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海を越えて《参》

 その言葉に、三人ともリネアに注目する。

 続きを告げるため、リネアはゆっくりと口を開いた。


「あの大事変……。知っているな? 『魔の事変』により生まれた、『禁忌の子』を」



 十数年前、一つの報せが全世界を激震させた。

 界王の血族は他世界の血族と結ばれてはならない、という絶対の掟がある。しかし、その掟を破った者が現れた。それは何と、当代魔王であった。

 魔王は天王の末娘と出逢って恋に落ち、逢瀬を重ねたと言う。やがて想いは積もり、ついに末娘は赤子を宿した。それが『禁忌の子』。

 何故それだけで禁忌か。心ある者なら誰でも一度は思うだろうが、それには理由がある。

 界王に劣るとはいえ、民とは比べ物にならない強力な特殊力を持つのが界王の子孫、すなわち血族である。血族は同時に、制御が困難な『界王力』という特別なを力も宿している。

 だからこそ掟が存在する。制御の難しい力が混ざり合わないために。だが掟は破られた。

 『禁忌の子』には二つの界王の血と力が受け継がれた。だが魔王と天王の力、魔力と法力は相反するものであり、水と油のように、混ざり合うことはない。そのため『禁忌の子』は、いつその力が暴走して世界を破壊するか分からない。

 恐怖の存在、忌むべき者。これが『禁忌の子』に与えられた烙印。



「うん、それは聞いたことあるよ」

「人王様がその子供を預かった上に、人界に降ろしたらしいって凄い騒ぎだったらしい。親父がよく言ってたぜ」

「その禁忌の子こそ、均衡を欠いた最大の原因だ。あまりにも強大な力が移動することで、魔王の力を大幅に削いだ。しかもその力の制御が出来ない。そこを狙われる」

「狙われる? 何よそれ! 誰に狙われるって言うの?」


 リネアの言葉に、ローザンが思いもしなかった、という顔で叫んだ。それも当然だろう。いくら『禁忌の子』と呼ばれようと、その子供は界王の血族なのだから。


「相手は変革を望む者。ーー他世界の民だ」

「変革って、何をだよ。他世界に国は無いから、戦争とかないだろ?」


 利権を求めて醜い争いを始め、国を作ったのは人族だけ。だからセルグの言った通り、他世界では戦がない。

 そこを他世界から蔑まれている、と聞いたことはあるがーー。


「他世界は知っての通り、人界とは違って、もとより複数の民が暮らしている。しかしその存在は平等ではなく、蔑まれている民が一つずつあるのだ」

「えっ!? そんなの初耳よ。どういうこと?」

「戦の代わり――。いや、説明は難しいな。ただ、その民たちが世界を越えて結託し、行動を起こし始めたのだ。狙いはただ一つ。……その罪を見逃し続ける、界王の消滅だ」


 眩しいから太陽を壊そう、とでもいうような。

 あまりにも突飛な話に、三人とも驚愕する以外、何もできなかった。

 界王は絶対で、至上の存在。その消滅を願う者がいることすら、誰も考えつかない。いや、有ってはならない。


「特に天界の幻影族、こいつらの動きが著しい。反逆民の中心的存在でもある。幻影族は妖力で相手の心の闇に入って傷を広げ、最後にはその体を乗っ取り、操り人形にする能力をもつ」


