表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/47

日向の休息《弐》

 真っ青な空が、目に染みるくらいに眩しい。

 アルフォンスが甲板から眺める先には、一面の海が広がっている。紺碧色に輝く海面は、どんな絵画よりも美しい。

 船で海を渡ること七日、一行は西ノ海の真ん中あたりにいた。

 今日は波も穏やかで、船旅日和といったところか。アルフォンスとリューンは多くの乗客がそうしているように、甲板に出て、肌で大海原を感じていた。

 やがて昼食の時間が近づいてきたので、二人は部屋に帰ろうと向かったが、甲板の出入り口で、アルフォンスは急に向こう側からきた人物とぶつかってしまった。


「うわっ!」

「っつ、気をつけろこのチビ!」

「え、あ、すみません」


 ずいぶんと横柄なその男は、自分からぶつかったのに謝ろうともしない。とても大柄で、顔の左側一面に不気味な刺青を施しており、それがまた厳つさを醸し出していた。


「ふん。……ん? お前、精霊使いか」

「え?」


 その上、リューンの額にある精霊使いの証である刺青を見るや、男は鼻でせせら笑った。


「もう精霊使いは年寄りしかいないのかと思ってたぜ。若けりゃ位なんかいくらでも貰えるんだな、羨ましいぜ」

「なっ、そんなわけ……!」

「アル、結構ですよー」

「リューン!」

「へえ、認めんのかよ。自覚があるとは恐れ入ったな」


 こんな時でも微笑みを絶やさないリューン。でも、少しだけ語調を強めて言った。


「そう仰るあなたは魔法使いのようですねぇ」

「ほお。よくわかったな」

「顔の左側に入れ墨をするのは、そこに界王の証をもつ魔王への敬意の証。我ら精霊使いが額に刻印するのと同じ理由ですしねぇ。尚且つあなたは純度の高い魔玉をお持ちですしー。左の懐から、あなたのものではない魔力が溢れていますよー。……位は中級、ですかねぇ」

