イタズラよりお菓子―9
※海斗side※
交代後の門番達が気を失ったチビを抱きかかえた野郎を見失ってから大分時間が経っている。
隠密を総動員し、目星をつけた奴等の中で動きがあったのはやはりあの女狐の屋敷だった。
「遅いっ!」
「落ち着け、海斗」
「夏生さんだってさっきから手に持ってる扇子ミシミシ鳴ってるぜ?しかもよぉ、狙ったのがチビだっつぅーのが俺は許せねぇ!」
神さんの力を使えるっつったってアイツはまだちっせぇーガキだ。
突然誘拐されて、もしかしたら泣いてるかもしんねぇ。
肝心の保護者であの女の真のターゲットだろう綾芽は何も言わねぇで黙ってるしよぉ。
この薄情野郎!!
一言綾芽に物申してやろうと口を開くと、通された部屋の襖が開き、めかし込んだあの女が部屋へ入ってきた。
「ようこそ私の屋敷へ。お待ちしておりましたわ」
なにがお待ちしておりましたわ、だ。
そっちが来ざるを得ない状況作りやがったくせに!
「うちの大事な預かりもんを返してもらおうか」
「何のことでしょう?あなた方に返さなければいけないものなど、私は一つも持っていませんけれど」
「しらを切ろうってのか!?」
俺の言葉を完全に無視して、女狐は綾芽の前に腰を下ろした。
「いつまでもこの方達のように野蛮な者と付き合っていたら貴方にも悪い影響が出ますわ。下賤な者は下賤な者同士、高貴な者は高貴な者同士。早々に縁を切って我が狩野家に婿入りしてくださいませ」
「おい、いい加減に……っ!」
「野蛮で、下賤な者、なぁ」
綾芽の声が、酷く小さな呟きだというのに、その場によく響いた。
そしてゆらりと腰を上げ、女狐を冷たく見下ろす。
髪に隠れた瞳に、殺気すら込められたのが横から垣間見えた。
「えぇ加減にせんと……殺すで?」
女の髪を掴み上げ、綾芽が女の耳元に囁いた声に、ヤツの瞳が嘘偽りない感情を物語っていたと教えてくれる。
チビの前ではぐうたらで夏生さんを怒らせるどうしようもない保護者でも、戦場での綾芽は違う。
“悪魔”
その二つ名に相応しく、綾芽の強さはずば抜けている。
返り血を返り血で洗い流すのだから、それは皆に知れているだろう。
そんな綾芽の殺気を至近距離で浴びたことはなかったのか、女は恐怖に慄いていた。
身体全体がブルブルと震え、顔色も化粧をしているというのに真っ青になっている。
ここが瑠衣との違いだろう。
元々のこの女の性格の悪さもあるが、戦闘集団の俺達の誰かを旦那に持とうとするには気概が足りない。
殺気すらものともせず、むしろ挑みかかってくるような。
その点、瑠衣は夏生さんのソレにも、鳳のソレにも屈しなかった。
だからこそ、皆は黒木さんとの行く末を温かく見守っていたし、これからもそれが変わる事はない。
「夏生さんも言うたやろ? 三度目はないで? あの子はどこや?」
「そんな……私は……あなたが」
なおも縋り付こうとする女に、綾芽は最後の引導を渡した。
「自分、あんたのこと、全く興味ないんや」
好きの反対は嫌い。いや、そうじゃない。
好きの反対は興味がない。
「話さんのやったら時間の無駄や。夏生はん、令状とって家宅捜索しましょ」
「あぁ。万が一と思って劉に取りに行かせてる」
“事に当たる際、各々須らく策を万事用立てるべし”
夏生さんの座右の銘でもあるその言葉通り、夏生さんは俺達の一歩先を読んでいた。
※海斗side end※