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Beginning of Legend~伝説の始まり~  作者: 今尾実花
世界最高権力者
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世界最高権力者《壱》

 翌日の、正午より少し前。

 三人は僧房からそう遠くない場所にある法廷へ身柄を移された。


「三人っていうのも久しぶりだったね~」

「何か旅の最初みたいだったよな」

「全くだ」


 三人は仮にも被告人、というより罪人として扱われているというのに、緊張感などまるで感じていない。そんなアルフォンスたちの様子に、護送係の僧侶は苛立ちを隠せないでいた。


「早く歩け! お仲間は先に来ているぞ」


 いささか扱いは乱暴だが、五大職と一目見てわかる三人ーー実はアルフォンスは違うがーーを、傷つけるつもりは毛頭ないらしい。万が一でも無罪放免になったとき、組合同士でのいざこざが嫌なのだろう。


「あっ、リネアたちよ!」


 法廷の入り口には、すでにローザンたちがやってきていた。アルフォンスたちを見つけると、すぐに駆け寄ってきた。

 流石にあと数歩、というところで護送係に止められるが、会話をする事は出来た。


「怪我は……ないようですねぇ、ああ良かった」

「昨日はごめんなさい、失敗しちゃって……」

「構わない。法廷のほうが人目がある分、都合がいい」

「……リネアさん……」


 そう消え入りそうな声でリネアを呼んだのは――ニーナ。


「ニーナ。無事なようでなによりだ」

「そんなっ……! リネアさんは、私のせいで……」

「その責は、協力という形で晴らした。だから、もう気に病む必要はない」

「リネアさん……」

「時間だ。……行くか」


 仲間以外、全てが己の敵である場所へ。

 正午になり、アルフォンスたちを裁く法廷が開かれた。

 しかしグレゴリーはアルフォンスとセルグを「恩赦」などという形で早々に不問に処し、リネアだけを執拗に責めたのである。狙いがあからさますぎる上に、やはりと言うべきか、リネアは犯していない罪まで着せられかけている。


「――以上で被害の申し立てを終了と致します。被告人、前へ」


 今回は僧正という高位の僧が関係しているため、裁きを下す法廷の面々も、ずらりと高僧が居並んでいる。

 裁判長の言葉に従いリネアが前に歩み出たが、傍聴席にいるアルフォンスはおかしなことに気がついた。

 リネアが手錠をしていないのだ。


(おかしいな。さっきまではしてたのに)


 納得のいかない形だが無罪となったアルフォンスとセルグは、すぐに手錠が外された。その時までリネアが同じように手錠をはめていたことは確かだ。

 仮にも犯罪者の拘束を裁判中に解くとは思えないが、リネアの隣りで弁護のために控えているニーナにも、他の僧侶たちにも驚きは見られない。ならば、証言台に何らかの術でも施されているのだろうか。

 そんな事をあれこれと考えているうちに、拙いながらもニーナの弁護が始まった。彼女なりに昨夜の監禁に至る経緯を述べたものの、あくまで証言のみで物証はなく、証拠不十分で認められなかった。

 そして判決が下ろうとしたが、ニーナがそれを遮った。


「弁護人、まだ何か?」

「はい。先ほどグレゴリー僧正は、『知り合いの魔法使いと話し合いをしようと部屋に案内したら、仲間を手引きして自分を襲わせた』と仰いました」

「ええ、その通りです。ですがあなたは監禁を主張されましたね」

「はい。今度は新たな証拠を提示致しますので、どうぞ再考を」

「証拠?」

「最低限、話し合いなどではなかった証拠です」


 一気に法廷がざわめきたった。今になって、被告人に何の証拠があるのだろう、と。

 勝利を確信しているのか、グレゴリーは心配そうな顔はしていない。


(……グレゴリー様。ここまでお気づきにならなかった)


 だから貴方の負けで、私たちの勝ちです。


「チルト派特製の手錠。これは力の強さ故に、法廷の許可なしには何人たりとも使用を許されていません」

「!?」


 ここに来て、初めてグレゴリーがうろたえた。


「どういうこと? リネア、もう手錠してないから立証出来ないんじゃ……」

「わからないわ。……ニーナを信じましょ」


 傍聴席にいる四人は、一心にニーナを見つめた。

 まだ幼さの残る少女。

 その少女は今、自分自身で見つけた真実のために戦っている。


「弁護人、それは事実ですが、何の関係が? 被告人は手錠をしていません」

「――いいえ、していますよ」


 長い間ずっと口を閉ざしていたリネアが、ようやく言葉を発した。

 ニーナは場を譲るかのように、一歩後ろへ下がった。


「被告人、虚言は……」

「虚言かどうかご確認を」


 リネアが短い呪文を唱える。

 一瞬、法廷内が色めき立ったが、すぐに害のない術だと判明して動揺は収まった。


「――!!」

「これでも虚言と? 裁判長」


 いつの間にかリネアの両手には、あの手錠が再びジャラリと音を立てていた。


「被告人、それは!?」

「今の術は皆様、呪文でお分かりのはず。簡単な目隠しの術の解除です。……つまり、私は手錠を見えなくしていただけ。仲間の二人はただの手錠でしたが、私のものは特製らしい」