「――! ふぅん、コレに気づけるってことは、他の特殊力に関しても無知ってわけじゃねぇんだな」

「ええ、まあ」

「まあ感知能力だけ高くても役には立たねえ。所詮、精霊使いは精霊使いだ。シェルマスの片田舎に引っ込んでな」

「……」

「なんだ、言い返さねえのか? 見た目通りの優男かよ。おい、そこのチビ剣士。こんな意気地なしが連れで大変だな」


 じゃあな、と言い残すと、男は笑いながらその場を去って行った。


「……アル、不快な思いをさせてすみませんでした。申し訳ありません」

「そんな! 何でリューンが謝るの?」

「いいんですよー。あの方が仰ったこともまんざら嘘ではありませんしねぇ」


 リューンは悲しげな溜め息を漏らした。


「それに私の霊力は親から受け継いだものですし、最初に契約を結んだ精霊と、相性が良かっただけです。……何も努力などしていないのですよー」

「そんなことないよ! どんな職だって、努力なしで高位まで上り詰められるわけないじゃんか!」

「……ありがとうございます、アル」


 リューンの笑顔が、笑顔じゃないとアルフォンスは思った。

 どこか遠くに思いをはせた、憂い顔。……泣いてしまうんじゃ、ないだろうか。


「っあー、もう! とにかくさっきの男が全部悪いんだよ! 二回もチビとか言ってくれたし!! ねえリューン、僕ってそんなにチビ?」

「えっ。……ち、小さくはないと思いますが」


 …………聞くんじゃなかった。

 自分より拳二つ分は高いリューンに聞いたのが間違いだったとアルフォンスは悟った。


「ふふ……。そうさどうせ女性のローザンにも身長抜かれてるんだもん、チビがお似合いだよね……」

「あの、アル……」

「と、言いたいとこだけど! 僕は多分まだ伸び盛りだし、そう簡単に諦めないよ! すぐにセルグもリューンも抜くからね!」

「――! ……ええ、楽しみにしています。さすがに私はもう伸びませんからー」

「うん! さ、時間食っちゃったし、急いで戻ろう。ローザンに怒られちゃう」


 その後、部屋に戻った二人は遅れたことでやっぱりローザンに怒られ、もう少しで昼食抜きの刑をくらうところだった。

 しかも食後に先ほどの男の話をすると、これまたローザンの機嫌が悪化した。


「ちょっと何よその男! あたしだったら問答無用で海に叩き込んでやったのにっ!!」

「ちょ、ローザン。それはさすがに……。死んじゃうよ、あの人だってさ」

「そんな奴は死んでこそ、この世のためになるのよ!」

「ローザン?」


 少し短気なところがあるとはいえ、曲がったことは自他共に大嫌いなローザンだ。こんなに相手を悪く言うのも珍しい。


「いい? そいつはあんたとリューンを馬鹿にしただけでなく、同じ魔法使いのリネアの品格もぶっちぎりで下げてるのよ」

「あっ……。そうか、そういう考えもあるよね。気づかなかった」


 あの時は気づかなかったが、このローザンの怒りは最もだ。


「……私のことはともかく、同じ魔法使いとして恥ずかしいのは確かだな」

「とにかく、私はアルが怒ってくださっただけで嬉しかったですよ。……えー、その、自分のことより先に怒ってくださいましたしね」

「アルはそういう奴だもんな。いい意味で後先考えないっていうか」

「え? それ本当にいい意味?」

「あー、微妙かも」

「ああホラやっぱり!」


 やがてむかえる夜に、誰も不安など抱いていなかった。いつも通りの夜が来ると思っていた。

 異変は、夕食の直後に。


「っあー、大分体が楽になってきた」

「セルグ順応早いよね。明日なんかもう酔わないんじゃない?」


 一行は夕食を終え、船室でのんびりとくつろいでいた。

 今回の船旅ではリネアの薬に加え船体が大きくて揺れにくいこと、また海が穏やかなことが幸いしたらしい。セルグは昨日今日とだいぶ調子を取り戻していた。


「そーだといいけど。アンタ、海が荒れたりしたら無理でしょ?」

「当然」

「おバカ、胸張って言うんじゃないわよ」

「……。ローザン」

「どうしたの、リネア」

「少しずつ、船の揺れ幅が大きくなってきてる」

「「「え」」」

「うおぇっ」


 リネアの言葉で、揺れを実感していないだろうに、一気にセルグの顔が青ざめた。今にも吐きそうだ。


「ちょっとー! ふざけんじゃないわよっ!!」

