精霊の町《肆》
「あらリューン、皆さんのことご存知なの?」
「ええ、昨日の一件の方々ですよー。またお会いできましたねぇ」
そうだ、スィーバルと言えばリューンの家名じゃないか。
「世間って広いようで狭いよなぁ。ま、同じ町の中だけどよ」
「ですねぇ。それにしても、皆さんはどうしてこちらへ?」
「先ほど広場で揉め事を起こしてしまったのだけど、皆さんに助けて頂いたの」
「そうでしたか。姉を助けて頂いて、ありがとうございます」
リューンが深々と頭を下げる。大したことではないと思っていたアルフォンスは、そんなリューンの態度に思わず緊張してしまった。
「あ、いえ。人として当然のことだと思いますから」
「おぉ、いいこと言うじゃん、アル」
「どうしちゃったの、突然カッコよくなっちゃって」
「ふ、全くだな」
「~っ。あのねぇ……」
ここで反論しても、特に女性たちに敵うわけ無いので、喉まで出かかった文句は、何とか飲み込んだ。
そんな四人の様子を見て、スィーバル姉弟が笑う。
「いつもそんな感じですか? とても楽しそう。うらやましいわ」
「ええ、久しぶりに笑えた気がしますよー。やはり外は楽しいのでしょうねぇ」
そんなこんなで、リューンが荷物を片づけるため一度自室へと戻った時だった。
「……突然ですが、皆さんはどうしてこの町へ?」
「その、精霊使いの方に仲間になって貰えないかと思って」
「昨日リューンに頼んだんだけど、断られちまってな。只今絶賛募集中ってとこだ」
「……そう、やっぱりあの子は断ったんですね」
リューンが出て行った扉を向き、ティティスはポツリと呟く。
リネアもその扉へ視線を向けた。
「やっぱり、ってどうして?」
「あの子は優しいから……。両親を亡くしてからずっと、私のことを一番に考えてくれています。特にこの頃は、町の治安が悪化してきましたから」
閉じられたままの瞳が、強い力で何かを見据えていた。
「でも、先ほどの言葉をお聞きになったでしょう? 自覚しているかはわかりませんが、あの子は外に憧れているのです」
ティティスはとても切なげな声をこぼした。それほど彼女の纏う空気は、弟を思う気持ちに溢れていた。
「私があの子の重石になるわけにはいきません。もう二人とも、立派な大人なのです。お願いです、皆さん。どうかもう一度あの子を誘っていただけませんか?」
陽の下でのみ養われる、強い意思。強い願い。……無碍になど出来ない。
「わかりました。上級のリューンに来てもらえれば、僕達も願ったり叶ったりですから」
「ありがとうございます。私からも言っておきますので、どうかよろしくお願いします」
「はい!」
アルフォンスが元気良く返事をしたところで、一息分の間が出来た。そのとき、ふいにリネアが席を立った。
「……失礼、話の途中だが、私は行きたい所があるので、これで」
「おい、どこ行くんだ?」
「町の資料館に」
「まぁ、あそこは閉館時間が早いんです。お引止めしてすみません」
「構わない。今までいたのも私の勝手だ。気にすることは無い」
「じゃ、あたし達も帰りましょう。いつまでもお邪魔してるわけにいかないもの」
リネアが席を立ったのに合わせて、ローザンも立ち上がった。頷いてアルフォンスとセルグも席を立つ。
「お茶、ご馳走様でした。リューンには明日また話します。ティティスさんのお話から、少し時間を置いたほうがいいと思うんです」
「ええ。では、また明日お会いしましょう」
ティティスの優しい笑みに送られて、アルフォンスたちは資料館へと向かった。
到着した資料館は、本当に規模の大きいものだった。昨夜のカジノより大きいかもしれない。
リネアはそこで閉館時間ギリギリまで、精霊王に関する資料を中心に、大量の本を物凄い速さで読み漁った。それは本当にもの凄い知識欲と集中力で、読み終えた本が山のように積まれていく。
アルフォンスもそれなりに興味深いとは思ったが、セルグとともに、早々にリネアの読み終えた本を片付ける係に徹することにしたのだった。
閉館時間となり、一行が出口を出ると、外に切羽詰った表情をしたリューンが立っていた。
「あら、あんたも資料探し? だけど、もう閉館時間よ」
「いえー……。そうではなくて……」
「……姉の口から聞く前に、旅の話を断りに来た。だろう?」
「!」
リネアの言葉に、リューンの顔に驚きが走った。
「あの時、話を扉越しに聞いていたのは知っている。だがあれは姉の本心だろう。なぜ受け入れない?」
