物に向き合った。

 やがて全ての魔物を倒し終えると、青年がアルフォンスに話しかけてきた。


「ああ、危ねぇとこだった。ありがとう、助かったぜ」

「どう致しまして。怪我はないみたいだね。本当によかった」

「お前のお陰だよ。あ、俺の名前はセルグ・レナード、武闘家をやってる。まだ一人前じゃねぇけどな」


 そう言った青年はいかにも気さくそうで、ピンとはねたクセの強い黒髪が風に揺れた。快活な笑みで握手を求めてきた青年セルグに、アルフォンスは気軽に応じながら、さっとその様子を観察した。

 セルグは武闘家の証が大きく前面に描かれた服を着ている。武闘家は、かの五大職の一角。田舎者のアルフォンスでも衣装の特徴は耳にしていた。武闘家は必ず自分が属する流派の証を服に描いたり、縫い付けたりしているのだ。

 だが、武闘家の装飾と言えばその証だけで、洒落たところなどないと聞いていたのだが、この青年は違った。

 まず、左耳に鋭い牙でつくられた耳飾りをつけていた。魔物の牙を加工したと思われるその飾りは、青年の何らかの勲章なのだろう。耳飾りを左耳にするのは、王都の平民階級での流行だと聞いたことがある。他にも袖回りなどに洒落た意匠が施されている。きっと流行に敏感な性格なのだろう。


「レナード君、よろしくね。僕はアルフォンス・ロッテカルド。まだ職には就いて無いんだ。ところで、君は旅の途中?」

「セルグでいいぜ。んで、俺は旅の途中じゃねぇ。お師匠の使いの途中だ。そう言うってことは、お前は旅の途中か?」

「うん。あ、僕はアルフォンスだから、アルって呼んでくれない?」

「あいよ。なぁ、何でアルは旅してるんだ?」

「あ、えーと、それは……、う~ん……」


(本当のこと言っても、信じて貰えないだろうしなぁ……。ってか、僕も信じきってないし)


 あの夜の出来事は、まるでお伽噺のよう。到底、人に話して信じてもらえる類の話ではないと分かっていた。


「?」

「えーと、何て言うかさ……。その、世界を自分の目で見たくて、ってトコかな」


 嘘じゃない。発端は違うが、これはこれで嘘じゃない。


「ふぅ……ん。いいなぁ、そういうの。俺も行ってみてぇな」

「えっ、本当? なら一緒に行かない!?」


 セルグの思わぬ言葉に、アルフォンスは色めき立った。なにせ神官から仲間を集めろ、と告げられているのだから。それに加え、とにかく一人は心細い。この気さくそうな青年なら、共に旅をするのはきっと楽しに違いない。


「悪ぃ。行きたいとこだけど、お師匠の許しがないと無理なんだ。弟子の身だからな」

「……そっか。急すぎるし、無理だよね」

「いや、そうでもないぜ。お師匠はこの先のレドッグの町に居るからな。話のわかる御方だ。戻る途中だし、一緒に行こうぜ」

「いいの!? うん、行くよ!」

「んじゃ決まりだな、アル」

「だね! よろしく、セルグ」


 こうして初めての仲間になってくれそうなセルグと共に、アルフォンスはレドッグ町へ、一緒に向かうことになったのであった。

 この時二人は、互いに何とも言えない感覚を味わっていた。水が高きから低きへ自然と流れるように、留まることなく進む展開。けれど、そこに戸惑いはない。人は、それを『運命』と呼ぶのだろう。


 日没――町の閉門とほぼ同時に駆け込むようにして到着したレドッグは、この辺りでは比較的大きな町である。昼間は市が開かれ、周辺の村々から買い出しに来る人も多い。

 セルグがアルフォンスを連れて行った場所は、町外れにある静かな宿だった。師匠が居ると言う部屋の前に立ち、まずセルグが扉を開ける。


「失礼致します。只今戻りました。お師匠、急で申し訳ありませんが、お話があるのですが……」


 扉の先、室内に居たのは一人の男性だった。泰然自若とした姿で椅子に座り、お茶を飲んで寛いでいる。もう灰色がかった髪や、顔に刻まれた皺から判断するに、男性はすでに還暦を迎えているようだ。

 しかし、この老人に隙など微塵もなかった。男性はいかにも寛いでるのに、まるで寛いでいないように見える。その不可思議な現象の理由を考えたアルフォンスは、老人の姿を改めて見て、はっとした。


(そうか、この人、すごい姿勢がいいんだ)


 勿論、それだけが理由ではないだろう。しかし、老人の雰囲気と見た目の不均衡によって、アルフォンスの感覚と視覚が齟齬をおこしたのは間違いない。


「よろしい、入りなさい。――セルグ、そちらの方は?」

「あ、あの、初めまして。僕はアルフォンス・ロッテカルドと言います」


 ふと、老人と目が合った。鷹のように鋭く、そして清水のように澄んだその目は、まるで心の中まで見通すかのよう。

 その目に見つめられたアルフォンスは、恐怖にも似た心地を味わい、視線だけで体の自由を奪われてしまった。


「そうですか。アルフォンス君ですね。どうぞよろしく。私はゴルディアス・シャーナと申します。引退したものの、以前は武闘家でした。今はセルグの師をしています」


 だが瞳の強さとは真逆に、ゴルディアスの言葉はとても柔らかい。その柔らかな物腰に力が抜け、アルフォンスはやっと体に自由が戻った。


「あ……。はい、よろしくお願いします。あの、一つお願いしたいことがあるんです!」

「……何でしょうか?」

 

 体に力を入れなおしたアルフォンスは、ここぞとばかりに勇気を振り絞り、ゴルディアスに旅の許可を嘆願した。


「突然過ぎることですけど、セルグに旅に出る許可を下さい! 一緒に行きたいんです!」


 ゴルディアスは突然の言葉だというのに、なぜか驚くそぶりを見せない。その様子に何を思ったのか、セルグも追って言葉を続けた。


「お師匠、お願いです。まだ一人前の認は頂いていませんが、どうかお許しを。俺をこいつと一緒に行かせて下さい!」

「――ふむ。セルグよ、何故そう思った?」

「自分にもよく分かりません。けれど、アル……アルフォンスに誘われた瞬間、絶対に行かなければならないと、何故かそう思ったんです。だからお願いです、どうか!!」


(本当に……、本当にそう思ったんだ。俺はアルの仲間で、アルは俺の仲間だと。共に居るべきヤツなんだって! こんな自分でも理解できない感覚、他人に説明なんかできねぇよ!)


 あの時の感覚を言葉に出来たら、どんなに楽だろう。今ほど自分の頭の悪さを呪うことはあるまい。

 直感? 運命の出会い?

 どんな言葉であろうと、示すモノは一つ。

 セルグの瞳には何者にも屈しない、強靭な意志が宿っていた。それを見てか否か、ゴルディアスは淡々と言った。


「……迷いは、ないようだな。それでは一つ、課題を出そう。それが出来れば旅を認めよう」

「ありがとうございます、お師匠!」

「――それでは課題の説明をしましょう。アルフォンス君もよく聞いて下さい」


 部屋の窓を開け、ゴルディアスは外を指差した。そこには町に隣接する、広く鬱蒼とした森が広がっている。


「この森に多くの魔物が住み着いて、夜な夜な町に被害を与えているそうです。それを一晩で食い止めてみせて下さい。方法は任せます」

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