「リネア~、そういうことはセルグの前で言っちゃ駄目だよ……」

「そうか」

「けれど……。おかしいですねぇ、風はないようですが。ほら、窓を開けても何も」

「あぁ? じゃあ何で船が揺れんだよ」


 風がないのに船が揺れる。

 この船は乗員が暴れたくらいで揺れるほど小さくない。何百人も乗客がいる大型船なのだ。


「もしかして魔物!?」

「くそっ、マジかよ! 甲板に行こうぜみんな」

「わかったわ!」

「はい」


 船という不安定な場所が、アルフォンスたちを慌てさせた。

 しかし、リネアはあくまでも冷静だった。


「待て! コレは魔物とは違う!」

「魔物じゃない? じゃあ何なのさリネア!」

「落ち着け、アル。魔物ではないが……」

「ちょっと待って。これ……もしかして、霊獣? 確かに強い霊力を感じるわ。しかもこの船の真下よ!」


 ローザンが目を瞑りながら、周囲の力を感じ取る。霊力の感知だけならリューンよりも一枚上手のローザンは、誰も気づいていない霊獣の存在、その位置まで正確に看破した。


「けど、このあたりの海は霊獣の生息地じゃないわよね?」

「クジラとかにも迷子はいるからな。多分そんなんじゃねぇの?」

「霊獣の迷子……。あの、それは安全……なの?」


 一瞬、全員が押し黙った。


「……霊獣には、人肉を好んで食べる種はいない。そして比較的おとなしい」

「ええ。こちらから危害を加えなければ、大丈夫かと思いますよー」

「そっか、よかったぁ。……けどさ、さっきより確実に船の揺れ、大きくなってる……よね?」

「アルっ! それを言うな!!」

「あーハイハイ、アンタは黙ってなさい。ねぇ、船長にこのことを伝えたら? 他の乗客が下手に手出ししたら大変じゃない」

「そうだね。けどそんなことをする人なんて……」


 いないよ。そう喉まで出掛かって、アルフォンスは昼の出来事が唐突に思い出された。


「あの魔法使いの人、大丈夫だよ……ね?」

「……リューン、どう思うよそいつ」

「まず霊獣と気付けるかどうか……。ですが、あの方は感知が苦手でしょうしねぇ。言動から推測出来ます」


 あの男は自分の感知能力の高さを嫌った。だが、真実を言えばリューン自身の感知能力はそれほど高くない。せいぜい中の上、といったところか。

 あれぐらい一人前の位を授かる力さえあれば、大抵は感知できる。あの男もそれは知っているだろうに、自身に備わっていないものを妬む心から、つい言ってしまったのだろう。

 このリューンの意見で、一行に緊張が走る。


「ならば事は急を要するぞ。水性の霊獣は特に霊力が高い。恐らくこの船など一撃だ」

「うおっ、マジかよ! そういう奴に限って半端な魔力しか持ってねぇのがオチなのに!」

「リネア、あたしたちは船長のとこに行くわよ! アルたちは甲板に行ってみて!!」

「うん!」


 二手に別れ、五人は全力で走った。

 アルフォンスたちは甲板に到着すると、その扉をぶち開ける。


「ん? 何だ、お前らも来たのか」

「……っはあ、ぜぇ……っ、ちょっ、待って……!!」

「残念、コイツは俺がもらった。力も強いみたいだし、いい魔法薬の材料になる」

「待ててめぇ! ここは海のど真ん中だって分かってんのか?!」

「一撃で済ませりゃいいだろうが。俺にはこれがある。問題ねぇ」


 男は懐から魔石を取り出した。手のひらに収まる大きさだが、男の魔力を受けて紫紺の光を放っている。

 凪の中だというのに、次第に揺れが大きくなる。海面下に巨大な影が浮かび出した。


「さあ……来い!」


 男が魔石を強く握りしめ、天高く掲げた。光がどんどん強くなっていく。


「――お止めなさいっ!!」


 アルフォンスたちも驚くほどのリューンの一括に、男も動作を止めた。


「ちっ。何なんだよお前ら」

「あなたの勝手な行動で、この船の乗客全てを危険に晒しているのですよ!」

「だから一撃で済ませるって言ってんだろうが。それとも乗客が魔物に喰われたほうがいいとでも言うのかよ? 能無しは黙ってな」

「黙るのはそっちだ! 驕るのもいい加減にしろ!!」


 アルフォンスの怒号に、隣にいたセルグは思わずたじろぐ。先ほどのリューンに感じた驚きとは全く別種の、そして比べ物にならない何かが、セルグだけでなく、その場にいた全員の動きを縛った。


