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交錯する思惑《肆》

「このままリネアを保留、私たちが問い詰めても、しらばっくれるつもりですかねー」

「冗談じゃないわよ、あたしたちに支部を改める力がないと思って!」

「うわー、姿見の術がなかったら、リネアに何があったか全然わからなかったね」


 それにただの手錠、ということはあるまい。きっと法術のかかった特製だ。リネアの魔力を抑えるために。


「これで無事に済んだら奇跡よね。……ねぇニーナ、僧正サマぶん殴るの、手伝ってくれる?」

「え? あ、あの……」

「おいおい、ニーナには唐突過ぎだろ。俺は乗るけどな。一発入れなきゃ気が済まねぇ」

「僕も!」

「ええ、私もです」


 五大職の僧侶、しかも準修士に喧嘩を売る。そんなことしたら、お先真っ暗だ。出世は有り得ないだろう。

 だけど仲間のためなら、喧嘩ごとき、いくらでも売ろうじゃないか!

 もうアルフォンスたちはやる気満々だ。仲間を危険に晒すことは許さない。


「あのっ、私にもお手伝いさせて下さい!」


 ニーナが叫んだ。


「さっきあんなこと言ったあたしが言うのもなんだけど、本当にいいの? 後悔しない?」

「ここで逃げたほうが後悔します! 見習いであろうと、私は僧侶です。――身内の恥は、私が濯ぎます」


 ――メリコでこの人たちに会ってから、日常が音を立てて崩れた。

 本当は、少しだけ恨んでいる。

 関わらないで欲しかった。そうしたら僧正様を信じて、日々に苦悩を感じることもなく過ごせたのに。


(だけどそんなの、知った今から言えば逃げてるだけ)


 だから、立ち向かう。


「館の部屋の配置などは覚えています。お役に立てますか?」

「もちろんだよ! さあ、作戦会議といこっか」


 ニーナの知識を元に、一行は作戦を立てた。

 やはりリネアにかけられたのは、特殊力封じの手枷らしい。

 現在、リネアは控えの間より一段劣るが、やはり防御力が高いという、貴賓室に移されていた。


「控えの間は防御力が高いですが、周囲に人の出入りがありますから。貴賓室はその一角ごと無許可での入室は禁止されています」

「成る程な。じゃあここから動くことはなさそうだな」

「はい。貴賓室は三階の角、一番南側です。入り口から一番遠いんです」


 ニーナが描いた僧房の間取り図を机に置き、一行はリネア奪還の作戦を練っていた。


「そっか、どうやって入ろう」

「三階ぐらいなら壁を登ればいいんじゃねぇ?」

「……えー、普通は壁を登れないかと」

「そうよセルグ。けど、窓から侵入っていいんじゃない?」


 ローザンがニヤリと、いかにもな笑顔になった。


「まずは夜遅くなったから、いい加減リネアを返して、って行くの。門前払いでしょうけどね」

「その間に壁登って侵入しろってか。いいぜ、やってやる」

「バレないかな?」

「基本的にただの僧房ですので、見張りはいません」

「後は『今』だからどうか、と言ったところですねぇ。まあその点は心配無用ですよー」


 また新たに、一陣の風。


「えー、水盆の姿見は出来なくなりますが、僧房の異常はどこでも知らせてくれます。緊急なら視界も少し借りられますのでー」


 これで侵入するセルグが見つかる心配はない。


(随分と……霊妖を軽視してくれているからです)


 リューンは胸の中で一人ごちた。霊妖の力を強く持って生まれる人族は少ない。妖力は特にそうだ。

 また、五大職で霊力を主に使う吟遊詩人は、直接的な攻撃が不得手だ。そんな霊妖の力に対し、金と力は割けないらしい。防御が全くなっていないのがいい証拠だ。


(悪事を働くなら、相応の備えくらいして欲しいですよー)


 霊妖が操るのは生きるモノの力。生命そのもの。少数だからと見くびられるのは腹立たしく、気にくわない。


「さ、もう少し作戦を詰めますかねー」


 その頃、リネアは僧房の貴賓室でくつろいでいた。

 何度も賢者に連絡を取るように言われたが、そのたびに拒んだ。そのため手錠をかけられるなど、いくつか脅しも受けている。


(これ以上私に手出し出来るなら、してみるがいいさ)


 賢者とリネアの両名を知る者なら、それがいかに愚かかわかるだろう。

 賢者は弟子のリネアを溺愛している。リネアに少しでも手を出せば、出世どころか命がない。

 それがわかっているから、グレゴリーもこんな半端なことしか出来ないのだ。


(さて……。リューンは上手くやっているかな)


 精霊使いは転移術の他にも、遠隔地の情報を探る術にも長けている。精霊族の力を借りて、場と場をつなぐ術こそ、精霊使いの真骨頂。頭の回転が速いリューンだ、きっといろいろな手を打っているだろう。心配は無用だろうが、やはり気になってしまう。

