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砂漠を行く《肆》

 翌日。睡眠時間の短かった上に体力がないアルフォンスとニーナは、一行の歩みをかなり遅くしてしまう結果となった。

 もちろんローザンの雷は落ちて、砂漠に正座という恐怖のお仕置きまでついてきた。

 リネアとセルグも夜更かししたのだが二人とも体力があるので、その事実はローザンにバレることはなかった。


「着いた、スードの町だ!」


 砂漠を越えて目的の町へ着いた時には、すでに日が沈みかけていた。この町には当初、午前中に着く予定だったのだが、だいぶ遅れが出てしまっていた。


「だいぶ遅くなっちゃったわね。もう今日はとにかく宿を探して、さっさと休みましょう。これからのことは明日決めましょうよ」

「ですねぇ。では、宿探しへと参りましょうかー」


 このスードは砂漠を越えた隊商たちが集まる基点の町であるため、とても規模が大きい。

 手分けして探してもよかったのだが、今の時期は隊商の数は少ないから宿に空きがあるはずだ、というセルグの言葉に、みんなで気に入る宿を探しに行くことにした。


(……何か、気になるなあ)


 もちろんセルグとリネア、ニーナも気になるが、そんな話ではない。

 セルグの言葉通り、今は宿が満杯になるようなことはないらしく、手ごろな宿をすぐに見つけることが出来た。

 しかし、どうも気にかかる。町の人々の様子が何かおかしい。大きな町だというのに、どうも活気が感じられないのだ。

 宿での手続きを済ませ、部屋に向かいながらアルフォンスは思った。何か気にかかるのだが、『活気がない』だけではうまく表現できないソレは、何なのだろう。


「あのさ、リネア」

「……」


 こういうときはリネアに相談だろう、と思って振り向いたアルフォンスだったが、どうもリネアの様子がおかしい。

 町の人々とは異なるが、いつものリネアではない。


「ねえ、リネア?」

「――っ。あ、ああ。何だ、アル」


 何だろう。リネアがこんな反応を返すことなんて、今まで一度もなかった。


「どうしたの、何かあった?」

「いや、そういうわけでは……」


 もしかして昨日のことを引きずっているのかな、とも考えたが、それは違う。

 朝からずっと、そんな様子は見受けられなかった。


「リネアさん、具合が悪いようでしたらすぐにお部屋へ……」


 そこまでニーナが言ったとき、セルグが数歩先にある、泊まる予定の部屋のドアを突然、勢いよく開いた。


「セルグ、どうなさったんですかー?」

「……。誰か、部屋の中に居た」

「え? 宿の人じゃないの?」

「それなら今も居るはずだろ。見ろ、窓が開いてやがる」


 セルグが指差したほうを見ると、確かに部屋の窓が空いていて、カーテンが風に揺れていた。


「あんたの勘違いじゃないの? 窓も閉め忘れかもしれないじゃない」

「勘違いなんかしねぇよ。……面倒くせぇから黙ってたけどな、俺ら、つけられてるんだぜ。砂漠に入った時からな」

「「えぇー!?」」


 セルグの仰天発言に、リネア以外が驚きの声を上げた。

 二人は人の気を読んで、敵意を察知できる。何者かの尾行にも、すでに気がついていたのだ。


(そうか。昨日気づかれなかったのも、他に気になる奴がいたからか)


