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海を越えて《壱》

 武闘大会から数日後、アスクガーデンを出発した一行は船に揺られていた。アスケイル大陸の南、シェーマス大陸に渡るためだ。

 シェーマス大陸には、アスケイル王国とともに四大国と並び称される、シェルマス共和国がある。船の目的地は、そのシェルマスの玄関口となる、ルツの港町だ。

 山育ちで船はもちろん海も初めてのアルフォンスは、航海が楽しくて仕方がなかった。船上で元気にはしゃぎ回っていた。また、アルフォンスのように騒ぎはしないがリネアも海が好きらしく、かなりの時間を海が一望できる甲板で過ごしている。


「船って思ったより揺れないんだね。それに海って広くて青くて綺麗だよね~!」


 そんな元気いっぱいなアルフォンスたちとは対照的に、部屋の奥で寝込んでいる人物が一人。


「頼む、静かにしてくれ。マジでやばい。うぅっ……」

「あ、ごめん。大丈夫?」


 セルグだ。乗船してから四日、いまだにセルグはひどい船酔いに苛まれていた。リネアの処方した酔い止めが効いたのか、はたまた愛の力か、初日から比べると少しマシになった気もするが、やはり顔は真っ青で生気が無い。

 心配そうに顔を覗き込むアルフォンスに、セルグは力ない笑みを返した。


「ははっ、悪いな。昔っからこうでよ……。どーしても治らないんだ、コレだけは」

「大変だね。……けどこの船ってさ、後三日は海の上だよ?」

「っだーぁ! んなコト言うなぁあっ!!」


 武闘大会の覇者とは言え、自然の力と体質には抗えない。それから三日間、セルグは生死の境を彷徨い続けた。


「おぅいっ、着いたよ! セルグ、さあ起きた起きた!」


 出航から計七日、三人はついにシェーマスの地を踏んだ。

 シェーマス大陸には広大な砂漠や草原が広がり、風習は民族独自のものが根強く残っている。また黄色の肌の民が多いアスケイルと異なり、褐色や黒い肌の民が多く暮らす土地だ。


「やぁっと地面だよ……。まだ少し揺れてる気がする」

「……旅に船は付き物だ。この先も乗ることは多々あるぞ」

「……。頑張る……」


 セルグの声が少し涙声だったが、アルフォンスは聞かなかったふりをした。

 その後三人は話し合いの結果、『仲間集めをするのだから人の多い町を廻ろう』と決めた。そのためシェルマスの主だった町巡りへ出発するも、収穫はないまま、ベガザの町へ到着した。

 ベガザに入るとまず目をひくのは、町に逗留中の、何とも煌びやかで艶やかなルマの一族だった。

 彼らは旅の先々で踊りや歌、占いなどの芸を披露しながら旅をする民だ。特にその踊りは、天下一品と称される。どうやら運良くその踊りを拝めそうだ。


「へぇ、ルマかぁ。確か占いとか踊りが得意なんだよね」

「ああ。この大陸に古来より住まう者たちは、総じて霊力が高い。占いも霊力あってのものだ」

「そうなんだ。けど、何でシェーマスに住んでる人って霊力が高いの?」


 返ってくるとは思わなかった方向からの答えに驚きつつ、アルフォンスはさらに質問を重ねる。


「『クルツァータ』の名を知っているか?」

「聞いたことあるぜ。確か人間界で唯一、精霊王の加護を受けた町だろ?」


 アルフォンスが口を開こうとしたところで、セルグが先んじてリネアに答えた。少し急な感じも否めないが、少しでもリネアと会話をしたい一心なのだろう。


「そうだ。理由は不明だが、その町は人界であって人界に非ず。人族の理が少しねじれた場所だ」

「理由は不明? 精霊王様の血族が住んだ場所だからって聞いてるぜ。違うのか?」

「恐らく。……それならクルツァータのような町がもっとあってもいいからな」

「なるほど~。……で、みんな霊力が高いワケは?」

「いいか、霊力を最も強く持つ精霊王の加護を受けた町で、命が育まれる。やがてこれらはシェーマスの他の場所で、様々な方法で新たな命の源になる。この意味がわかるか?」

「うん。遺伝とか食物連鎖みたいな感じ……だよね?」

「ああ、そうだ」

「そっか、霊力が高いのはだからなんだ。いいなぁ、生まれつき才能あるって……」


 と、リネアの話に感心しきっていたアルフォンスだが、ここで自分を恨めしそうに見つめる視線に気づいた。

 セルグだ。

 思い返せば、セルグはリネアと会話をここ数日、ほとんどしていない。船上では船酔いで、喋るどころではなかった。


(や、やばいかも……)