 それに、ニーナ。


(……もう間違わない)


 夜も更けた頃。

 夕食に豪勢な食事が出されたので、リネアは何も気にせず食べた。大概の毒に耐性はつけてあるし、口にすればわかるからだ。しかも回復術も心得ているので、何も不安に思わなかった。それに今回、体に支障の出る毒は入っていなかった。


(……さて、どうやってここを出たものか)


 ニーナがいなければ、そもそも交渉さえしなかったとは言え、手錠ごと部屋を破壊しただろう。この程度の術、わずかな時間さえあれば簡単に破れる。

 しかしそんなことをすれば、一緒にいたニーナの立場が悪くなってしまう。何せグレゴリーは中枢の人間だ。文句をつけるに決まっている。


(みんなには待たせて悪いが、明日までお預けだな)


 明日になれば、師匠に――。

 ガタン!

 うつらうつらとしていたが、リネアは一気に目を覚ました。音は、扉の外。


「……こんな夜半に何の用だ」


 大仰な音を立てた割には、部屋に忍び込もうとでもしたのだろう。リネアの呼びかけに、相手は逡巡してから扉を開けた。

 そこにいたのは、グレゴリーだ。


「時間が……ないのでね。いい加減に頷いてもらいましょうか」

「寝言は寝て言え。返事は変わらん」


 確実に追い詰められた顔のグレゴリー。時間がない、というのは、大方、巡礼の期日だろう。いくら僧正といえど、自分の支部か逗留している場所でもなければ、魔法使いを不当監禁などできないのだ。

 リネアは繰り返される問答に、飽き飽きしていた。もう寝てしまいたい。欠伸が出そうになるが、不発に終わる。するとグレゴリーが突然、勝ち誇ったように笑い、もとの傲慢な態度に戻った。


「ふ、ふ。口は達者なようですが、体がだるいでしょう? 夕食に毒を仕込みましたからね。貴重な逸品だ、流石に気付かなかったようで」


 グレゴリーが毒の貴重性を語り出したが、リネアは右から左に聞き流す。毒には当然気づいていた。『害にならない』から気にせず食べただけだ。


(ああ、やっぱり眠いな……)


 昨日の夜更かしがたたったらしく、あくびが出そうになったが何とかかみ殺す。それをグレゴリーは毒のせいで体調がすぐれないと勘違いしているのだ。


「さあ、私の言うことを聞いてもらおうか!」


 いい加減にうるさい。下卑た笑みを浮かべたその顔に、一発入れてやろうとリネアが身を起こした、その時。


「ふざけんのも大概にしやがれ!!」


 セルグが窓をぶち破って侵入するや否や、問答無用でグレゴリーの顔面を全力でぶん殴ったのだった。

 突然の出来事に、流石のリネアも呆然とする。

 普段から周囲にいる仲間の気は、いつの間にか注意を払わなくなっていたらしい。そのために窓の外のセルグの気配に、全く気がつかなかった。


「リネア、無事か!?」

「あ、ああ。だが、セルグはどうしてここに……」


 ニーナがいるのに、迂闊な行動は出来ないだろう。

 そう言おうとしたところで、窓の外からもう一人の声がした。


「セルグっ! 置いてかないでって言ったじゃんか。ここ僕じゃ登れないんだよ、ちょっと手伝って!」

「あ、ワリ」

「アルまで……」


 少し遅れてアルフォンスも、セルグの手を借りて何とか窓から入ってきた。


「ぎゃー! やっぱり問題起こしてるよ! だからセルグに隠密行動はムリって言ったのにぃ~!」

「うるせ。騒ぐなよ、人が来ちまうだろ」

「うう……」


 アルフォンスは床で伸びているグレゴリーの姿を見て、少しばかり泣きたくなった。

 そう、最初はセルグだけが壁を登る作戦だったのだ。

 だがアルフォンスが『隠密』への不安を漏らしたことで、急遽、お目付役がつくことになった。それがアルフォンスだ。身体能力的な消去法により決定した。


「木登りとは違うよ、やっぱり。ああ怖かった」

「けど最後のとこ以外、ほとんど一人でいけたじゃんか」

「まあ何とか……。って、そうだよリネア! 大丈夫? 手錠って取れないの?」

「ああ、少し問題があってな」


 最初は驚いていたリネアだが、もう平静を取り戻していた。アルフォンスまで壁を登ってきたのは少しびっくりしたが。


「二人はどうしてここに?」

「どうしてって、リネアを助けに来たに決まってるでしょ。手錠までかけるなんて、危険だしさ」

「ニーナが協力してくれたから、あっさり忍び込めたぜ」

「ニーナは無事か?」

「うん。グレゴリーのこと、許せないって。だから協力してくれるってさ」

「そうか……」


 これで自分の立場が危うくなることが分からないほど、ニーナは愚かではない。


(やはり……巻き込んでしまった)


