はじめましてお師匠さま―6
※ 橘 side ※
一緒に来ていた千早という童神と雅さんと三人で修行をしていた奏様が、葵さんと茜さんを伴って屋敷の中へ戻ってきた。
丁度陛下に食後のお茶を用意していた時で、同席を持ちかけたが、それよりもと上役を集めるよう言われ、凛さんを部屋へ呼びに行くよう葵さんに指示を出して二人が来るのを待つ間、しばし沈黙が部屋に流れた。
そして、二人が部屋へ着くや奏様が切り出したのは、俄かには信じがたい内容だった。
「……それは、確かなのですか?」
「十中八九ね。私も同じような術を使えるけど、もしこの推測が確かならあの子の命は少しずつ削られていくわ」
「自分の寿命と引き換えに他人の傷を癒す。そんなことが……」
他人の寿命と引き換えに自分の寿命を延ばすのは聞いたことがないわけではないけれど、その逆もあることにはあったのですね。
しかも、それをあの子が意識的にしろそうでないにしろ、実際に使っている。
「まぁ、本来は禁術扱いよ? 傷を癒すなんて大なり小なり寿命に関わること、神の領域を侵すようなものだもの。でも、あの子は」
「神の子であるが故に誰に教わるでもなく自然にできてしまう、か」
「えぇ。しかも父上である彼は常世の元主宰神。生殺与奪はまさしく掌の上で転がせるわけ」
……なるほど。
しかし、完全にコントロールができるならまだしも、彼女の力を見る限り今の段階でそれができているとは思えない。
この前とて、一時的とはいえ元の姿に戻っていましたし。
「この話、夏生さん達にも早急に伝えた方がいいですね」
「そちらは任せるわね。ただ幸いなことに、神の命は永遠に等しいからちょっとやそっと削られたくらいじゃすぐにどうこうなるわけではないわ。人間では一生分でも、神からしたら瞬き一つ分なんてザラだし。それに、空腹になるってことはそれだけの消費でまかなえてる気がするのよ。だから真に警戒すべきは力を使ったのにも関わらず空腹を訴えない時」
「雅ちゃんが直接寿命を縮めている可能性があるってことですか?」
茜さんが沈み切った顔つきで奏様に尋ねた。
それにコクリと頷く奏様。
「まぁ、これは私個人の見立てだから、他の意見も聞いてみた方がいいと思うけど」
「いや」
ヒョイっと肩をすくめた奏様に、陛下が片手を軽くあげた。
「貴女の噂はかねがね聞き及んでいる。とても優秀な薬師にして、剣術術式どちらも一級の腕を持つ才媛だと」
「褒めていただいてありがとう。さて、私はこのことを一応上に報告しなきゃだから院に戻るわ。一緒に来ていた千早はこれから毎日通いで雅ちゃんの修行に付き合う手筈になってるから、よろしくね」
「承知いたしました」
部屋を出て行く奏様に、雅さんのお父上と陛下以外が頭を下げて見送った。
奏様の姿が消えてから、陛下はしばし扇で口元を隠し、何やら考え込んでいらっしゃる。
しかし、事はそう悠長に構えていられない。
「陛下」
「……分かっている。お前達のどちらか、急いでこの件、東へ連絡するのだ」
「はっ」
葵さんが素早く立ち上がり、部屋を出て行った。
「龍脈の件、早急に取り掛かるべきだな。凛、ここへ各部隊の長を集められるか?」
「すぐに」
「俺も手伝います!」
淡々と短く返事をした凛さんの後を追うように茜さんもサッと身を翻して部屋を後にした。
「都の守りはいかがしますか?」
「……雅に無理をさせないよう重々見張りつつ、頑張ってもらうしかないだろう。四部隊は残らず出てもらわなければ圧倒的に人手が足りない」
「各地に散らばる術者を集めては?」
「それぞれの相性が良いならば、な。そうでないなら、かえってそこが弱点にもなる。そこをつかれでもしたら余計に被害が出かねん」
「……力を持たぬというのは、時にこうも口惜しいものなのですね」
「……今さら悔いても仕方あるまい。己ができることをするだけよ」
「そう、ですね」
己ができることをするだけ。
そう言う陛下こそが夏生さん達のような異能の術を扱う力を持たぬことを一番悔いておられる。
その証拠に、持っていた扇がミシリと鳴った。
※ 橘 side end ※