 そうすれば納得がいく。

 いくら話に熱中していたとはいえ、二人が揃いも揃って自分たちに気がつかない、というのは運が良すぎると思っていたのだ。


「あーもー! 何でそういうことを早く言わないのよ!? 町に入ったら暴れられないじゃない!」

「砂漠で手出ししてこなかったってことは、何か目的があるんだろ。この町でな。迎え撃ちゃあいいじゃねぇか」


 爛々とセルグの瞳が輝きを増す。闘いを望む獣の瞳。


「……まったく、アンタも相当のバカね。で? むこうの目星はついてんの?」

「まさか。今まで会ったことがない奴の気だ。皆目見当もつかねぇよ」

「リネア。リネアはどう? 予想つかない?」


 何か様子がおかしかったのも、自分たちをつけている奴がいたからなのか。

 それがみんなに知れ渡った今、リネアの様子も元に戻るだろう、そう思ったのだが……。


「…………。今回ばかりは、…………」

「?」


 何か言いよどんで、結局言わず仕舞いになったリネア。どこか遠くを見るような表情をしてから、リネアは言葉を漏らした。


「……先に言っておいたほうがいいだろうな。すまない、今回も私のせいだ。砂漠ではハッキリしなかったが、町に着いてわかった」

「あら、今回も賢者様関係?」

「……そんなところだ」

「でしたら、早々にこの町を離れては?」

「ですねぇ。わざわざ面会に行く必要もありませんしねぇ」


 では明朝にスードを離れよう、ということになって、一行は眠りに着いたのだった。

 深夜。アルフォンスは不思議と目が覚めた。

 昨夜みたいに喉が渇きを訴えているわけでもないし、空腹などでもない。なぜか目が冴えてしまったのだ。


(……?)


 何か感じる。敵意とか、殺意だとか、そんなものは自分にはわからない。だけど、何か。


(何だろう、これ……)


 今までの感覚で一番近いものは、リューンが精霊を召喚したときの余波だ。つまり莫大な霊力の余波だが、これが霊力でないことはわかる。

 アルフォンスが一頻り頭を悩ませていたとき、セルグが飛び起きた。


「へっ?」

「二人とも起きろ!! すぐに宿を出ろ!!」

「ど、どうなさったんですかー?」

「いいから、早く出ろ!」


 セルグに急き立てられて部屋を出ると、女部屋も同様のことが起きたのだろう。リネアが二人を半ば引きずるように連れ出していた。各自もしもの時のために、寝間着は着ていない。すぐ逃げられるようにしていたのだ。そのもしもが役に立ってしまったらしい。


