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運命の中へ《弐》

 タビダチノトキ。旅立ちの時。

 意味のわからないアルフォンスが剣を手に立ち尽くしていると、満面の笑みで神官が話しかけてきた。


「アルフォンス、お主は剣を抜いた。ついに旅立つ時が来たのじゃ!」

「は、はぁ……。あの、エルネスト様。えぇと、何がどうなっているのですか? 説明して頂けませんか」


 思いもよらず抜けてしまった剣を手に、アルフォンスは混乱した。しかも、何か嫌な予感がする。


「うむ。だが、その説明は、村に戻ってからにしよう」


 そう言われて大人しく広場に戻ると、いつの間に連絡したのだろう、大勢の人が集まっていた。おそらく神官が何らかの術を使ったのだろう。

 夜も更けたので子供の姿はほとんどないが、大人たちもアルフォンスと同じく、なぜ集められたのか分からないようだ。みんな不思議そうな顔をしていた。


「さあアルフォンスよ。中央にワシと一緒に来るのじゃ」

「はあ……」


 人々の輪の中に入ると、一斉に視線がアルフォンスに集まった。あまりの居心地の悪さに怖じ気づくも、神官はアルフォンスを半ば無理やりに、輪の中央に押し出した。

 そうして神官は説明を始めた。アルフォンスの運命を。


「さて、今宵は特別な夜となった! 皆も知っての通り、御剣祭は成人の儀じゃが、同時に若者たち、ひいては皆の健康を祈る祭りじゃ。それはあの剣に触れて力を分けて貰うため。そう、あの剣はただの剣ではない。数百年の昔、我らの祖先がこの地に住み着いた時から、剣はあの姿で祠にあったと言う」


(何百年も前からあった剣? そうか、そうだよ。あの建物はそんな感じだった。でも、あの輝きはまるで……)


 まるで磨かれたばかりのように、いつまでも輝きを失わぬ剣。それは神の力が宿るとされ、いつからか崇められるようになった。小さな祠は立派な神殿に造り変えられ、剣に触れられるのは奉る祭りの時のみとして。


「剣を抜こうとした者は数知れぬが、誰も抜くことはなかった。しかし、この青年が剣を抜いた。剣と共に発見された書にはこうある。『剣こそこの世の要。要を手にした者よ、運命に従い旅立て』と」


 その言葉と同時に、人々の視線が一斉に神官からアルフォンスへ移った。いや、正確にはアルフォンスが持つ、布でくるまれた長く大きな『荷物』に。

 しかしアルフォンスはその視線にひるむ前に、次に神官が言った言葉に息をのんだ。


「青年の父親はかつて『人王の間』に進んだ、尊き者であった。青年が父と同じく人王様の御加護を得られるよう、皆で送るのじゃ!!」


(父さんが人王の間に……!?)


 初めて知った、父の事実。それはとてつもなく偉大な所業だった。


 この世は五つの世界に分かれている。

 『天界』『獣界』『魔界』『精霊界』、そして自分のいる『人界』。

 それぞれの世界には、己が統べる世界を名とする『界王』がいて、彼らの住まいは『界王の間』と呼ばれる異空間だ。そこは界王に認められた者だけが入ることを許される。

 認められる者は、百年に一人の確率だといわれている。


 神官の言葉が終わると、広場にはどよめきと歓声が広がった。

 神殿では何も状況が飲みこめていなかったアルフォンスでも、自分はとんでもないことに巻き込まれたのだと理解した。

 終わりかけていた祭りは一転、アルフォンスを送る祝祭となってしまったが、当の本人は喜びなど微塵も感じていなかった。

 なぜ自分がこんな目に、という不安、混乱、恐怖、当惑がアルフォンスの頭を占めていた。

 やがて夜も深まりきってようやく人波が引いた頃、アルフォンスは神官のもとへ走った。さっきの説明だけでは納得がいかない。もっと知りたい。父の事も、剣のことも、何もかも。


