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運命の中へ《壱》

「アル兄貴~ぃ!」


 とある村の昼下がり。

 木陰で気持ちよさそうに爆睡していた青年を、駆け寄ってきた少年が、文字通りに叩き起こした。


「わ、な、何だよ一体?」

「アル兄貴、や~っぱり忘れてらぁ。今日は御剣祭じゃん。兄貴、もう行かないとヤバイんじゃないの?」

「あぁ、そー言やそうだった。ルディック、ありがとう」


 そう言うと青年は大きく伸びをして、祭りの準備が行われている広場へと向かった。


 アルフォンス・ロッテカルド、十六歳。彼は平々凡々な、どこにでもいる心優しい青年だが、このルゴルス村に限っては少し違った。彼が肩まで伸ばして一括りにしている金髪も、青い瞳も、村でただ一人の色なのだ。

 アルフォンスは赤ん坊の時、アスケイル王国の北部にある、この小さな山村に父親と一緒にやって来た。アスケイルで一般的な色は黒い髪と瞳であり、村人はもとより、亡くなった父親も黒色だという。また、肌の色もアルフォンスはとびぬけて白い。こうした容姿は西方の国に多いため、アルフォンスは、きっと母親が自分と同じような容姿なのだと思っている。

 そう、アルフォンスは両親を知らない。父親は村に着いてすぐに亡くなり、最期を看取った人から父親の容姿や人柄を知ることはできたが、母親については誰も何も知らない。

 しかしたった一つだけ、自分と母親を繋ぐ物がある。それは父親の形見でもある、美しい首飾りだ。

 丈夫な皮ひもの先に、何かの金属で輪のような形に造られている。その表面には細かな彫刻が施されており、一介の村人が持つには少々気後れしてしまうほどの品だ。この首飾りが母親と自分を繋ぐ証だと、父が言い残したという。決して肌身離さず持ち歩け、とも。

 その話を聞いたのは七歳の誕生日であったが、何か感じるものがあったのか、その前から寝る時も風呂に入る時も、一度もはずすことなく過ごしてきた。知った後はなおさらだ。一度でもはずしたら、二度と母親に会えない気がしてしまった。


(一度でいい、遠くから見るだけでもいい。声をかけられなくたっていい。母さんに、会いたい)


 育ててくれた孤児院も、院長も、村のみんなも大好きだ。

 だけど、自分の心に嘘はつけない。アルフォンスは日々、まだ見ぬ母を求めていた。

 孤児院の庭からしばらく歩いて、アルフォンスは村の広場にやってきた。

 三年に一度、周囲の二つの村と合同で行なわれる御剣祭は、男子の成人の儀でもあり、村で最も重要な儀式の一つだ。

 十五歳から十七歳の若者が集まり、山の神殿に祀られている剣に触れて来る――のではなく本来は抜くのだが、祭りが始まって以来数百年、抜いた者は誰もいない。

 たったそれだけの行事だが、三つの村が一同に集まるということもあって、なかなかに盛大な祭りとなっている。一応は神聖なこの祭りだが、祭りは騒いだ者勝ちとでも言わんばかりの賑わいだ。


「おい、アルの奴やっと来たぞ」

「毎回遅刻すんなっての」

「へへっ。ごめん、ごめん」


 先に広場に集まっていた仲のいい友人たちを見つけ、駆け寄った。しばらくそこで喋っていると、祭りを司るルゴルスの神官がやってきて、ゆっくりと祭りの説明をし始めた。


「さあさあ、みな静かに。……うむ、それでは説明を始めようかの。年が若い者の順に村ごとで並び、三人おきに灯を持つ。儂の先導で神殿に入ったら、その後――」


 この淡々とした説明に、祭りの主役だが実際は暇な若者たちが、早くも退屈しだした。儀式に参加している間、若者たちは旅芸者の歌を聴くことも夜店で買い食いすることもできない。この儀式が済めば一人前だ――というお題目がなければ、こんな貧乏くじの儀式に誰も参加しないだろう。もれなくアルフォンスも暇を持て余し、説明の間は遠い目をして過ごした。

 しばらくして神官の説明が終わって一時解散になったとき、退屈からの解放に安堵の息をこぼした者もいたほどだった。

 やがて辺りが漆黒の闇に包まれた頃、再び若者たちが集まりだした。アルフォンスは神殿に入る順番を決めるクジの結果、列の最後尾についた。

 これからが祭りの本番、御参りの時なのだ。

 村の中心部からしばらく歩き、さらに途中からは険しい山道を登る。村の北にそびえる山の中腹に、剣の眠る神殿はある。その神殿は何百年という歳月を感じさせる、石造りの荘厳な建物だ。

 若者たちは神殿に入ると、剣がある一つ手前の広間で御参りの順番を待つ。順番が最後のアルフォンスはだいぶ長い間を広間で過ごしたが、神殿を目にしたその時から、不思議な高揚感と、それに対する不安が溢れていた。

 ――この気持ちは、何なんだろう。

 不安、焦燥、期待、恐怖。いずれも違う気がするのに、全部当てはまっている気もする。

 やがて順番が巡り、最奥の間と呼ばれる部屋にアルフォンスは入った。中には昼間の神官が一人、ポツンと部屋の中央に置かれた、剣が刀身の半ばまで突き刺さった石の台座の脇に控えていた。

 その剣は数百年の時を経ているはずなのに、とても美しく光り輝き、アルフォンスは目が離せなくなる。

 ずっと昔から、自分が生まれる前から。いや、この世が誕生したその時から知っている。何故か、そんな気持ちが溢れ出た。

 ――同じ組の人が、儀式を終えていく。


『ドクン』


 ああ、自分の番だ。


(あれ? 周りの音が聞こえない)


 そのことに気づいても不思議に思わないまま、自らの鼓動だけを頭に響かせ、歩を進める。


『ドクン』


 柄に手をかける。

 みんなは剣を抜けなかった。いつからやっているのか、何人やったのかは知らないけれど。


『ドクン』


 自分には剣が抜ける。だって、これは僕の剣だ。


(何でこんな風に思うんだろう。心臓の音が強く、大きく、響く……)


『ドクンッ!』


 心臓の音がより一層強く響いた時、剣は光を放ちながら、台座から抜けた。まるで羽を掴んだように、力を入れた感覚は全く無かった。

 と、同時に理解した。あの高揚の正体は、全てを含んだ『期待』だったのだと――。


「――おぉ、ぬ、抜いた。アルフォンスが、アルフォンスが剣を抜いた! 旅立ちの時が訪れた!」


(え? 何? 『タビダチノトキ』?)



 こうして青年の運命の歯車は今、轟音を響かせて回り始めた。

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