 わずかばかり、リネアの声に怒気が含まれたような気がした。


「だから狙われる。この世で唯一界王に歯向かえる力を持った、不安定の塊の存在が」


 闇の中、朧気だけど道は浮かんできた。


「じゃあ、助けなきゃね」


 アルフォンスとしては、特に考えた言葉ではなかった。

 自分たちは絶対に禁忌の子に会わなければいけない。もし幻影族の手に落ちれば、界王の消滅という終焉を迎えてしまうだろう。

 闇が、光を覆い尽してしまう。そう思った。だから、この言葉が光だなんて、思いもしなかった。


「……誰、を?」


 リネアが驚いたのか、声を詰まらせて聞いてきた。アルフォンスの答えはよほど理解に困ったらしい。


「え? 誰って、禁忌の子だよ。狙われてるんでしょ?」

「お前、凄いこと考えるな」


 三人ともアルフォンスの言葉に驚いているようだが、当の本人は、その理由がわからない。


「え、何で? ……あ、そっか。誰も居場所を知らないんだよね。そもそも会えないか」

「ソコじゃないわよ。天然なのね」


 ――まさか初対面の人に、こうまで言われるとは。

 自分は何か、余程のことを言ったらしい。


「アル、お前は禁忌の子が恐ろしくないのか?」

「え? うん。だって会ったこと無いし」


 アルフォンスはまた何も考えずに言ったのだが、リネアはこの答えに瞠目した後で――笑った。

 あのリネアが。


「ちょ、ちょっと待ってよ。僕、何か変なこと言った?」

「違う、アル。お前があまりにも穢れの無い思想の持ち主だったから……。だから、驚いた」


 リネアが言い、他の二人も苦笑しつつ頷く。だがアルフォンスとしては青天の霹靂である。そんな大層なものではなくて、考えが無いだけじゃなかろうか。

 それと自分は一応褒められたようだが、一体何をだろう。


「お前だけだろ。会ったことが無いから禁忌の子が怖くない、なんて言うのは」

「え、えーと?」

「つ・ま・り。優しいってことよ。無闇に人を怖がらないって最高じゃない!」

「ああ。だからお前なんだろうな、アル。剣を持つ者は。お前は人の話だけで決めつけない。世界を滅ぼす力を持った存在すら、拒まない」


 リネアの表情が何とも優しくなったことで、アルフォンスはやっと理解した。

 全世界の人々は禁忌の子を、見たことも無いのに恐れている。そしてそれが普通。

 だけど自分は違った。普通が必ずしも最良ではない、と言うことだろう。


「なぁなぁ、そういえば三人とも知ってるか? この話で持ちきりになった後、一年位してこんな噂も流れたらしいぜ」


 セルグがふと思い出したらしく、急に話し始めた。


「え、どんな?」

「実は人王様にも子供がいて、その子供も『界王の間』を出て人界に来た、ってな。すぐに消えたけど、こっちの噂のが重大じゃねぇのかな」

「……」


 リネアが微かな反応を見せた。


「リネア、何か知ってるの?」

「いや。禁忌の子より重大だ、と言ったことに驚いただけだ。セルグ、何故そう思う?」


 セルグはリネアの質問に、少し言葉に詰まりながら答えた。自分でも考えながらの返答なのだろう。


「だってよぉ、噂通りなら何でこっそり来させるんだ? 禁忌の子はともかく、血族は成人するまで『界王の間』に居るモンなんだろ? だから本当なら、人王様に何かあったとしか考えられねぇじゃんか」

「そう、だよね……。本当だったら、物凄いコトだね」

「だろ? まあ、すぐに消えたから真実味はねぇけど……。でも噂が出たんだ、少なからず何かあったんじゃねぇか? 火の無い所に煙は立たず、だしよ」


 セルグがこんなに不安がるのも仕方無いことだ。実際のところ、自分は神官様に言われたのだから。『我らが人王様の御力が感じられない』と。

 何かが確実に起きているのだ。もしや既に、界王まで幻影族の手は伸びているのでは?

 いや、きっと伸びている。絡めとられていなくとも。


「リネアはそのことについて、何も知らない?」


 ローザンが不安気な顔で問う。今日も不穏な事態が起きたばかりなのだ。心配でたまらないのだろう。


「……知らない」

「やっぱり駄目、か。――けど、あなたたちに逢えてよかったわ。大事なことを聞けたもの。あ、そう言えばあなたたち、三人だけでしょ? 他に仲間を探す気は無い?」

「え? そりゃ仲間は欲しいけど……」

「剣士に武闘家、魔法使い。悪くない組み合わせだけど、他の職種が居てもいいんじゃない?」

「ははぁ。ローザン、お前が来たいってか?」

「正解! こんな話を聞いた後よ、じっとなんかしてられないわ! お願い、一緒に行かせて」


 この申し出を断る理由、必要なんて一つもない。

 三人は目を合わせると、全員一致で頷いた。


「うん、ぜひ!」

「私も歓迎する」

「ここで怯えてても、何も変わらねぇしな。お前の根性、大したもんだよ」

「やった! じゃ、これからよろしくね! お客様用の天幕を用意するから、今日はゆっくり休んでって。皆にもよく言っとくから遠慮しないでね」


 再び咲いた大輪のバラに、全員の顔がほころんだ。

 天幕を用意してもらっている間に判明したのだが、ローザンは族長の家系といっていたが、なんと長の娘で、いずれその座を継ぐらしい。


(ああ、だからだったんだ……)


 彼女から感じた気品の理由。

 もとより、ルマは誇り高い一族だ。その上ローザンはその地位に伴い、生まれた時から気品が培われた。だからあの眩いほどの気高さがあるのだ。


「あ、そうそう。シェルマス最大の名所、クルツァータだけどね、行って損はないと思うわ。精霊使いが集う町だもの、仲間集めには適しているはずよ?」

「精霊使いかぁ。確かに仲間になってくれたら楽だよね」


 精霊使いは各地に特殊方陣を持ち、それを利用して強力な転移術を行える。

 つまり船に乗らなくて済み、旅の行程を大幅に短縮できるのだ。


「いいじゃんか! 次はクルツァータ行こうぜ!」


 船嫌いのセルグは目を輝かせているが、大切な事を忘れているようだ。

 確かに船に乗る回数は格段に減るが、移動先の方陣の場所も限られている、ということを。つまり場所によっては、やはり船に乗るわけで。


(けど面倒だから黙ってよーっと)


「リネアはどう思う? 行ったほうがいいよね?」

「ああ、損は無い。他にも他職にはできない、特別な術を持っているからな」

「じゃあ、次はクルツァータに決まりね!」


 翌日、三人はローザンとともにベガザの町を後にした。

 アスケイルとはどこ違う青色の空の下、四人となった一行は向かう。精霊王の加護を受け、精霊使いが集まる町、クルツァータへと。

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