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ひよっこ神様異世界謳歌記  作者: 綾織 茅
人は見た目によらない
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人は見た目によらない―3




 なんだか鼻をくすぐるいい香りがする。


 なんだろう? 甘くて、おいしそうで……



「……ほんまや」


 

 遠くから綾芽の声がした気がする。


 でも今は、この甘いいい匂いのする方へ……



  ぱくっ



「ちょっ! 食い意地張ってんなぁ!」

「海斗、昼寝の邪魔せんといてやってや。夜寝られんくなったらあかんやろ」

「だ、だってよぉ。劉からあんなこと聞いたら試さずにはいられないだろ」



 いつも綾芽と一緒にお仕事してる海斗さん。


 彼が初めて綾芽と会った時に綾芽を呼びに来た人だ。


 その海斗さんの声もする。



 それよりも、口にくわえたナニカがすごく甘い。


 これは……



「チョコレート……」



 目を開けると、布団のすぐ横で何かを差し出している海斗さんがいた。


 彼の髪と同じ、焦げ茶色の、四角い……


 ……犯人はこいつか。


 むくりと身体を起こし、チョコを持っている手ごとがぶっとくわえてやった。



 私で遊んだ罰だ!


 さぁ、その手に持っているチョコをもらおうか!!



「ちょ、保護者、こいつなんとかしてくれ!!」

「うぅー!」

「唸り声とか。ほんと小動物じゃねーか!」



 すぐ側の壁際で本を読んでいた綾芽に助けを求める海斗さんの顔は、言葉に反して笑顔。


 うん。これは全く反省してませんね?



「そこらへんにしときぃ」

「……うぇー」

「あんまりくわえたままやったら、危ない菌がうつるで」

「……」



 そう言われて、そろそろと口を離す私。


 悪くないと思う。



「ちょっと待て!! なんの菌も持っちゃいねーよ!」

「かいと、ふけつー?」

「……あーやーめー」



 恨めしそうに綾芽を見る海斗さん。


 でも、当然気付いているだろうに知らんぷりの綾芽。



 ささささっと綾芽の横に移動し、ばっちぃものを見る目でじっと海斗さんを見てみた。



「な、なんだよその目は……」

「……」



 さっきよりも目に見えて格段にショックを受けている海斗さんに、これは、と内心にやけた。



 食べ物を食べられた恨みも恐ろしいけど、食べ物で遊ばれた恨みも恐ろしいんだよ。


 ムフン。お気をつけあれ?






 いつの間にかおやつの時間を迎え、私は海斗さんを放置して、ルンルン気分で厨房へ向かった。


 当然、例のパフェを食すため!!


 たぶん今の時間だと、薫くんは厨房で今日の献立を考えている時間のはず。



 厨房の片隅から顔を出し、薫くんを探した。



 「……かーおーるーおにぃーちゃん!」

 「待ってたよ。今出すから、そこに座って待ってて」



 イエッサー、ボス!


 指定されたテーブルにつき……つ、つき……つけぬ。



 椅子が高くて、自力で座るのが無理だった。



 む、むむー。負けぬ!



 「綾芽は一緒じゃ……って、ゴメン。登れなかったんだっけ」



 片手にパフェとスプーンを持ってきた薫くんに無事手助けしてもらい、やっとこさ椅子に座れた。



 し、身長よ、早く伸びてくれ。


 ……縮むことはあったけど、伸びることはないとか言わないよね?


 …………ブルッ  あぁ、まずい。嫌な予感が。



 「無理して全部食べきる必要はないから、食べきれなくなったら声をかけてね」

 「あい! いただきましゅ!!」



 んー! どこから食べようかな!?


 アイス? フルーツ? 生クリーム? 選べませぬー!!


 綺麗に綺麗に落とさないように全乗せで!



 「……ほわほわーつめたくてーあまくてーしあわせー」

 「幸せかー。こんなんで幸せなら、他の幸せはとんでもない幸せになるけど」

 「いまもいーっぱいしあわせなのー」



 自分でも完全に頬が緩んでるのが分かる! それくらい美味しい!



 いつものご飯もそのままお店に出せるくらい美味しいけど、このパフェはまた格別です。



 目の前の椅子に座り、薫くんが頬杖つきながら見だしたのは、私と綾芽が買ってきた料理本。


 時たま顔を上げて、私の方を見てくる。


 そんな見つめちゃいやん、恥ずかしい!



 「鼻、クリームついてるよ」

 「むむっ。ほ、ほんとだ」



 さらに恥ずかしい目に合った!


