精霊の町《壱》
一行はシェルマスを南下し、大陸の最南端へとやってきた。
海を臨むこの町は、常に気持ちのいい風が吹き抜ける。
「ここがクルツァータかぁ! 綺麗な町だねぇ」
町は乳白色の閑静な石造りの建物が並び、青い海や空といった、自然との調和が保たれている。
「ただの観光地としても有名だもの。今は少し季節が早いから、そこまで人はいないけどね。すぐに人で溢れかえるわ」
「……ローザン、組合の庁舎は何処か知っているか?」
「あら、もう本題? 着いたばかりだし、今日は休みにしない?」
「いや、しかし……」
リネアとローザンは馬が合ったらしく、この数日ですっかり意気投合していた。
リネアもまだ口数は少ないが、よく会話に混ざるようになり、冗談まで言うようになったくらいだ。
だが女二人の討論が進む中、男二人は綺麗さっぱり蚊帳の外。何か怖くて口を挟めない。
「……セルグ、どうする?」
「どうもこうも……。アレが終わるのを待つしかねぇだろ」
二人はこのまま庁舎に行って手続きを済ませるか、観光に繰り出すかを言い争っている。
精霊使いはその希少さから、特別な措置が講じられている。本部があるクルツァータを離れる場合、他の職のように本人だけでは決められない。組合の許可が必要なのだ。
よって勧誘には多大な時間を浪費することが、容易に想像できる。
「僕は観光したいなぁ。だってさ、せっかく来たのにつまんないじゃん?」
「まぁな。だけど……、うん、だよなぁ」
「?」
セルグは何か思うところがあるらしく、一人で頷いている。
そして一しきり考えた後、まだ言い争っている二人に割って入った。
「あのよ、俺ぁ思うんだけど……」
「「?」」
「先に宿を探さねぇ? 観光地だし、ヤバイだろ」
結果は、見事にセルグの言った通りだった。
観光地なので宿自体は沢山ある。が、お手頃な宿はどこも満杯。
「どうしよう、ここまで来て野宿?」
「俺ぁ構わねぇけど……やっぱ二人は嫌だろ?」
「当たり前じゃない! 何が悲しくて町を見ながら野宿しなきゃいけないのよ」
「この際、安宿でもいい。もう少し探すべきだろう。ここには長く腰を据えそうだからな」
「じゃあ、四人で手分けしてもう一回探そう!」
そして日も沈みかけた頃、ようやくセルグが宿を見つけてきた。
せっかくの観光地なのに、と、ぼやきたくなるような所だったが。
「ま、背に腹は変えられないわよね。野宿に比べれば……。さ、この後はどうするの?」
「僕は観光に一票。焦っても仕方がないんだしさ。それにこの時間じゃあ、もう組合に行っても期待できないと思うし」
「だよな。リネア、てワケで今日はゆっくりしようぜ」
「わかった」
こうして全員の了承が取れたので、アルフォンスたちは早速町に繰り出した。
外はもう暗いが、さすがは観光地。町のいたるところに明かりが設けられ、不夜城と化している。四人は夕食を済ませた後、食事処で聞いたカジノへと向かった。
「僕、こういうのって遊びでしかやったこと無いからな~。もし全部スったりしたら……」
「大丈夫だろ。人間が相手なんだから、駆け引き次第でどうにかなる」
なにやら自信満々に言うセルグに、ローザンがやれやれといった風に首を振った。
「あら、セルグに駆け引きができるの? カモにされないでよ~?」
「あぁ? ローザン、言うじゃねぇか。自信アリか?」
「あったり前よ! あたしに勝てる奴はそうそう居ないわ。どう、勝負する?」
二人の間に火花が散る。
険悪なものではないが、これはこれで怖い。
「やったろーじゃん! どうせだ、全員で勝負しようぜ。ビリは罰ゲームな」
「げ! それは無しにしてよ。僕専用みたいなもんじゃん!」
「では何もやらなければいいだろう。全員スればアルが勝つ」
ポン、とリネアがアルフォンスの肩を叩いた。
「おぉ、その手があったか」
「アル、それはやめなさいよ? リネアもいい性格してるわね。小さい勝ちでもあればビリにならない、その意地悪な引っかけ。何気に最下位になる気ゼロでしょ」
「当然だろう」
ふふん、とリネアが少し意地悪げに笑った。
もしかしなくても、自分は騙されかけたらしい。
「リネア、僕は真剣なのにーっ!」
リネアにからかわれる、それは確かに仲良くなれた証拠だが、今はそんなものは必要ない!
