長いものには巻かれるべし―1
◇◆◇◆
あのお城の謎の爆発事件から一週間が過ぎた。
綾芽達はあちらこちらと毎日忙しそうにしている。
そんな中、私はのんびりととある人物と縁側でお菓子を頬張っている。
「どれ、次はこれをやろう」
「あー」
雛鳥よろしく口を開けて上を向くと、しっとりとした生菓子が口の中に放り込まれた。
もぐもぐと口を動かして飲み込むと、また次のを目の前に差し出され、口を開ける。それの繰り返し。
「美味いか?」
「おいひぃー」
「そうかそうか」
「陛下。あまり食べさせすぎるのも良くないかと」
「まぁまぁ。良いではないか」
「よいではないかー」
何を隠そうこの国で一番偉い人。あのお城に住んでいて、綾芽達の大ボス、帝様である。
帝様は手の火傷と、煙を吸ったことによって一時安静を求められていた。
そんな帝様の火傷の方を例のおまじないで治した後、私は最初の二、三日は綾芽達の足にひっついて遠巻きに見るだけだった。
動き回ってよしという巳鶴さんの判断をもらってからは帝様は精力的に動き回り、昼ご飯の後で縁側で遊んでいた私に火傷を治したお礼としてお菓子を大量に持ってきたのがこのお菓子品評会の始まりだ。
帝様も甘い物がとっても大好きみたいで、毎日代わる代わる色んなお菓子を側近の橘さんに買いに行かせてこの品評会に挑んでいるらしい。
「今日のはどうだ?」
「んー。もみじのやつはここで、それいがいはこれいがいですねー」
「なかなか上位は厳しいな」
私の秘蔵本の“薫くん達のお菓子美味しかったランキング”の中の十一位から十五位までが書かれたページを指す。
帝様はむぅとどこか誰かに似ているお顔を顰めさせた。
「陛下、こちらにおいででしたか」
いつもと同じ黒ずくめの劉さんを伴った夏生さんが廊下の向こうからやってきた。
「なつきしゃん、りゅー。おかえりなさーい」
「雅! なんでそこで寛いでんだ!! ほら、こっちに来い」
「はっはっは。構わぬ構わぬ。なぁ? 橘」
「はい。雅様には陛下のお身体を治していただいたという大恩があります」
「ですが」
お仕事に真面目な夏生さんはあまりいい顔をしない。
それもそうでしょうとも。今の私のお座布団、帝様のお膝だもんね。
それに対して鷹揚に笑う帝様に、帝様に忠実な橘さん。
夏生さんの至極真っ当な意見は帝様の笑顔に黙らされた感が漂った。
「りゅー、だっこー」
「ん」
夏生さんの精神的ストレスを少しでも減らせるように、劉さんの方に行くことにしましょうかね。
私、良い子でしょう?
「おやおや。振られてしまったか」
帝様がこちらを笑いながら見上げてくる。
「陛下。幼子をそのようにからかうものではありません」
「橘は頭が固い。なぁ? お前達もそうは思わんか?」
「なつきしゃんもじょーだんつうじないのよー……いたっ!」
叩かれた。頭バシッて叩かれた。
私がこれ以上バカになったら絶対夏生さんにどつかれてるせいだからね!
ムンッと頬を膨らませて、怒ってますアピール。
けれど夏生さんも劉さんも私の扱いには心得てるもので、劉さんがすかさず袖から小さな包みを取り出した。
その包みを差し出され、開けてみると角がたくさんついた金平糖が入っていた。
「これー、たべていーの?」
「全部、だめ。三つ」
「あい」
だったらできるだけ大きいのを選びましょうともさ。
これかなー? いやいや、こっち?
ムフフフ。お菓子で悩めるなんて、なんて贅沢な悩みなんでしょー!
劉さん、好き!!
「菓子ばっかり食って虫歯になっても知らねぇからな」
「ならないよー」
だって、毎日毎回歯磨きの時、綾芽さんチェックが入ってるもーん。
美味しいものは美味しくいただく。
そのためには毎回の歯磨きはかかしません。
食い意地が張っている? その通り。私は物事は開き直ることも必要だということを最近覚えた。
「ハッハッハ。良い良い。幼子はよく食べよく笑いよく遊ぶがいい」
「陛下……。夏生さん、城の様子はどうですか?」
「護衛に城についていた西は一時任務から外れ、屋敷で待機。綾芽が監視に。城の方には海斗と南の葵、茜、北の篠原が爆発の後処理と原因追及に走り回ってる」
「そうですか。あなた方に任せておけば問題ないでしょう」
「間違いないな。頼りにしているぞ」
「はっ」
そうそう。夏生さん達は頼りになるんだから大丈夫。
きっとすーぐに解決してくれる。
帝様も全く心配していないようで、ニコニコと笑っているだけだった。
「そうだな。この件が片付けば、そなた達には休暇をやろう。いい湯治場があるらしいからな。そこへ皆で行くといい」
「とーじ?」
「温泉につかって日頃の疲れを癒すことだ。温泉はいいぞ」
帝様はさすが帝様で、全国津々浦々の温泉地を巡っているらしい。
さすがに国の端っこの方までは行けないけれど、あそこはこうだった、むこうはどうだった、とたくさんの温泉情報を教えてくれた。
「ですが、城内の護衛や街の見回りが」
「構わん。全員が一斉に休暇を取らぬようにすればよい。それに城の侍衛達とていつまでも城の内部までお前達に頼り切ってばかりではならんからなぁ。ここらで灸をすえてもよいかと思うのだが」
「……それは俺達にわざと街をあけろと言っているのですか?」
「そう聞こえたならばそうかもしれんなぁ」
「……ハァ。陛下もお人が悪い」
夏生さんが呆れたように溜息をつきながら苦笑した。
「宮中で穢れなく在れるというなら、それはもはや人ではない存在よ。雅のようにな」
「まぁ、こいつはただ能天気なだけとも言えると思いますが」
ちろりんとなんだか可哀想なものを見るかのような視線を送ってくる夏生さん。
ムフン。失礼な!
「のーてんきとはなにごとか。わたし、ちゃんとかんがえてる」
「一に飯、ニに遊び、三四がなくて、五におやつのガキが何言ってやがる」
「だって、わかくてぴっちぴちのこどもだもの」
「そこでドヤ顔すんな。腹立たしい」
「にゃっはっは! ……いっ!」
本日二回目の拳骨。痛い。
頭の形が変形する前にやめておこう。
なけなしの脳細胞が確実に死滅していってるって考えると、私が守ってあげなきゃ誰が守ってくれるのって思ってしまう。
まぁ、私が余計なこと言わなきゃいい話なんだけどね!
それより、温泉かぁ~。
しかも、帝様から直々にお許しもらえた慰安旅行かぁ~。
クフフフ。後で雑誌買いにいこ―っと。そんで美味しい物いっぱい調べるんだぁ。
ね? 一緒にお買い物につきあってくれるはずの劉さん!