武闘大会《肆》
心を決め直したところで顔を上げると、少し離れたところにセルグとリネアがいた。どうやら宝飾品を取り扱っている店を見ているようだ。熱心に品物を見ている二人は、こちらに気づいていない。
アルフォンスは好奇心にかられ、二人に気づかれないよう会話を盗み聞きし始めた。
「なぁなぁ、これなんかどうよ?」
「……そうだな。それならあまり目立たないしな。店主、この黄色の守り石を頂けるか」
(へえ、リネアが御守りとはいえ宝石を買うなんて。意外だなぁ)
アルフォンスは旅の安全を祈るために贈られた腰布を、セルグは修行の成果の記念だという獣の牙の耳飾りをつけている。
しかし、リネアはそうした装飾品を一切身につけていない。それに御守りに願掛けするような性格でもないだろう。これはかなり違和感のある買い物だ。
「へい、毎度あり! だけどお兄さん、こういう時は自分の懐を痛めなきゃ駄目でしょお。こんな美人な彼女、そうそう見つけられませんよ」
「あー、痛いとこつくなぁ……。残念だけど彼女じゃねぇんだよ、まだ。それにこいつの知り合いからの頼まれ物だから、俺が金出すワケにゃいかねぇの!」
(……いや、マジで答えるなよ……)
空を切る形で、思わず手が突っ込みの形に動く。先ほどの違和感に答えはでたものの、今度は「リネアに買い物を頼んだ」という存在が気になる。
「そりゃ失礼! お詫びに安くしときますよ」
「お、あんがとな。あ、そうだ。これも会計頼むよ。この青い指輪」
「へい毎度!」
「――よっし。リネア、次行こうぜ。食料とかの必需品。どうせアルは買ってねぇだろうし」
(あったりー。……けど、ちょっと傷ついたかも)
それが図星とは言え。
しかも人の恋路の野次馬をしている身だ。怒るに怒れない。
「ああ、そうだな。店主、この辺りでいい店を知っているか?」
「旅用の食料なら、ここをまっすぐ行ったとこの店が評判いいですよ。噴水の前ですから、すぐにわかると思います」
「そうか、すまない」
「色々とどうもな!」
そうして二人は店主に言われたとおり、食料品を買うための店を探しに行った。
ここで二人の追跡を止め、その後ろ姿を見送ったアルフォンスは小さくため息をついた。
(まったく、セルグも社交辞令にマジで答え……ん? ちょっと待てよ? 恋人同士に間違われた時、何気にセルグは『まだ』って言ったよな!?)
さっきは気がつかなかったが、以外とやるじゃないか。
セルグがさり気な~く買った指輪の行方は言わずもがな、だ。後々リネアにあげるに決まっている。これは今後の展開に期待が持てそうだ。
(リネアがアレを流したのか気づかなかったのかは不明だけど……。ま、僕は二人の帰りを待つとしますか!)
ものすごい楽しみだ。ニヤニヤとした笑みが止まらない。アルフォンスは最高の気分で一足先に宿へ戻っていった。
やがて日が沈みかけた頃、二人が買い物を終えて宿に戻ってきた。食料などの買い出しを全て済ませたためだろう、たくさんの荷物を抱えていた。
もちろん多くの、しかも重そうな荷物はセルグが運んでいた。しかしリネアも三つも袋を持っている。初めは好きな女性に荷物を持たせることに驚いたが、いくつか荷物を任せたのは、リネアのような「か弱くない」女性には逆に高得点なのかも、とアルフォンスは思った。
「もう戻っていたのか。食料などは一通り揃えてきた。……待たせて悪かった」
おや、とアルフォンスは内心思ったが、そんな素振りは億尾も出さない。
リネアがこんな風に分かりやすい形で相手を気遣うなど、かなりの変化だ。買い物中に、なにか心境の変化を起こさせることでもあったのだろうか。
「ううん、全然待ってないよ。買い出しありがとうね。買わなくちゃとは思ったんだけど、何が必要かわかんなくて」
「だろうと思ったぜ。アルは何も買わなかったのか?」
「うん。けど聞いてよ! 僕、占いをやったんだ」
「占い? んなモンやったのか」
「ただの暇つぶしのつもりだったんだ。けど、とっても気になること言われちゃって……」
アルフォンスは昼間の占いで言われたことと、同時に頭をよぎった恐怖を、全て二人に話した。
「ってワケ。……だから僕は、いい方向に思うことにした。二人はどう思う?」
「お前の占いなんだし、お前の思う通りの解釈でいいんじゃん?」
「私もそう思う。そもそも占いに絶対は無い。信じるかはお前次第だ」
「だよね!」
二人の言葉はアルフォンスが信じていた通りだ。不安を増すようなことは言わない。けれど、頭ごなしに占いの結果を否定もしない。そして、それが本心。そのことが、何よりも嬉しかった。
その後三人は宿に併設された食堂で夕食を済ませ、寝室へ向かった。下弦の月がちょうど窓から顔を覗かせている。雲一つ無い綺麗な月夜だ。
「さ~てと。さあセルグ! 全部吐いて貰いましょうか!」
「な、何をだよ? 別に何も無いじゃねぇか」
「あるって。さっきの買い物の時だよ。お膳立てしてあげたでしょ。二人っきりにしてあげたじゃん。リネアと何を話したの? いい雰囲気になった?」
「え、いや、それは、その……。特に変わったことは……」
セルグはそれまで寝台の上に寝転がっていたのだが、急に歯切れが悪くなったかと思うと布団の中に潜り込んでしまった。
このまま寝入ってしまうようではつまらない。早速アルフォンスは、セルグに誘導尋問を仕掛けることにした。伊達に大家族の長男役を務めていたわけではない。こうした場面は何度も遭遇している。
「……。へえ~、リネアは嬉しそうだったのになあ。帰ってきた時、そう思ったんだけど」
「え?! それマジかよ!」
セルグは上半身を勢いよく起こし、アルフォンスの襟首につかみかかってきた。
……見事に期待(と言うか予想)通りの反応だ。ありがとうセルグ、と言いたいくらい単純だった。
(だけど苦しい、本気で首締まってるって!)