アルフォンスは半べそをかきつつ叫んだ。
やがて勝負を開始して、二時間と少しが過ぎた頃。制限時間は三時間と決めてある。アルフォンスはそれなりに勝ったり負けたりを繰り返しながら、何とか元金より減らすことなく儲けていた。
(ほんの少しだけど増えたから、最下位にはならないはず! ……うん多分)
もうそろそろ潮時だろうと判断したアルフォンスは、早めに換金しようと席を立った。最後の最後に大負けしたら、泣くに泣けないと思ったからだ。
「よっ、収穫はどうだ?」
換金所近くで休んでいると、二十分ほどでセルグがやってきた。
強気に出ただけの実力はあったらしい。手持ちの金額がかなり儲けている。おそらく三倍以上に増えているだろう、手には分厚い札束が見える。
(……それなのに『今夜は勝てなかった』とかボヤいてるぞこのヤロウ……)
「ぼ、ボチボチだよ。ねえ、リネアとローザンは?」
「最初ローザンはダイスにいたけど、他に行っちまった。リネアは見てねぇな」
その時、奥にあるフロアから、二つの歓声が上がった。
「何だろう?」
「カジノの歓声は、大当たりが出たっつーことだろ。見に行ってみるか」
二人が声のしたほうに行くと、カードフロアに二つの人だかりができていた。
その中心にいたのは。
「リネアとローザン……」
「ま、そんな気がしたけどな……」
二人のテーブルは特に高額な掛け金をベット出来るため、リスクは高いが勝ちまくって大儲けしているらしい。
二人にカードを配るディーラーたちの顔は、心なしか青ざめている。
(青ざめたくもなるよね、あれじゃあ……)
二人の前には最高額のチップが、山のように積まれている。どちらが多いかはわからないが、換金したら幾らになることやら。
二人はそれぞれ違うゲームをやっていたが、リネアは記憶術を駆使すれば必ず勝てると言う、あのカードゲームをやっていた。勝利には使用する札を全て覚える、桁外れた記憶力を必要とするが、あくまでそれは技であり、道具を使わなければ違反ではない。リネアだからできる離れ業だ。
対してローザンは引きが作用するゲームを行っているため、リネアより一回の配当は高いが、毎回勝つことはできない。そのため二人は、いい勝負になっているようだ。
だけどこれ以上の勝負は店が可哀相な気が。
ディーラーの顔は、すでに心なしどころか、見るも無残に真っ青だ。
「あー、楽しそうだからって慣れないゲーム回んないで、ダイスだけで勝負するんだったな。ローザンに負けちまうかもしんねぇ」
セルグが弱音を零したその時、別の歓声が響いた。すぐそばの、違うカードのテーブルからだ。
「おい、行ってみようぜ」
「うん」
アルフォンスとセルグが見に行くと、いかにもな人相の男が、チップを積み上げているところだった。
「勝つ時はバカみたいに勝つんだよな。俺らも負けてないとは言え……」
「やっぱ悔しいよねぇ」
男は二人が見つめる間に、急くように次のゲームを始めた。
アルフォンスが何気なく見つめた男の手。だが次の瞬間、その手が不可解な動作をした。
「はへっ?」
何だそのマヌケな声は、と言う突っ込みは無し。
あの男、まさか……。
「セルグ、今の見た?!」
「おう、当たりめぇだろ。しかしあの程度の腕前じゃあ、すぐにバレると思うぜ? ……ほら、警備員のご登場だ」
顔のいかつい警備員が数名、男を取り囲む。
男は何か文句を言っていたが、懐からイカサマのカードを見つけられてしまい、言い逃れが出来なくなった。
「あーあ、イカサマなんてしなきゃいいのに」
「はっ、どこの賭場でも絶対に一人はいるんだよな、あーゆーの。馬鹿が変に自信つけて、辺り構わずやらかすんだ」
(……ちょっと待て。何だそのいかにも玄人な台詞は。君は質素を美徳とする武闘家だろ……?!)
