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砂漠を行く《参》

 ローザンたちのいる場所に戻った二人だったが、やはりと言うべきか、セルグとリネアはまだ戻っていなかった。


「うーん……。僕、二人を探してくるよ。もう遅いし、明日があるからね」

「あの、私も行っていいですか?」

「え? うん、わかった。だけど最初は見つからないように行こうね。大事な話してたら、邪魔するのは悪いし」

「……そうですね。はい、わかりました」


 野次馬根性より、明日への(というかローザンの雷への)心配が勝って、アルフォンスは二人を探すことにした。

 セルグが告白してる可能性は捨てきれないので、静かにするよう忠告して。


(……。うん、それだけ)


 そうだ。セルグの恋を応援するためだけ。それ以外に、理由なんか……。

 アルフォンスは小さな棘が胸に刺さったような、すっきりしない気持ちを味わった。ああ、何だろう。こんな思いは、知らない。知りたくないのに。

 やがて二人はニーナが人影を見たという方向へ向かうと、すぐにセルグたちを見つけた。セルグとリネアはオアシスと砂漠の境に立ち、何か話し込んでいるようだ。

 少し遠いのでほとんど声が聞き取れないが、これ以上近づけば気配に聡い二人のことだ、自分たちに気がついてしまうだろう。


「何を話していらっしゃるんでしょう。あの、その……。そういう話をしているようには……」

「そうだねぇ。なーんかムズカシイ顔してるし……」


 いわゆる『甘い雰囲気』から確実に離れている二人。かといって険悪、というわけでもない。


「……」


 気になる。ものっすごく気になる。

 二人を心配して迎えに来たのだが、再び野次馬したい、という思いがアルフォンスの中で頭をもたげてきた。


「ニーナ、この際だ、もうちょっと近づいてみよう」

「えっ、い、いいんですか? 私、気配を絶つようなことは……」

「大丈夫、二人とも敵意には一瞬で反応するけどね。仲間の気配はあんまり気にしないみたい」


 ファーミルのあの夜にわかったことだ。リネアは仲間の気に対して、無意識では反応しなくなったと言っていた。セルグも同様だろう。


「だから静かに行けば、きっともう少し大丈夫だよ。ね?」

「……。はい」


 アルフォンスとニーナはセルグたちにバレないまま近づき、話を盗み聞きすることに成功した。

 途中からで、話を理解するのに時間がかかったが、段々と理解し始めたとき、アルフォンスはニーナを誘ったことを後悔した。


(なんであの雰囲気で告白してんだよセルグの馬鹿ーっ!)


 正確には告白、というより説得、だろうか。

 どうやらリネアがセルグの告白を断ったようなのだが、その理由がセルグには納得できないらしかった。


「リネア、俺は諦めねぇぞ。もう何べんも言ってっけど……。俺を嫌い、っていうなら今は引くよ。恋愛対象として見れない、って言うならな」

「セルグ、だから……」

「惚れた女に拒まれる理由が『俺には相応しくない』だって? 俺にリネアが相応しいかどうかなんて、誰が決めるんだよ」

「……。セルグ、私は……」

「……お前が何か背負ってることくらい、分かんねぇとでも思ってんのか」

「!」


 俯いていた顔をリネアは跳ねるように上げた。驚きの表情を隠しきれていない。


(リネアが?)


 セルグの言葉を聞いたアウフォンスは驚いた。そんなの、自分には全く分からなかった。確かに全部を晒してはいない、とは思っていたが、まさか『背負っている』なんて。

 ああ、やっぱりセルグはリネアに惚れ込んでいるんだ。誰よりもリネアを見つめ続けているんだ。


「出来るなら、話してほしい。俺に……手伝えることなら、手伝いたい。お前が苦しんでること、一つでもいいから分かち合いたい。……なあ、俺はお前に惚れてんだよ、リネア」


 セルグが間を一歩、詰めた。同時に、後ずさろうとしたリネアの手をつかむ。


「逃げんな、リネア!」


 ビクッ、とリネアが体を震わせた。あんな表情のリネアは見たことがない。あんな、何かに怯えて泣きそうな表情なんて。


「だめ、だめだ、セルグ。私には出来ない……っ!」

「何でだよ、俺じゃ頼りにならないとでも言うのかよ!?」

「違う!!」


 たった一言にこめられた想いは、魂が引きちぎれてしまうかのような、壮絶なものだった。


「頼む、私も恐ろしいんだ。何をどう説明すればいいのかわからないくらい……。だから、待ってほしい。……頼む……」

「リネア……」


 再び、リネアは顔を伏せた。セルグは何か言いたそうにしていたが、逡巡した後、つかんでいた手を離した。


「その言葉、信じてるぜ。そこまで言われちゃあな……。仕方ねぇ、返事は待つことにするよ」

「……すまない」

「謝るなよ、こっちも困るって。――さ、じゃあもう寝ようぜ。明日には砂漠を抜けられるんだ」

「そうだな。……いや、私は水を飲んでからにする。先に戻ってくれるか」

「ん、わかった。じゃあな」


(リネア、セルグ……)