 ならば、せめてもの贖罪を。


「ローザンたちは正面玄関で時間稼ぎしてくれてるんだ。今のうちに逃げよう」

「……そうだな」

「なあ、コイツどうする?」


 気絶しているグレゴリーをセルグが無理矢理立たせた。

 まだ完全にのびている。そう簡単には目覚めまい。


「リューンに記憶をいじってもらえれば一番いいんだが……」

「精霊使いってそんなことも出来るの?」

「いや、精霊使いの力というより、強い霊力が必要だ」

「へえ~」


 その時、窓から遠くの喧騒が聞こえた。だんだんとこちらに近づいてくる。


「げっ。やべぇ、バレたか?」

「と、とにかく逃げよう」

「おい待て、アル。窓はまずい! リューンの術だ」


 窓から吹き込む、強い風。この窓だけを狙うこの風は、リューンからの合図だ。どうやら思ったより厳重な警備を敷いていたらしい。


「どうやら侵入がバレたらしいな。……仕方ない、二人で逃げろ」

「おいおい、それなら最初から来ねえっての」

「そうだよ」


 廊下からも、複数の僧侶の足音。直に扉は開かれる。


「これ一蓮托生ってやつかな?」

「違うだろ。けどまあ、似たようなもんか?」

「……そうだな」


 優し過ぎる仲間の場違いとも取れる言葉に、リネアは苦笑するしかなかった。

 やがて僧侶が続々と部屋に入ってきた。もちろんアルフォンスたちは不法侵入と暴行を問われ、法廷で審問を行うことになった。


「よくもこの様なことを……! 流石は魔法使いの仲間だ」

「御託はいい。審問はいつだ?」

「――! 明日、正午の開廷だ! 仲間にも伝えておいてやる、逃げようなどと思うなよ!」


 恐らくグレゴリーの愚行を知らない僧侶は、そう言い残して部屋を去った。

 部屋の周囲に見張りは着いているが、室内には三人だけが残された。


「これからどうする?」

「ま、ここで寝るしかねぇよな」

「え~っ、セルグが窓を割っちゃったから寒いよ」

「ふ、心配するな。このくらいは直せる」


 リネアはそう言うと、窓に右手を向けた。

 同時に、いつもは唱えない呪文を詠唱する。


「――再び集え、破砕の礫。……よし、これで大丈夫だ」

「うわ、本当だ! ねえ、何でリネアはその状態で魔法が使えるの?」

「準修士とはいえ、魔法使いを修めているんだ。いつも通りはムリだが、中級の術なら問題なく行使できる」


 ジャラリ、と手錠を鳴らしながら、リネアはそう答えた。


「へえ~……。やっぱり凄いなぁ、リネアって」

「呪文は唱えないと無理なのか? いつも唱えないよな」

「ああ、呪文は……言わば道標だ。慣れれば必要ない。だが今回は魔力の放出自体に負荷がかかるから、唱えて確実性を高めている」

「そっかぁ、だから高位の術士って呪文を唱えないんだ。……あれ? けど、リューンはいつも唱えてるような?」

「霊妖の力とは理が違うからな。法魔は己に標をつけるが、霊妖は他者からの標が必要だ。そのため省略することは滅多にない」

「んーと、他者との契約だから省略は許されない、ってことなんだな?」

「ああ。慣れの問題ではないからな」


 何か、前にもこんなことあったな。


(あの時はローザンもいたけど……)


 ほんの数ヶ月前だというのに、もう何年も前のことのようだ。とても懐かしい。


「けどよ、それなら俺たち、慌てる必要なかったな。魔法があれば、リネアが簡単にやられるわけねぇし」

「だね。けど一番慌ててたのどこの誰だっけ~?」

「う、うるせっ! 心配するのは当然だろ?!」

「ソーデスネー」


 セルグの顔は真っ赤だ。

 この様子では、まだ告白には至っているまい。


「いや、私もどうするか考えていたんだ。みんなの意志がわかって良かった」

「そうか? 役に立てたなら、まあ……」


 リネアに微笑みかけられたセルグは、アルフォンスに掴みかかっていた手を離した。

 嬉しいのか恥ずかしいのか、リネアを直視出来ないらしい。


(どこの乙女だよセルグ……!)


 何かごめんなさい。自分がこの場にいて、二人っきりにしてあげられなくてごめんなさい。


「心配してくれてありがとう、セルグ」


 とどめの一撃。もちろん微笑みつき。

 アルフォンスの名前もちゃんと続いたのだが、そんなことは関係ない。


(ここにいてごめんなさい。もう本当にごめんなさい)


 真っ赤な顔でしどろもどろに話すセルグに、アルフォンスは心の底から詫びた。

 そしてちょっとだけ虚しくて泣けた。

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