「ほ、本当だよ。けど何となくだからね? 保障はナシ。……で、手ぇ離して」
「あ、わりっ。でも……。やべぇ、嬉しい……」
セルグは手で顔を覆ったものの、耳まで真っ赤になってしまっている。
こんなセルグを見ていると、何だか微笑ましい気持ちになってくる。……自分のほうが年下なのだが。
「じゃあこれからはもっと頑張んないとね。あれだけ美人なんだから、早くしないと誰かに取られちゃうよ?」
「もちろ……、ってちょっと待て。その、頑張るって、別に俺は……」
「今更何言ってんのさ。好きだってことはもう知ってるよ? 隠す必要なんて無いじゃん。僕は喋ったりしないし」
「あ~……。うん、じゃあ、よろしく……」
セルグは更に顔を真っ赤に染めて、まるでトマトみたいになってしまった。
今更ながらに気がついたが、人をからかうのは意外と楽しい。傷つけない程度なら、たまにはいいだろう。そんなことを考えながら、アルフォンスは胸の内で、にんまりとほくそ笑んだ。
「うん。けど、セルグが羨ましいよ。そこまで好きになれる人がいて」
「お前にもすぐにできるさ。……つーか俺、リネアにマジで惚れちまった。『命を賭けて』とか、リネアになら素面でも言えるわ」
「命を賭けて?」
今の今までアルフォンスにからかわれていたセルグだが、ここにきて急に真剣な顔つきになった。
「自分の全てを賭けて、とも言えるな。リネアの声が聞きたい、笑顔が見たい。惚れた理由なんかわかんねえけど、惚れたのは確かだ。だから、俺はあいつのために全てを差し出す。それが俺の恋だ」
ニコリと笑ったはずなのに、セルグの口元は大会中に見せたものと同じだった。
獣のような、どこか狂気すら感じさせる笑み。
「ま、大変だってのは自分でもわかってるぜ。何かあったら協力してくれよ?」
しかし、すぐにいつも通りの明るい笑みに戻る。そのわずかだが絶対の差に、一度目なら目の錯覚かと思ってしまっただろう。だけど、違う。
(――ああ、そうか)
アルフォンスは理解した。
この青年は他の人より純粋で素直で単純だ。だからその分、狂気を秘めている。いや、その純粋さこそ、というべきか。時に無垢な子供が残虐な行為に走るように、純粋と狂気は紙一重、表裏一体ともいえる。
彼もまた、そうした人物なのだ。ただ、それが良いのか悪いのかは、自分にはわからない。
「うん、もちろんだよ。いつでも協力する。それとさ、これから先は長いんだろうし、僕にもいい出会いがあるよね、きっと」
だからアルフォンスは笑う。この純粋な青年を、セルグを、その恋を信じて。
そして、アルフォンスがセルグと違うのは、自分の恋に諦めでも自虐でもなく、本心で「きっと」と言うところだ。ここが温和でのんびりなアルフォンスの性格を物語る。
セルグはその言葉に思わず失笑してしまった。
「ははっ、でも何か出会いに気づかないで逃しそうだよな、お前。恋愛ごとに鈍そう」
だが柳のような、決して折れない芯の強さもアルフォンスにはあり、それをセルグはよく理解していた。
アルフォンスは良い意味で諦めがいい。自分の弱さをすぐに認め、教えを乞う。
だが、大事なものは決して諦めない。――この世を救え、なんて突然言われて戸惑ったくせに。きちんと、前を見続けている。
「それだけはセルグに言われたくないっ!」
「んだと? ……まあ、なんとなくだけど、お前が好きになるヤツは絶対にいいヤツだろうなぁ」
「そうかな。ま、これから先のお楽しみってヤツだね!」
「だな」
暫くの間、二人の部屋からは笑い声が絶えることはなかった。
この武闘大会で得た経験はアルフォンスにとって、生涯の宝となった。からかい合うことが楽しい、なんて思えるようになったのだから。人を理解し、自分を理解して貰うことができたのだから。