思わぬ時期の里帰り―9
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澄み渡る水のような空気が辺りに漂う満月の晩。
この国で一番敬われるべきとされる存在がいる城を高台から見下ろしている男の背後に立った。
「もうじき準備が揃うよ」
「あぁ、今行くよ」
僕が立っていることには初めから気付いていたようで、驚きもせず振り向きもせず生返事だけが返ってくる。
まるで月に捧げるようにして天高く上げられた赤い盃には、おそらく水面に揺れる月が写り込んでいるんだろう。
「常世の元主宰神の娘、か」
「なに? また良い駒でも見つけたの?」
「いや、駒ではないよ。そうだね、あの子は色んなものをおびき寄せてくれる生餌かな。あの少々目障りな四部隊の連中も、元老院も、僕の大事な妹も」
「奏お姉ちゃんも?……僕、そいつ嫌いかも」
「まぁまぁ。子供同士仲良くおやりよ」
「僕はもう子供じゃない!」
「そう。なら……上手くやれるね?」
「もちろん。任せてよ」
口元に緩やかな弧を描く男の隣に立ち、目前の城に手をかざす。
すると次の瞬間、都中に轟かんばかりの轟音が響き渡り、火柱がまるで天に翔け上がる龍のように城を包み込んで立ち昇った。
「さて、あの子が奏の庇護に入ったからね。直に元老院の連中がここに来る。その前にひとまず退散するとしよう」
「他はいいの?」
「あぁ、いいよ。まだね。今日のところは挨拶代わりだし、本命はこっちじゃないから」
「陽動ってわけ?」
「まぁね。さて、事態の鎮静化にどれくらいかけてくれるだろうね?……さ、行くよ」
「……うん」
慌てふためく城下の人間達を最後にもう一度見下ろし、すでに踵を返して歩き出している男の後を追った。
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