「……私が外に行けないのは、姉だけが理由ではないからです。……誰もいない場所で、聞いて頂けませんか」
そう言ったリューンの顔は、今にも泣きそうな笑顔だった。
やがて四人はリューンに連れられ、精霊使いの組合の一室へと案内された。奥まったその場所は滅多に人が近づかないらしく、清潔ではあるが、他と違って華やかさが無い。
「……先ほど申しあげました通り、理由は姉だけではなく、精霊使いの人数が少ないことにあります。精霊使いは町に精霊族を招き、幸をもたらす者。なおかつ私は上級の位を拝しています。治安の悪化が顕著な今、離れるわけには行きません」
「そんな……」
こんな話を聞かされた後で『それでも来て下さい』なんて言えない。
……世間知らずな、自分は。
「治安の悪化はこの町、ひいては国の失策のせいでしょう。精霊使いは象徴に等しいはずよ。それを逃げる理由にするの?」
パシン、と苛立ちつつも、あくまで優雅に扇を鳴らすローザン。ローザンはやがて一族を率いる者として、政治的な知識も豊富なのだろう。その言葉に揺らぎはない。
「いえ、私達はただの象徴などではありません。この町の基盤と密接な関係がありまして……」
「あら。もしそうだとしたら、何故ティティスはあんなに強く頼んだのかしらね。変でしょう?」
ローザンにここまで言われて、リューンは反論出来なくなったらしい。
うつむき、押し黙ってしまった。
「あなたが旅を怖いとか言うなら他を当たるわ。けど、まだ他に理由があるなら話を聞くし、解決できるかよう、一緒に考える。どう?」
再びこちらに向けたリューンの顔、いや身体からは、血の気が引いていた。
「あなたには……ふふ、敵いませんねぇ。――わかりました。本当の理由を……お話します」
震える声で紡ぎだされたリューンの話は、アルフォンスの予想を遥かに超えていた。
「……昇級不正の片棒、ね。まぁ、そんなことだと思ったけど、その話じゃどう考えてもあんたに責任ないでしょ? むしろ告発しちゃえばいいのに」
「私が一人ならそうしましたともー。しかし、姉のことを持ち出されたのです。姉も精霊使いで、上層部で唯一関わらず、知らずにいた人物です。その姉に、全ての咎を負わせると脅されて……」
「そんなのひどいよ!」
「あー、ありがとうございます。ですが、その言葉だけで十分ですよー。皆さんを巻き込むわけにはいきませんから、これでお別れしましょう」
「……解決法があってもか?」
ポツリと呟いた声に、一気に全員の視線がリネアに集まった。
「どういう……こと、ですか?」
「そのままの意味だ。少し荒っぽいが確実に解決できる。その代わり、ただでさえ人数不足の組合の上層部を一掃することになるぞ」
リューンの顔に驚きと共に、喜びが満ちていくのがわかった。血色も一気に回復する。
「構いません! もともと人数は少ないですが、それだけ組合も小さいのです、人手不足と言う程ではありません。先ほどは出任せを言ってしまい、申し訳ありませんでした。一体、どのような方法が?」
さっきとは打って変わって興奮しているのがわかる。
だが当然だろう。永久に自分たちを縛る、卑しい鎖が消えるのかもしれないのだから。
「目には目を、歯には歯を。権力には権力が最も有効だ。権力を行使して、強行に立ち入り検査をする」
そんなことができるのか、といったようにリューンが興奮から息を飲む。
「世界最高権力、賢者の名の下に」
「……え?」
リネアが淡々といった言葉に、リューンは目をぱちくりとさせた。驚きのあまり、何も考えられなくなったらしい。
「……私は賢者、シャルーラン・ガイラの弟子だ。よってすぐに連絡がつく」
「「えぇ!?」」
ああ、ずっと前にこの反応を自分たちもしたんだよなぁ……。
と、アルフォンスとセルグは何か懐かしく思った。
しかしリューンはそんなほのぼのした雰囲気なぞ突き破り、喜びのあまり驚きの行為に出た。
「ああ、本当にありがとうございます! これで私達は自由になれる!」
リューンはリネアの両手を握り締め、何度もありがとうございます、と繰り返したのだ。
「い、いや、構わない。気にするな」
リネアもいきなり手を握られて驚いたらしい。珍しく言葉が詰まっていた。
それにしても、リューンはまだリネアの手を握ったままだ。だから隣の人物が完璧に固まっている。……どうしよう。
「あー、リューン。その、あの……」
「はい、何でしょうかー?」