「エルネスト様っ!!」


 勢いよく扉をぶち開けて、村の教会に駆け込む。だが中にいた神官はこの事態に驚くことはなく、まるで待っていたかのように落ち着き払って応対した。


「よく来たの、アルフォンス。さぁ、ここに座りなさい」

「エルネスト様、僕は訳がわかりません。もっときちんと説明して下さい! お願いです!」

「落ち着くのじゃ。とにかく座りなさい。さあ、お茶を淹れよう」


 そう言われたアルフォンスは渋々ではあったが、進められるままに椅子に座り、暖かいお茶を飲んだ。するとお茶の暖かさとほのかな甘みのおかげだろうか。心の荒波が収まるかのように、だんだんと平静さが戻ってきた。


「……すまぬ、本人が一番理解しなければならぬことじゃと言うのに。許してくれ。あの場であれ以上の説明は、皆に不安を与えることになってしまうのじゃ」

「不安?」

「うむ。実は皆に言った書の内容じゃが、あれだけではない」


『剣こそこの世の要。要を手にした者よ、運命に従い旅立て。その剣、この世が界王と共に生まれし時より眠るもの。幾星霜の時を越え、界王の力が弱りし時、解放の力は目覚める。剣を手にした者よ、わずかな時をもってこの世は混沌の闇に覆われる。いざ魂を共にする仲間と旅立て』


 そこまで言って、神官は深く息を吐き出した。


「剣を抜くこと自体、界王様の御力の弱まりを示すのじゃ。その様なこと、ワシには言えぬ……」

「魂を共にする仲間に、界王の剣?」


 聞いたことのない言葉ばかりだ。何となく意味は分かるが、そんなものが実在するとは驚きだ。おとぎ話にでもありそうなものばかりである。

 ――しかも、自分がその剣を抜いた。


「今の世を見よ、アルフォンス。他世界への扉は、今の人族の心を示すかのように簡単には開かぬ。愚かなことに他世界の民が差別の対象にもなる。――何よりも人王様の御力が感じられなくなり、同じ民同士で醜い争いを始めてしまった。このままでは人界は、滅びを待つだけじゃろう」


 地の果てに在るという、巨大な神秘の扉で結ばれる五つの世界。各々に界王が存在し、世界を統べる。それがこの世の掟で理だ。

 しかし、今の人界は違う。扉の場所も長い歴史の間に国家の力で秘密とされ、他世界と自由な行来が出来なくなっている。他世界の民など、王侯貴族より目にすることが難しいと言われているほどだ。


「旅立ってくれ、アルフォンス。もはや希望は無い。頼む、この世の理を正してくれ!」


(そんな大変なことを僕が!?)


「待って下さい、エルネスト様! そんなこと、できる筈が無いです!! 僕なんかにこの世を救うとか、いきなりそんなの……!」

「例えそう思おうとも、アルフォンス。お主の進むべき道は決まっておる。全世界の界王様に選ばれたのじゃから」

「でも……」

「行くのじゃ、アルフォンス。様々な場所を見て、世界を知るがよい。良き仲間と巡り会えよう」


 この時点で、アルフォンスは絶望の淵に立たされたも同然だった。

 自分が受け入れねば、旅立たねばどうなる。こんな一方的なの、断れるわけがない!


(だけど僕なんかが旅立って、何がどうなるって言うんだ? 村から出たこともなく、剣も持ったことがないのに! そんな僕が一体何を救えるって言うんだ!!)


 せめてもの救いは、旅では様々な場所に行け、ここで暮らしていては知らずに終わることもたくさん学べる、ということだけ。

 だけど怖い。怖い!