「それとあくまでもクルツァータが中心だ。この町から離れては、育む力が弱まってしまう。それに海は天然の結界でもある。だからこの大陸だけ霊力が高まる素養を保てるのだ」

「そ、そうなんだっ。さ、ルマの人の出し物が始まるみたいだよ、見に行こう!」


 とにかく状況を打破しなければ。このままではやばい。てかメンドイ。


(こんな簡単に嫉妬するなよ頼むからぁああ!)


 心の中で滂沱しつつ、アルフォンスは宴が開かれる広場を指差した。


「私は行かない」

「え、それは困るって!」

「困る? 何故だ?」

「え、あ、いや、三人で行こうよ、そっちのが絶対に楽しいからさ! ね?」

「アルの言う通りだぜ? もし退屈だったら途中で帰りゃいいんだし。な?」


(そうだセルグ! 行け、押せ!)


 このまま気まずい雰囲気になったら耐えられない。そんな必死の願いが――いや、強力な念が届いたのか、リネアが渋々といった感じで頷いた。


「……わかった、私も行く」

「そうこなくっちゃ!」


 やがて日もすっかり暮れ、辺りは闇に包まれた。

 しかし町はずれの一角、そこだけは昼さながらに明るい。ルマたちがいる場所だ。篝火が無数に焚かれ、美しい女性達がお客を集めようと呼び込みをしている。


「さあさあ、見逃したら後悔するよ! 一夜限りの夢、魅惑の歌と踊りの始まりだ!」


 その言葉は真実だった。華やかで美しい、魅惑の宴。

 見物するために人々は幾重にも周りを取り囲む。三人は早めに来ていたので、何とか一番前で観覧できた。


「やっぱり来てよかったね。滅多に見れるものじゃないしさ」

「だな。リネアもそう思うだろ?」

「……ああ。こういう洗練されたものは好きだ。極限まで磨かれたものは美しいな」


 リネアは微笑みこそしないが、声色がいつもより優しい気がする。


(お。もしかしてここで僕が消えれば、二人はいい雰囲気になれたりして)


 などと考え、アルフォンスは機会を逃さないよう、周囲を見回した。

 ふと誘われるように夜空を見上げると、月を何かの影が横切る。


「あれっ?」


 思わず、アルフォンスは声を上げてしまった。


「ん? アル、どうした?」

「あ」


(やべ、ばれちゃった。これじゃ消えらんないな。仕方ない、開き直ろ)


