思わぬ時期の里帰り―1
お友達になったオネエさんに抱っこしてもらって、ただいま綺麗な小道をテクテクと進んでおります。
自分で歩け?
だってほら、抱っこしてくれるって言うからさ。
道の両脇にはさっきくぐったのと同じ大きな赤い門が立ち並び、それがずっと先まで続いている。
「もん、いっぱいだね」
「そうね。……なるほど。道理で見つけるのに骨が折れるわけだわ。元老院に助力を求めたのね」
「おかげで借りがまた一つ増えた」
オネエさんが数度頷いてみせると、アノ人は表情こそいつもの無表情だけど、声音には疲労を滲ませていた。
「ねー、げんろーいんって?」
「ん?私達みたいな神族と、妖怪、魔族、全ての人外のモノを統率する機関よ。そこで司法立法行政全てが動かされるの」
「ほー。すごいねぇ」
「そうねぇ。ただ、あまり世話にはなりたくはないわね。特に当代の長達の元では」
「ふーん」
うん。難しい話になりそうな気がする。
もう説明は大丈夫よ、眠たくなりそう。
「ここだ」
一つの門の前で急にアノ人が立ち止まった。
他のとどう違うのか分からないけれど、これだと言うんだからこれなんだろう。
アノ人が一つ柏手を打つと、目の前の閉じられた門がギギギーッと重々しい音を立てて開き始める。
「さぁ、帰ろう。優姫も待っている」
……え?
門を潜ると、そこは元の世界の懐かしき我が家だった。
全国紙にも名を連ねるそれなりに有名な神社である浅葱神社。
そこが私の生まれ育った場所だ。
夕方、時たま神楽舞の練習をしていた神楽殿の脇の紅葉が紅く色づいていることから、私がいなくなってからも月日が流れていたことが分かる。
戻って来れて嬉しいってちゃんと思うけど、それでも手放しにとはいかない。
だって、綾芽達に何も言ってないもの。
「……もうもどれないの?」
「確かに。こちらの世界に戻ってくれば元の姿に戻ってもいいはずだが」
「ちがうよ」
「馬鹿ねぇ。この子は向こうの人間達にもう会えないのかって心配してるのよ」
そうそう。
確かに身体が元に戻らないのも気になるけど、そっちは割と今はどうでもいい。
「雅っ!!」
「あ、おかあさん!」
神社の敷地の中にある家の方からお母さんが走ってきた。
私のことを抱っこしているのがオネエさんだったから、お母さんは表情を固くしている。
「おかあさん、ただいまー」
「……うちの子をどうするつもりですか?」
「ふん。このままさらうって言ったらどうするのよ?」
「なっ!?」
あぁ、ほらほら。
オネエさんとお母さんの間でピリピリとした雰囲気が流れてる。
「おかあさん、わたしねぇ、オネエさんとおともだちになったの」
「お友達っ!? ……はぁ、元々あなたのおばあちゃんに似てポヤヤンしてるところがあったけど、ここまでとは」
「お、おばあちゃんといっしょにされるのは……ちょっと……」
お母さんの方に手を伸ばすと、お母さんもオネエさんの様子を気にしつつ私の身体を掬い取ってくれた。
久しぶりのお母さんの匂い。
この小さな身体も、こういう時があるからこそ絶対に戻りたいとは思えなくなっちゃったんだよねぇ。
「そういえば、どうして元の姿に戻ってないの? この世界に戻れれば戻るって言ってなかった?」
「うむ。そのはずだ」
「そのはずだ、じゃないわよ!」
また夫婦喧嘩が始まりそうな予感。
私の頭越しにするのはやめてくれい。
「ねーねー。もうむこうのせかいにもどれない?」
「え? 戻りたいの?」
「うん」
何の躊躇いもなく頷いた私に、お母さんの表情が曇った。
お母さん達も好きだけど、綾芽達も好きなんだぁ。
お母さんが黙り込むと、代わりにオネエさんが頭を撫でてくれた。
「別に不可能じゃないわよ? 元老院の誰に頼むかが鍵だけど。そういえばあなたは誰に頼んだの?」
「第二課長だ」
「まぁ、妥当な選択ね。でも、手続きとか面倒なものがあるでしょ? 私、もっと楽な方法を知ってるわ」
「ほぅ」
「ほー! なになに?」
アノ人と微妙にかぶったけど、今は気にしない!
オネエさん、どうしたらいいの!?
「ちょっと待ってなさい。今、遣いをやるから」
「りょーかいでっす!」
オネエさんが手を叩くと、着物の袖口から這い出たモノがいた。
30センチほどの縞模様のヘビだ。
何も言わずとも大丈夫なのか、そのままヘビは地面を這っていってどこかへ消えてしまった。
「これでよし、と。後はあの子が連れてきてくれるのを待つだけよ」
「だれを?」
「この事態を一度に全て解決できる者、かしら」
へぇ~。
そんな人と知り合いなんて、オネエさんすごいね!
「……とりあえず、うちに戻りましょう。まだ閉門前だから、人が来たらまずいので」
「あぁ」
「仕方ないわね。案内しなさい」
参道を家の方へ歩く道すがら、私を抱っこするお母さんは近所のおばさんに引き止められまくった。
今日が日曜日だから行けなかったのか、人出が多い。
いつの間に二人目が?というおばさん達の問いかけに、お母さんは苦笑いでやり過ごしていた。