 本心はよく考えろと叫んでいる。確かに外の世界は魅力的だ。だけど、外は命の危険がある。

 だけど、だけど。だけど……。


「――わかり、ました。エルネスト様、やれるだけ、やれるだけやってみます」

「……ありがとう、そして済まぬ、アルフォンスよ。世界を巡り、集めるべき仲間を集めた時、自ずと道は開かれよう。何かあればいつでもワシを頼ってくれ。出来ることなど殆ど無いが……」


 老神官は聡明で柔和な好人物であったが、この時だけは、夢も力も何もかもを失った、ただの弱い老人のような表情をしていた。

 その表情は、アルフォンスにとってある意味救いでもあった。――ああ、この人も苦しんでいるのだ、と思えたから。

 話を済ませた後、アルフォンスは真っ直ぐ家路には着かず、村の東端を流れる川岸へと向かった。

 ここは何か悩んだ時、アルフォンスが必ず来る場所だ。だが、それを知っている者はいない。アルフォンスは意識していつも明るく振舞っているし、それが性根でもある。だからなのか、悩みを誰かに打ち明けたことは無い。

 ごろりと寝転がり、満天の星空を見上げる。

 ――夢だった。村を出て、世界を巡ること。田舎の若者が一度は見る、儚い夢。だが、それはこんな形で叶ってしまった。

 自分は一体、どうすればいいんだろう。もう引き返せないことだけは確かだ。

 怖かったのに。怒りすら覚えたのに。それなのに自分は引き受けた。外の世界の魅力――だけでは説明がつかない。自分で自分の心がわからない。


(ああ、これから自分はどうしたいんだろう……)


 それから一時間ほど星空を眺めていたが、自分の心への答えは出ずじまいだった。

 急がなければ、そろそろ日の出の時刻だ。孤児院の朝は早い。さすがに日の出までに戻っていなければ、院のみんなが驚くのは間違いない。帰りが遅かった理由を聞かれるのも億劫だと考え、アルフォンスは悩むことを止め、ゆっくり起き上がると、家である孤児院へと歩き出した。

 だが院に着く直前、道を塞ぐようにしてルディックが立っていた。二歳下の弟分で、自分に一番懐いている少年だ。こんな時間に起きだしているなんて、院で何かあったのだろうか。

 驚いたアルフォンスが声をかけるより先に、ルディックが大きな声で言った。


「アル兄貴! 本当に村を出てくのか!?」

「ルディック、何でそれを……」

「大人の人が呼び出された後、すぐに戻ってきた院長先生が、みんなを起こして話してくれたんだ。兄貴のこと、笑顔で送り出してあげましょうって……。けどオレ、嫌だよ。ずっと一緒に居たいよ。ずっと一緒に居てくれるって、そう思ってたのにぃ……っ。酷いよぉ……っ!」


 そこまで言うと、ルディックは堰を切ったように泣き出してしまった。

 アルフォンスは泣きじゃくるルディックに駆け寄ると、視線を合わせるように屈み込み、肩を優しくつかんだ。


「ルディック、聞いて。確かに僕は村を出て行く。だからずっと一緒には居られない。けど、いつかはそうなるものなんだ」

「何でさ? オレ、ずっと一緒に……」

「ルディック。いつまでも僕と一緒じゃ駄目だよ。君はもう十三歳じゃないか。大人になる時だ」

「嫌だよぉ……。一人にしないでぇ……」

「何を言ってるの、ルディックは一人なんかじゃないだろ。院にはみんながいるし、村には友達がいる。それに旅に出るのはもう決めたことなんだ。エルネスト様とも約束した。変えることはできないよ」

「アル兄貴、でも、でもぉ……」

「頑張れルディック。僕の代わりに院のみんなを支えて欲しい。……頼んだよ?」


 そうだ。僕はもう戻らないだろうから。だから、支え合って。

 まるで自分の代わりにルディックが泣いてくれたようにアルフォンスは思えた。

 ここにきて、ようやくアルフォンスは自分の気持ちが一つ理解できた。そうだ、あまりの急展開で混乱していたけど、自分だって怖くて寂しくて――泣きたかったのだ。

 そうしてアルフォンスは笑みを浮かべた。たった一人でも、自分へこんなに好意を持っていてくれた少年が居てくれたことに。

 その笑みを見て何を思ったのかはわからないが、やがてルディックは涙を拭った。


「……わかった。オレ、頑張るよ。アル兄貴、気をつけて行ってきて!」

「ありがとう、ルディック! これで僕も安心して旅立てるよ」


 その夜、アルフォンスは久し振りに二人で狭い布団に包まった。相手の、最後のお願いで。

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