イタズラよりお菓子―4
※巳鶴 side※
食堂に行くと、料理番さん達が突然の夏生さんの登場に驚いている。
まぁ、つい先ほどまで書類の山に埋もれていたというから、食事を届けに行ったときにいつものように機嫌が悪かったんでしょう。
そんな彼が雅さんを抱っこしてきて、あまつさえ料理までし始めたとなれば一体何が起きたと思わずにいられない気持ちも分かります。
「いいか、お前ら。このこと、薫には言うんじゃねーよ。その代わり、食費の融通はきかせてやる」
「マジっすか!?」
「言わないです!言いません!」
「夏生さん、ホント神様!!」
この大人数の食費をやりくりしてメニューを考えたり、調達するのはなかなか至難の業のはず。
しかも上司は薫さん。
食費に制限があるとはいえ、一切の妥協は許さない彼のメガネに適うメニューを考えるのは大変だと前に新米の料理番さん達が零しているのを聞いたこともありましたっけ。
「まっだかな、まっだかな?」
かなりご機嫌な様子の雅さんは食堂の椅子に座らされ、厨房の方を覗き込んでは足をブラブラとさせながら待っている。
今ならいいでしょうか。
「ちょっと、よろしいですか?」
雅さんの隣に腰を下ろし、ただ黙って雅さんと厨房を交互に興味深そうにジッと見つめる彼女のお父上に声をかける。
そして席を立ち、廊下を指さした。
すると、僅かに首を傾げられたものの、彼も同じように席を立ち、先に歩き出した私についてきてくれる。
食堂を出る間際に彼女の方を見ると、私達の方を気にする様子もなく、厨房から出てきた料理番さん達と楽しそうにおしゃべりをし始めている。
普段は仕事中ということもあり、なかなか長話をすることができない彼らは撫でまわしたり、抱き上げたりとまさに自分の妹や娘のように彼女を扱っていた。
この分だと少し長話でも問題ないでしょうね。
感謝しますよ、料理番さん達。
「我に何の用だ?」
廊下に出ると、彼が開口一番に尋ねてきた。
それもそうでしょう。
周りの目を気にすることなく話せる話ならば、あの場でしても何の支障もない訳ですからね。
ただ、この話を雅さんの耳に入れるにはいささか不穏なものが付き纏うので。
念には念を、というものです。
「雅さんが飛ばしたあの女、どこへ飛ばされたか分かりますか?」
「何故そのようなことを聞く」
「あの女、性格はアレですが、生まれは皇族の曽祖母を持つという家柄で、なかなかに周りが面倒なのです」
「……人とはまこと煩わしいものよ」
本当にその通り。
正直なところ、地球の反対側まで飛んで行っていてくれても構わないのですが。
社会的なものがそれを許してはくれないんですよ。
「案じずともよい。我が娘はまだまだ制御ができておらぬ。遠くと言ってもせいぜいがあの城までであろう」
「そうですか」
「……我にやらせれば三途の畔まで飛ばしたものを」
「……」
おやおや。
喜べばいいのか悲しめばいいのか分からない反応をもらってしまいました。
「我が娘はまだまだ甘い。神の娘を許可なく己が娘と謀るなど、その場で己が命を持って詫びさせても良いくらいよ」
パサリと持っていた扇で顔の半分が隠され、目元をスッと細められれば廊下の薄暗さも相まって妖しさが増す。
……神の神たる所以を垣間見た気がしますね。
「それよりも、そなた、あの娘がつけている日記を確認しているそうだが?」
「えぇ。やはり、ダメ、でしょうか?」
「いや、問題はない。だが、よくよく見ておけ。アレは力を使う反動が食欲に来ていると思っているようだが、そのような話、神界で聞いたことなどない」
「どこか他にも影響がでている可能性がある、と?」
「あぁ。神の力は諸刃の剣ゆえ」
諸刃の剣。
やはり彼女に神の力は危うい、というわけですか。
これは夏生さん達にもちゃんと報告しなければ。
食堂から顔をのぞかせた雅さんに呼ばれ、笑みを浮かべながらも頭によぎるのは彼の先ほどの言葉だった。
※巳鶴 side end※