プロローグ:悲しみの始まり
一組の男女が、どこからともなく駆けてきた。男は体中に傷を負い、手には赤子を抱えている。その必死の形相からは、生まれたばかりの我が子への深い愛情が読み取れる。
女が悲痛な声で叫ぶ。
「お願い、この子と一緒に逃げて!」
「何を言っている、君も……!」
「いいえ、私は残ります。それが私の役目なのです。残らなければならないのです!」
女は涙を溢れんばかりにためながらも、流さないよう必死に耐えている。言い切った言葉とは裏腹に、男に縋りつきたくて堪らないのだ。
「この子はどうするつもりだ。『力』に目覚めたら誰にも止められないぞ!?」
「――わかっています。これを……。いつもこの子に付けていて下さい。外でも『力』を抑えてくれます。お願い、どうか……」
「そうするしか……、そうしないと駄目なのか。もう、君と別れるしかないのか?」
二人は出会い、過ごした。至上の幸せを得たはずだった。――何故、こんなことになってしまったのだろう。
「いいえ、私の存在は永遠です。きっとまた巡り会えます」
「――ああ、そうだな。君となら、きっと……」
一陣の風が吹き、心の波を鎮めていく。
未来への希望は、この腕の中に。だから明るい夢を見て、今は笑顔で別れよう。
「さあ、外へ行って下さい。もう王の間は閉ざします。どうかお元気で……」
「君も……。必ずまた会おう」
「ええ!」
「この子は絶対に守るから、安心してくれ。……絶対に、君にまた、会いに来る」
男はそう言うと巨大な扉をくぐり、女の言う『外』へと向かった。
そして、数日後。
辿り着いた小さな村で、男は息を引き取った。