「いや、月を何かが横切った気がして。雲じゃなかったと思うんだけど……」

「月? 何も無いぜ」


 三人で月を見つめる。確かに何の影もない。見事な星月夜だ。


「おっかしーな。見間違いかなぁ」


 アルフォンスとセルグはそこで視線を宴へ戻したが、リネアだけは月に目を凝らし続けている。


「リネア、きっと僕の見間違いだよ。宴を楽しもうよ」

「……くそっ!」


 その時、リネアが呻いた。


「どうした?」

「ここからすぐに離れろ! 来るぞ!!」


 リネアが叫んだ途端、そう遠くない場所で悲鳴が上がった。


「な、何!?」

「く……っ! 仕方ない、二人とも来い! 魔物だ!」


 悲鳴が上がった場所を目掛け、三人は走り出した。

 混乱状態に陥り、阿鼻叫喚のまま逃げ惑う人々をかき分けて進むと、そこにはとてつもなく巨大な、漆黒の魔物が舞い降りていた。

 成人男性の十倍はある、巨大な漆黒の体躯。鋭く光り、血が染み込んだ牙。興奮しきって血走る、八つの不気味な月色の目。

 この地域に住まう最大最強の生物、魔竜のカリオンだ。


「いやああぁぁああーっ!!」

「どけ、どけろーっ!!」


 あちこちで悲鳴や怒声が飛び交う。ざっと見渡したところ、ひどい混乱に見まわれてはいるが、被害はまだ出ていないようだ。

 だが、いつどうなるかわからない。カリオンは人肉を好んで喰らい、その量も半端ではないのだ。


「他に戦えそうな人はいないし、僕たちがやらなきゃ!」

「おう! けど俺とお前は誘導係だ。あいつはリネアに任せるぞ。竜は特殊力じゃねぇと、ほとんど効かねぇんだ。頼むぜ、リネア!」

「ああ、引き受けた! 早く人を逃がせ、もうあいつの我慢が持たない!」


 ――ふと、感じた違和感。

 まるで魔物の気持ちをわかっているような、その口振り。

 しかしそんなアルフォンスの違和感は、周囲を飛び交う悲鳴に吹っ飛ばされる。アルフォンスとセルグは人々を逃がすため、急いでその場を離れていった。


「お母さん、お母さぁあああんっ! どこぉーっ!!」


 その時、カリオンに杖を向けようとしたリネアの耳に、子供の泣き声が届いた。見れば人影が無くなった場所にたった一人、ルマの子が取り残されて泣き叫んでいる。

 カリオンは泣き叫ぶ幼子に狙いをつけると、容赦なく牙を剥いた。


「だから人の集まる場は嫌なんだ……っ」


 リネアは悲痛な面持ちで、杖に魔力を集める。瞬時に巨大な氷塊をいくつも宙に生み出すと、子供に害をなさんとするカリオンへ放った。

 鋭い氷塊に四方八方から体を貫かれたカリオンは、ズズーン、と大きな音を立てて崩れ落ちる。

 その巨体を見つめながら、リネアは呟いた。

――すまない、と。


「……もう大丈夫だ。母親とはぐれたんだな?」

「うん。お母さん、お母さんが……!」

「今探してやる。少し待て」

「ありが……お姉ちゃん、後ろっ!」


 安心して笑みを見せたはずの子供が、瞬時に顔を強ばらせて金切り声で叫ぶ。

 振り向いたリネアの視界いっぱいに、カリオンの紅い口内が広がる。先程の一撃でも絶命しておらず、いつの間にかすぐ後ろに迫っていたのだ。


「なにっ……!?」


 杖を向けようとした瞬間、激しい風と共にリネアの視界から紅が消えた。ズズーン、という大きな音が再び耳に響く。

 カリオンは何者かの攻撃を受けて、今度こそ本当に絶命したのだった。


「お姉ちゃんっ!!」


 助けた子供が後ろからリネアに抱きついた。つられて振り向くと、見知らぬ人物が二人の後ろから駆けてきた。


「大丈夫だった!? ありがとう、一族の子供を助けてくれて!」


 声をかけてきた女性は褐色の肌。煌びやかな服を纏うこの人はルマの一族だ。少女の親戚かもしれない。


「……今のはあなたが?」

「ええ、そうよ。あなたが先に弱らせてくれたから、私の力でも効いたわ。……さ、ククル、こっちにいらっしゃい。いつまでもくっついてたら迷惑でしょ」


 女性はそう言うものの、まだ怯えているのか、子供はリネアにしがみついて離れようとしない。


「んもう、この子ったら……。ごめんなさいね。あ、あたしはローザンって言うの。よろしくね。あなたは?」

「私はリネア・ル・ノース。魔法使いだ」


 そこへ魔竜退治が一段落したことが分かったのか、アルフォンス達が戻ってきた。


「リネア、ご苦労様! っと、お話中ごめんなさい」

「いいのよ、気にしないで。あなた方はリネアのお友達?」

「うん、一緒に旅してるんだ」

「旅、か。いいわね、楽しそう。ね、今日のお礼もしたいし、どうぞ我が家に寄って行って、話を聞かせて!」


 大輪のバラ。

 そんな形容が似合うローザンの笑顔に、断りを述べる者はいなかった。

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