予想外のセルグの発言に、アルフォンスは頬が引きつる。
「……お聞きしますが、どんだけ入れ込んでるの?」
「えっ! あっ、まー……。その、それなりに。い、言っとくけど、これは親父とお師匠のせいだからな! 二人とも賭け事には目が無いし、滅法強いんだぜ。酒もそうだ、嫌でもこう育っちまうって」
(いや、本人が自粛すれば何とか……。ま、賭け事にのめり込む風ではないから、別にいっか)
「だけど意外だな、ゴルディアスさんが賭け事とか大好きだなんて。てっきり誘われてもやらない口かと」
「そりゃ誘いは断るさ。先代武闘神だ、立場がある。酒も付き合い程度だ。けどな、その代わりどんだけ俺が裏の賭場その他に引きずり回されたことか!」
………………。うん、いろいろと聞かなかった方向で行こう。
アルフォンスは、そう心に誓ったのであった。
こうしてセルグの過去が暴露された間も、あの男はどうにか逃げようと、ずっともがいていた。
「ったく、往生際が悪ぃな。警備員もさっさと引っ張ってきゃいいのによ。何をもたついてんだ?」
とセルグが文句をつけた次の瞬間、なんと警備員が次々に倒れ始めたではないか。唖然としている周囲の客を押しのけ、男は猛然と逃げていく。
「あっ、野郎! 何やったか知らねぇが、逃げやがった! 追うぞアル!」
「え、りょ、了解!」
男は出口を目掛けて全速力で走っていく。セルグとアルフォンスも追うが、人が障害となって追いつけない。
逃げられてしまう。そう思ったが、前方にある人だかりを見つけて、アルフォンスは咄嗟に叫んだ。
「リネア、ローザン!」
二人は何事かと振り向いたが、男とアルフォンスたちの様子を見て、すぐに事を察したらしい。
「どわぁっ!!」
無様な声をあげて男が派手に転ぶ。ローザンがその長く美しい足で引っかけたのだ。
「で、コイツは何やったの?」
転んだ男の前にローザンが立ちはだかる。
追いついたアルフォンスとセルグが横に立ち、退路はリネアが塞ぐ。
「向こうでイカサマやったんだよ。すぐにバレて捕まったんだけど、警備員の人に何かやって逃げたんだ」
「よくわからんが特殊力だろ。攻撃は見えなかったからな」
軽く息を弾ませつつ、男二人は状況を伝える。
「ったく、無粋にもほどがあるわ。自分の手がバレたら大人しく捕まんのが筋でしょうが」
「全くだ。リネア、これ以上面倒起きないよう、コイツどうにかできるか?」
いかにも冒険者な風体の四人に囲まれ、男もついに諦めたらしい。打って変わって、すっかり大人しくなってしまった。しかもセルグの台詞が何気に怖い。
「いくらでも。だが、一発殴って気を失わせれば済む話だろう?」
――怖い台詞の答えも十分に怖かった。
「それもそーか。じゃあ……」
セルグが指をバキバキと鳴らす。
男を気絶させようと、一撃を喰らわせようとしたのだが、そこで男が思わぬ反撃に出た。何と隠し持っていた刃物を投げたのだ。
「おっと」
「きゃっ!」
セルグは危なげなくそれを避けたが、男はその隙に前方のローザンを跳ね飛ばし、再び逃げ出した。
「ぃよくもやってくれたわね~っ……!」
ローザンが扇を構える。完全に頭に血が上っているようだ。ローザンの周りには目に見えない、けれども確かに在る霊力が、風を生み出そうと渦を巻き始める。
「わーっ! 駄目、駄目だよローザン! こんなトコで風は駄目っ!!」
アルフォンスは大慌てでローザンを止めにかかった。
こんな室内で以前披露してもらった風の術を使われては、たまったものではない。
「おい早くしろ! アイツ外に出ちまうぞ!」
セルグとリネアはすでに走り出しており、それを見て、慌ててアルフォンス達も後を追った。
「くそっ、待ちやがれ!」
全速力で追うが、いかんせん、辺り構わず逃げていく男と違い、こちらには人という障害物がある。
一番身体能力の高いセルグでも、男と自然と距離ができていってしまう。
「ああっ、間に合わない!」
アルフォンスが叫んだ時、もう男は出入り口の目の前まで逃げていた。あと少しで外に逃げられてしまう。
人々は男の勢いに押され、道を開ける。男は逃げ切れると判断したのか、ニタリと下卑た笑いを漏らした。
が、その時、数歩先のドアが開かれた。幸か不幸か、客が入ってきたのだ。