「リネアさん、どうなさったんですか?」

「ちょっと、何があったのよ? 説明しなさいってば!」

「悪いがその時間はない。ここを出るぞ、急げ!」


 敵意に人一倍敏感な二人が口を揃えて『宿を出ろ』と言うのだ、従わないわけにいかなかった。

 大急ぎで宿を出ようとした一行だったが、出口まで残り数歩、というところで、目を疑う事態が起こった。

 つい今しがたまであった出入り口が、その姿を消したのだ。


「え、え、ドアは? 何で壁? 今までここがドア……」

「――失礼。逃げられては厄介ですので、出口を塞がせていただきました」

「「!!」」


 突然背後から聞こえた声に、全員が振り向いた。

 声の主は一人の青年。頬に赤い逆十字を彫りこんだ、白髪に赤い瞳の、妙にきれいな顔立ちをした青年がそこにいた。


「主からの言伝を届けに参りました。よろしいですね?」

「よろしいもクソもあるか! てめぇ、何モンだ!!」


 淡々と話を進める青年の声に抑揚はなく、それが一層セルグの感に触ったらしい。

 すぐに攻撃に移れるよう、セルグは臨戦態勢に入った。


「……今のところ、危害を加えるつもりはありません。話を聞いて頂けますか」

「はっ、よく言うぜ。俺らを起こした殺気の犯人はお前だろ? どうせ本心は『そう指示されてるだけで本当は全員殺ってさっさと終わりにしたい』だろ?」

「……」

「図星だな。――ナメんじゃねぇぞ」


 二人の空気が一気に緊張感を増した。

 気術に関してド素人のアルフォンスでも、これはわかる。二人とも相手を殺しかねない勢いだ。武闘大会の比ではない。


「……あなた方と一戦を構えるのは構いませんが、その場合、この宿の客の命は保証しません」

「!」

「この宿はすでに私の術の支配下にあります。そちらの御二方ならお分かりでしょう」


 青年の言葉にリューンが頷いた。続いてローザンも渋い顔を見せる。


「……ですねぇ。かなり用意周到になさってくださったようで。気付きませんでしたよー」

「どうも妖力が強いと思ってたら……。まさかこんなオチだったとはね!」

「全てはあなた方が砂漠に足を踏み入れた時から始まっていたのです。……さあ、どうなさいますか?」


 青年の声に、命を奪うことへの躊躇いはない。ならばアルフォンスたちが出せる答えは一つしかない。

 無関係な人々を巻き込むわけにいかず、一行は青年に大人しく従い、町でも一際大きな屋敷に向かった。


「へー、大きなお屋敷だね」

「まったく、何でアンタはそう能天気なのよアル……」


 案内されるまま部屋に入ると、薄暗い中に一人の男性が大きな窓の外を向いて立っていた。

 セルグがリネアのほうを振り向けば、その顔が青ざめていることに気付く。


(リネア?)


 ファーミルでのリネアは、傲岸不遜とまで言える態度だった。この違いは何故なんだろう。


(……ま、どうでもいい)


「大丈夫だ」


 何であれ、守るだけだ。

 セルグはそうリネアに声をかけ、何も聞かずに後ろにかばった。リネアのこんな怯えた瞳は、表情は、初めて見る。


「さて、こんな真夜中に何のご用かしら?」


 部屋の中は薄暗く、相手をはっきりと確かめることが出来ない。

 リネアの様子がおかしいことに、他の面々も気付き始めたようだ。ローザンがリネアを心配そうな視線を配りながら、部屋の主を睨みつけた。


「……」


 月明かりだけが男の正面にある大きな窓から差し込む。

 男はゆっくりと、こちらを振り向いた。


「あなたは、この前の……!」


 男の顔を見て反応したのは、リューン一人。


「リューンさん、ご存知で?」

「……えー、ニーナ。残念ながら、僧侶のお一人です。この前の裁判で、末席にいらっしゃいましたよー」

「!」


 抜群の記憶力を誇るリューンは、誰も気にとめなかった、末席の裁判官の顔を覚えていた。

 そのことに驚いたのか、男は少し目を見開いた。


「……これは予想外だった」


 男が言葉を発したと同時に、部屋に明かりが灯される。


「どうも、お久しぶりです。……まあ精霊使い以外は覚えていないだろうがな」


 明かりの下でようやくはっきりと確認出来たその顔に、一行は驚きを禁じ得なかった。


(何なんだよ、この人)


 その顔に生気はなく、まるで死人のように白く血の気がない。

 改めて顔を見ても男のことを思い出せなかったが、こんな顔をした裁判官がいたら、気づかないわけがない。

 この人にファーミルから今日までの間で、何かが起きたのだ。


「真夜中に呼んだのは、その方が都合がいいからだ。――誰もお前らを目撃していない」


 男の言葉の途中で、チャキ、と背後で青年が武器を構える音がした。

 セルグが後ろ手でリネアを庇いつつ、青年と睨みあう。


「ラルフ、まだ早い。武器をしまえ」

「……かしこまりました」


 ラルフと呼ばれた青年は、しぶしぶといった顔で武器をしまった。

 長く幅広い袖の中に手を引っ込めている。どうやら袖に武器、暗器を仕込んであるようだ。


「さて、本題だ」


 そう言って男が一歩、こちらに近づいてきた。

 それに分かりやすいくらい、リネアがビクリと反応を示した。


「魔法使いを置いていけ。不服というのなら、全員の命はない」


 こんな条件を、誰が飲めるだろうか。


「「ふざけるな(いで)!!」」


 リネアが怯える理由なんて知らない。狙われる理由だってどうでもいい。庇うために知る必要はない。

 だって僕らは、仲間なんだから。

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