 二人が去っていった後も、アルフォンスは動けずにいた。心臓がドクドクと音をたてて跳ねている。

 今回は野次馬なんかすべきじゃなかった。いくら二人が仲間とはいえ、特別な想いを託した言の葉たちを、聞いていいわけがなかったんだ。

 ああ、聞いてはいけない想いを聞いてしまった。自分が聞いていい話じゃなかった! 本当に何て馬鹿なことをやってしまったんだろう。

 アルフォンスの胸中を、後悔とも言えない、何とも形容しがたい思いが溢れていった。

 やがてセルグが戻り、リネアもその場から動いたが、アルフォンスは動けず仕舞いだった。


「あの、アルフォンスさん」

「ニーナ」


 ニーナにも悪いことをしてしまった。自分の面白半分の行為につき合わせ、こんな場面を見せてしまったのだから。


「ごめんね、ニーナ」

「え? どうしたんですか、アルフォンスさん。アルフォンスさんが謝ることなんて何もないですよ」

「だって、僕、ニーナの気持ちを聞いたばっかりだったのに。なのに、こんなことにつき合わせて……」

「それは違いますよ、アルフォンスさん」


 今度は、しっかり笑えた。

 さっきは自分を慰めてくれた人を、今度は自分が慰められる。力になれる。


「結局は私がついて行く、って決めたんです。だからアルフォンスさんが気にする必要なんてないんですよ」

「……」

「ふふ、セルグさんがリネアさんに告白してたのはショックでしたよ? だけど、逆にすっきり出来た気もするんです」


 ああ、淡く切なく、そして――儚い初恋だった。


「何となく、セルグさんは誰かを見てる気がしていました。それがリネアさんなら、すっぱり諦められます。だって、本当に敵わないですもの」

「……そ、か。うん、リネア、本当に凄いもんね。それにさ」

「「リネア(さん)のことが好きだから」」


 思いがけずに重なった声に、二人はクスクスと笑いあった。

 そう、大好きな仲間が相手だから。もう応援する気にだってなれてしまうんだ。


「その、偉そうなこと言っちゃいましたけど……。多分、まだ少し引きずるかと……」

「それこそ当然だよ。そんな見事に諦められるなら、恋かどうかも怪しいでしょ」

「そうですよね。……ありがとうございます」


 やっぱり可愛いな、ニーナ。

 この展開を、自分は喜んではいけないのだろう。だけど、喜ばずにはいられない。


「だけど、リネアさん、一体何を悩んでらっしゃるんでしょう」


 そう思ったアルフォンスをよそに、ニーナは顔を曇らせた。


「リネアはきっと、何か凄いものを背負ってるんだろうな」

「……私たちで力になれるでしょうか」

「大丈夫だよ。ただ、時間は必要かも。リネアが気持ちの整理をするためにもね」

「そうですね。私、少しでもリネアさんの力になれるよう、頑張ります」

「うん。あ、けど話を盗み聞きしたことはバレないようにしなきゃね。セルグにも、その、可哀想だし」

「はい」


 ――セルグ、僕は力になりたいから、忘れないで黙っているね。

 そして同じ想いでいよう。


「ねえ、ニーナ。……大事な話があるんだけど、聞いてくれる?」

「はい、何でしょう」

「いきなり過ぎる……けどね。……僕、ニーナのこと好きなんだ。いつも頑張ってるとことか、そんな可愛い姿とかが」

「…………え?」


 やはり急なことに驚いたのだろう、ニーナは眼をパチクリさせている。

 やがてアルフォンスの言ったことが理解出来ると、ニーナの顔は再び真っ赤になった。


「あ、あの、アル、アルフォンスさ……」

「セルグじゃないけど、僕も待つから。ニーナ、気持ちの整理がついてからでいい。……返事が、ほしい」


 色よい返事を恋焦がれる同士でいよう、セルグ。


「……はい。少し、時間をください」

「うん、待ってるよ。ありがとう、僕の気持ちを受け止めてくれて」


 きっとセルグは、リネアに自分の気持ちを、真っ直ぐに見てもらえなかった。

 断られたことより、それがずっと辛かったんだ。


(やっぱりリネアは強敵だったね、セルグ)


 僕もセルグも、第一関門突破――かな?

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