「そもそも魔物だからって全部退治すべきじゃないだろ!? まず互いに無傷で済ませることが一番のはずだ! 絶対に魔物が危害を加えるってなんでわかるんだよ!?」

「……っガキめ。お前の理想論かざすなよ」

「――理想論、そう言い切るアンタは最低ね」

「ああ。この場をお前に預けることはできん」


 いつの間に来たのか、ローザンとリネアがアルフォンスたちの後ろにいた。


「船長には全部伝えたわ。他の乗客が慌てないよう、部屋を回るそうよ」

「お前も魔法使いなら、場を見極めろ。……恥さらしめ」

「んだとぉ!? てめぇ、何様のつもりだ!!」

「リネア、今は構ってる暇ないでしょ。リューン、あたしが補助するからアンタが交渉して」

「わかりました。では早速」

「おい! 何でその野郎が交渉をする!?」


 交渉とは、言の葉が通じぬ生命との意思の疎通をすることだ。最適な者は、力の属性率が高い者。

 もう船の揺れが大き過ぎて、まともに立っていられない。霊獣が船のすぐ下まで来ているのだ。


「私の方が適している。――それだけですよ」


 リューンは微笑むとともに、呪を唱えだした。


「そんな……まさか……」

「そうだよ、今回は霊獣。あんたの専門外だろ?」

「…………ふざ、けるなっ」

「あん?」

「例え霊獣だろうが、俺に調伏出来ないことなどない!! お前らはどいていろ!!」


 場を安定させるために風を喚んでいたローザンを突き飛ばし、男はリューンに魔石の力を向けた。


「きゃ!?」

「あっ、てめぇ! 待てっ!!」

「この目障りな精霊使いめ!」


 男の目にはリューンしか映っていない。またリューンも詠唱に意識を集中させているため、事に気づいていない。


「リューン!!」


 アルフォンスが叫んで、男が魔玉から術を放とうとして。セルグがローザンに手をかして立たせ、リューンがこちらを向いて、リネアが男に杖の先を向けたその時。


「――全員何かに掴まって下さい!!」


 リューンが叫んだ。

 同時に巨大な生き物が起こした波を受け、船はまるで水面に浮かぶ木の葉のように揺れる。甲板は激しい波に洗われ、もう少しで全員が海に飲み込まれるところだった。


「ぷはっ!!」

「アル!」

「ローザン! よかった無事なんだね。みんなは!?」

「俺は無事だ。けど、気分は最悪だ」

「問題ない」


 アルフォンスたち四人は、各自の無事を確かめあった。

 リューンのおかげで、とっさに手すりなどを掴むことができ、この光り輝く民の守護を受けたから、ずぶ濡れになりながらも、自分たちは無事でいられるのだ。


「――水の精霊、か」


 リネアが空に消えた光を見ながら呟く。


「ちょっと、リューンとあの男は!?」

「私たちも無事ですよー。それより、ほら」


 頭でも打ったのか、気絶している男を抱えたままのリューンが海を指差した。


「……綺麗」


 ローザンの呟き以外、誰も声を発せなかった。

 悠々と海を行くその姿は、まさに雄大の一言。霊獣は水龍だった。

 この星月夜に煌めく鱗は、銀。


「…………。すっげぇな」

「うん。あんなに綺麗な生き物、初めて見た……」


 船の横を並行して進む巨大な霊獣は、チラチラとこちらに視線をむけている。そうやって動くたびに鱗が月光を反射し、七色に輝く。

 霊獣がこの船に興味津々なのは間違いない。


「害はないとは言え、転覆の危険はありますし……」

「やはり交渉するしかないだろう。放っておくとまた余計な奴が出てきかねない」


 これだけ巨大だと、霊獣に対する知識がない人には、恐怖しか与えまい。


「ですねぇ。ではローザン、よろしくお願いします」

「わかったわ」


 こうしてリューンは、無事に霊獣との交渉を終えた。精霊族を介して、意思の疎通を成功させたのである。


「どうやら無事にお帰りいただけるようですよー」


 リューンがそう言うと同時に、龍は天高く吼えた。そうして一度だけこちらを振り返った後、深く深く海へと潜り、再び姿を見ることはなかった。


「やぁっと終わったな。俺、酔ってるヒマもなかったぜ」

「凄い揺れだったのにね。……ん?」


 ふと水浸しになった床をに目をやると、キラキラと光るものを見つけた。拾い上げてみると、なんとそれは七色に輝く龍の鱗だった。


「ねえみんな! 見て、凄いの見つけた!」

「あら、良かったじゃない! それって霊力の塊よ」


 その言葉に、アルフォンスは驚いて手の中の鱗を見る。リューンとローザンに必要かと聞いてみるも、二人ともアルフォンスが持て、と言う。さらにリネアも。


「霊龍の鱗は、妖力を自ずと防いでくれる優れものだ。持っていて損はない」

「へえ、自動で防御もできるんだ。……じゃあ遠慮なく!」


 やがて騒動が一段落して、しばらく後。

 男が気絶したのはカジノと同じくリューンが術で強制的にやったとか、魔石は波にさらわれて海の底だとか、色々なことが判明した。

 リューンがいつもの笑顔で『あれはですねー』と説明をした時は、見事に全員ひいた。


(リューンは怒らせたらいけない人物だ……)


 四人の心が一致した瞬間であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