「裁判長! これでも『話し合い』だとお認めになりますか!?」


 ニーナの反論に、判事は悩む必要はなかった。


「確かに、それは我がチルト派が誇る、特製の手錠。その使用許可は出ていません。これは審議を再考しなくてはなりません」

「お、お待ちを!」


 懇願するような声で、グレゴリーが叫んだ。


「その手錠、確かにチルト派のものだが、私が被告人につけた証拠はありません。私を陥れるために、その僧侶をそそのかして用意したのかもしれません」


(――魔法使いめ!)


 グレゴリーは表情には出さなかったが、リネアに憤怒の思いを向けていた。

 手錠がついたままでは不都合だから、腹心の部下にこっそりつけ替えるよう命じた。法廷にやってくるリネアの手を見て、ただの手錠だけつけていたので、その指令は遂行されたと思い込んでいたのだ。何たる不覚!


「ふむ……」


 グレゴリーの言葉に、裁判長が反応を示してしまった。

 このままでは、またリネアが不利になってしまう。


「裁判長! こちらは『最後の審判』を請求します!」


 すかさず叫んだニーナの言葉に、一気に周囲がどよめいた。


(『最後の審判』?)


 周囲の反応からして、良いことではなさそうだ。

 ニーナは一体、どうするつもりなんだろう?


「よろしい。弁護人の請求を認めましょう」


 判事の言葉に、グレゴリーが笑った。

 心配で耐えきれなくなったアルフォンスは近くにいた僧侶を問い詰めた。


「最後の審判って何なんですか?!」

「ふん、その名の通りさ。チルト派の独自の方式で、これを最後の審判とする代わり、請求側の要求を必ず飲ませる。証人喚問や、証拠の開示なんかをな」


 そんな。

 アルフォンスたちは驚き、目を見張った。

 自分たちに有利な証言など、誰もしてくれないはず。それなのにニーナは、最後の審判で何を狙っているのだろう?

 これで失敗すれば、もう挽回の機会を失ってしまうというのに!


「被告人、では最後の審判で何を要求しますか?」


 裁判長がリネアに尋ねる。リネアとニーナが目配せをした。

 リネアの答えは、誰もが予想し得ぬモノ。リネアだけに許された、最強の一手。

 だからリネアは、笑みを浮かべた。勝利の笑みを。


「証人喚問を要求します。――我が師であり賢者、シャルーラン・ガイラを、ここへ」

「け、賢者様を……?」

「ええ。『最後の審判』です、何か問題が?」


 リネアの目が、僅かに細められた。裁判長がその眼力に動揺する。


「い、いえ。ですが、私たちは賢者様とすぐに連絡をとる術はありません」

「簡単な術で十分です。使用の許可さえ頂ければ、私が呼びます」

「わかりました、では……」


 裁判長が了承の木鎚を鳴らそうとしたとき、またもやグレゴリーが遮った。


「お待ちを!」

「何でしょうか?」

「魔法使いに術を使わせるなど、危険極まりない! 許可すべきではありません!」


 確かに、と言った意見があちらこちらから漏れ出す。

 その意見がうねりとなって押し寄せる前に、リネアは嘲笑して言った。


「ほう。ではどのようにして審判を続けますか?」

「うっ……」

「組合を通せば、正式に我が師を呼べます。ですが、それでは人目につく上、時間がかかりますが」


 リネアの言葉は最もだ。大事にならないうちに済ませたいグレゴリーにとって、正式な手段は喜べるものではない。


「裁判長、ご決断を」


 いつの間にか、この場を支配しているのはリネアになっていた。裁判長すら、自分の指示に従わせている。


「で、では、被告人。あなたが賢者様を呼ぶことを認めます」

「それは良かった。では……」


 まるで歌うかのように、リネアは呪文を唱え始めた。

 アルフォンスは知る由もないが、これは法魔の力を応用した、最上級の術であった。

 そして。


「――お呼び立てしまして申し訳ありません、師匠」


 リネアが頭を下げる。


「いや、会えて嬉しいよ。だけどもう少しマシな場所で再会したかったな、私の可愛いリネア」


 一人の男が、リネアの前に立っていた。

 その男、容姿端麗にて眉目秀麗。

 どんなに言葉を尽くそうとも、彼の美貌は語れるまい。

 年の頃は三十半ば、大人の魅力が匂いたつ美丈夫。瞳は金が混じる不思議な虹彩、長く伸ばされた髪は輝く白銀。

 それが、シャルーラン・ガイラ。この世界で最高の権力を持ち、最強の人物の姿。

 賢者の突然の登場と、あまりにも若い人物が賢者であったことへの驚きで、場はしん、と静まり返ったのだった。

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