満面の笑みで振り向いたリューンは、リネアの手を離した。
(これで取りあえずは良し、と……)
リネアの手を握った人など初めて見た。
これだけ頑張っているセルグも当然握ってない、と思う。それをリューンは勢いでやってのけてしまったのだ。
(まあ悪気や下心は無いだろうけど……)
「え、えっと、こんな時に悪いんだけど……。もし解決したら、一緒に来てくれる?」
「ええ、もちろんですよー! ぜひご一緒させて下さい」
その翌日、賢者の命を受けた調査団が来た。
彼らは職の定義に反していないかを調べるための、世界で最高の組織だ。どの職でも調査を申し渡されれば、拒むことは許されない。
誰もが突然の調査団の登場に驚く中、彼らはクルツァータに着くや否や、精霊使いの内部を徹底的に調べ上げた。
事前に少しでも、とアルフォンスたちがリューンと一緒にまとめた証拠も有利に働いたらしく、見事に精霊使いの上層部は一掃されていった。
「姉は驚いていましたが、今後を引き継いでくれることに決まりました。これで私も安心できます」
調査団の到着から三日。まさに急転直下の出来事であったが、騒動に一区切りついた後でリューンは、改めて一行に頭を下げた。
「この度のこと、本当にありがとうございました。精霊使いの一員として、改めて御礼を言わせて下さい」
「そんな、改まんなくても……。ねぇ?」
「おうよ、それに俺は何もやってねぇし」
「私も気が向いたのでやっただけだ。礼はいらない」
「ね、そう言うことよ。これから仲良くやっていきましょうね」
「ええ!」
それからさらに一週間、新たな人事など組合が落ち着くのを待って、一行は町を出発することにした。もちろん、リューンも一緒だ。今度の組合はティティスが組合長を務めることになっている。
「アルフォンスさん」
建物の陰からこっそりと、誰かが声をかけてきた。
「あれ、ティティスさん。リューンの見送りですか? それならあっちに……」
「いいえ。組合のことで、お話があるんです」
「え? あれはリネアが……」
「そうではないんです。実は私、あの一件を全て知っていました。私も同じように脅されていたのです」
広場で男に突き飛ばされた時、助けてくれた人。
――ああ、この人達なら変えてくれる。全てを変える力を持っている――!
「そう思い、巻き込んでしまいました。とても強く優しい色が見えたので、全てを託せるのではないかと……。本当に申し訳ありませんでした」
「気にしないで下さい。全部上手くいったんですから。けど、その、色って言うのは……?」
ティティスはにっこりと笑い、仕組みを教えてくれた。霊力を生かして存在が持つ気力、オーラの色を見る力を鍛えたという。
「例えば、ローザンさんは薄紅。深い情熱と思いやりを持つ方。セルグさんは紺碧です。いつもは凪いだ海のようで、でも時には嵐のように激しい方。リネアさんはちょっと複雑で……。闇色のような、紫紺色。誓いを遵守し、信念を貫く気高い方。リューンは深緑ね。穏やかで優しいけれど、少し抜けてるわ」
「あはっ、凄いですね。みんな当たってます。あの、僕はどうですか?」
「……あなたは、きっと数奇な運命を辿るのでしょうね」
「えっ?」
――お客様、これは占いの結果ではありませんが、言えることがあります。
「あなたのような色は見たことがないんです。そう、きっとあなたは世界を変えるのね。この町に、新しい息吹をもたらしてくれたように」
――あなたは途轍もない運命を持つ方なのですわ。世界を変えるほどの。
「……僕の色、聞いてもいいですか」
ティティスによって再びもたらされた静かなる予言は、ただ敢然と受け入れるしかなかった。
「ええ。上手く表現できないけれど……。春の穏やかな日の、太陽のよう。見ていて同じ気持ちになれるの。とても優しくて、それでいて強い色だわ」
「そんな、買い被りですよ」
「いいえ、もっといい言葉がないのが残念なくらい。先程のように言えば、輝く黄金色と言うところかしら。……アルフォンスさん、どうかあの子をお願いしますね」
「はい」
向こうで自分を呼ぶ声が聞こえる。
――行かなくては。
「僕に何が出来るか分からないけど、やれるだけやる、って誓いました。だから精一杯、頑張ります」
笑みを交わして、アルフォンスはティティスと別れた。
これから先、苦しいことも悲しいこともあるだろう。
だけど、大好きな仲間が側にいる。だから、明日は楽しい。だから、それでいい。