羨ましきかな兄弟愛―6
※焔寿 side※
今日は月が綺麗だ。
「陛下」
縁側で茶の入った湯呑みを持って空を見上げていると、雅を寝かしつけに行っていた橘が戻ってきた。
「雅はもう寝たか?」
「はい、先程。昼間綾芽さん達とはしゃいでいたようですから疲れていたようです」
「そうか」
橘は傍に腰を下ろし、肩から手に持っていた羽織をかけてくれた。
「陛下、もう夜はだいぶ冷えます。縁側でお茶を飲まれるのでしたら、もう少し厚着をなさってください」
「うむ。すまぬな」
「……陛下。もしや昼間のことを?」
さすが、城の側近の中で唯一気の置けない男だ。
私の物思いの理由をすぐに当ててきた。
「いや、なに。今はこれで十分だ、と頭では分かってはいるのだがなぁ。……なぁ橘、怒るなよ?」
「なんですか?」
「私はな、今の状況がとても楽しいのだ」
「それは……」
「分かっている。一国の主として、この感情は絶対に持ってはならんもの。皆を危険に晒しているこの状況を楽しいなどと」
「……良いのではないですか?」
「は?」
あの堅物の口から出たとは思えない言葉に、耳を疑った。
もしや、橘の姿をした別人だろうか。葵や茜のように、双子がいたとか。
「陛下がその感情をお持ちになられるのは、城下四部隊を信頼している証。もし信頼などないとしたら、貴方はこの現状を打破しようと自ら動かれるはず。動かぬまま状況を楽しいと思えるほど我が主は非道ではありませんから」
「……信頼、か」
「陛下。もしあの時のことを悔いておられるなら、まだ間に合います」
「いや、もう手遅れだ。アレは私の傍から離れ、臣に降りた。もうあの頃には戻れん」
「陛下……」
橘がまだもの言いたげに私を見てくる。
私はその視線を避けるように湯呑みを口元に運んだ。
「陛下」
「ん?」
「たとえ皆が陛下から背を向けたとしても、私は最期までお側におります」
「……ははっ。そうかぁ、いてくれるか」
まったく。お前は私が欲しい言葉をくれる。そう、いつもだ。
その言葉に何度救われていることか。
お前が女ならばなぁ。
すぐにでも妃に娶るというのに。
実に口惜しいことだ。
「陛下?」
「いや、なに。お前、実は女だったりせぬか?」
「……はい? やっぱり熱がおありなのですね?」
「ハッハッハ。冗談だ」
「冗談だじゃありません! まったく!!」
「そう怒るな。お前が女であれば私の妃問題も一気に解決すると思ったまでのこと」
「残念ながら陛下。私は今も昔もこれからもずっと男です。凛さんのように心は女性というわけでもありません」
「雅の父上に頼んでみるか」
「陛下っ!」
「そう大声をだすな」
橘はハッとして口を押さえた。
皆はまだ寝ていまいが、私の部屋で寝ている雅は夢の中だ。
「見ろ、橘」
私の目の先を追い、橘も天上に浮かぶ月を眺めた。
「今日も月が綺麗だ」
「……そうですね」
あの日、城から出て行くアレを天守から見下ろしていた時に浮かんでいた月と同じ。
ただ、今は。
あの頃のような一人置いて行かれたような気持ちは薄らいでいた。
……あぁ、本当に。今日の月は綺麗だ。
※焔寿 side end※