 鼻にクリームつけるとか、どこのマンガの世界だよって。


 あー恥ずかしや。


 

 指で拭い、そのまま口へ。



 「……あっ」



 口に運ぼうとした一瞬の隙をつかれ、私の指は後ろへ攫われた。



 「甘いわー」

 「当然でしょ、生クリームなんだから」

 


 私の指を攫った犯人は綾芽でした。


 そのまま持ってた布巾で指を拭ってくれた。



 「そないに食べると夜ご飯入れへんやろ? 僕も手伝ってあげるわ」

 「え?!」



 綾芽は口を開けて、指で自分の口を指した。



 つまり、あーん、ですね? あーん待機中なんですね?


 分かりました。ご要望にお応えしましょう!!



 さっきみたいに、全部乗せにチャレンジです。



 でも、意外とバランスが……スプーンが私用、つまりお子ちゃまの一口サイズ用だからだね!!


 決して私が不器用なわけじゃない。断じてない。


 あるかどうか分からない名誉のために主張させていただこう。



 「……あ、あやめ、もっとこっち。おくち、こっち」

 「めっちゃプルプルしたはるよ。別にムリして乗せんでも、別々でかまへんよ?」

 「このたべかた、おいしーの! とーってもしあわせよ?」



 だから、一回試してみて!


 できれば早く、今すぐに。出ないと落ちる!!



 最終的には両手でスプーンを持って、綾芽の口へ。



 「……どぉ? おいしー?」

 「ん。美味しい美味しい」



 二回続けて言われると、信用性薄くなるなぁ。


 とりあえず、ミッションは成功です!



 「ふっふふふー」

 「えらいご機嫌やなぁ。やっぱり食い意地だけは一丁前や」

 「む?」



 やっぱり、とな? 引っかかる言い方するなぁ。



 「子供はこういうの好きだと思うけど? 別に食い意地張ってるとかじゃないでしょ」



 そうだそうだ! もっと言ってやってくれ、薫くん。


 私の胃袋の名誉のために!!



 「……お、丁度えぇ所に当事者のお出ましや。劉、ちょっとこっち来ぃ」



 呼ばれた当人は何が何だか分かっていないだろうけど、とりあえず言われた通りに私達が座るテーブルの方までやって来た。


 薫くんが代わりに席を立ち、厨房に戻ると、冷蔵庫から冷えたお茶をコップに入れて戻ってきた。


 しかも、人数分。


 できる男とは彼のことです。 よっ、料理長!



 「おおきに。……で、劉。この子が昼寝しとる間に起きたこと、薫にも話してあげて欲しいんやけど」

 「……」



 な、何でこちらを見るんだい? 劉さんや。



 なんだかよくない事言われるような気がするから先に言うと、世の中には秘密にしておいた方がいいということも多々あってだねぇ。



 「みやび、ねる、あいだ……ゆび、近づける。くわえる、られた」



 んん? つまり……?


 私が寝ている間に指を近づけたら、くわえられた、と?


 劉さんだったんか! 海斗さんによるチョコパクの原点は!



 そして、薫くん。


 若干、さっきより私を見る目が白いような気がするのは気のせいでしょうか。


 私は気のせいであることを切に望みます。



 「あー……条件反射、だよ、たぶん」

 「そう! それ! じょーけーはんしゃなの!」



 条件反射な、と冷静に綾芽に返された。


 分かってるよ! でも、この舌足らずなのがいけないの!



 ただでさえお腹が鳴っただけで笑われるのに、これ以上食べ物関係で彼らにネタを提供してはいけない。


 そんなことになれば私は……私はっ!!


 笑いのネタを提供しながら歩き回るちびっこに成り果ててしまうっ!!



 そんなことになってもいいのは、真正のちびっこだけだよね?

 

 そんなことになっても可愛いのは、真正のちびっこだからだよね?



 ……いっそのこと、今から頭ぶつけて記憶喪失に



 「はい、ストーップ。何かよからぬこと考えてそうやから一応止めとくわ」

 「……むぅ」



 なぜ、バレたし。



 よし。ここはひとつ。


 悪い大人が使う手段で手を打ちましょう。


 うん、一回やってみたかったんだよね、これ。



 「りゅー?」

 「なに?」

 「これー。おいしーの。あげるから、ちょっとあげるから、しーっよ?」

 「しー?」

 「うん。しー」



 人差し指を口元に当てて、劉さんの方へ身を乗り出した。


 すると、劉さんも同じように返してくれた。


 意味、分かってる、よね?



 「おだいかんさま、これをおおさめくだしゃい。やまぶきいろのおかしでございましゅ」

 「おだい、かん? やまぶきいろ?」

 「りゅー。おにゅしもわりゅよのー、っていって」

 「おにゅしもわりゅよのー?」



 おぅ。舌足らずになった部分も再現されちゃったよ。


 まぁ、いい! 皆様ご存知、悪代官と越後屋よ!



 ささっ、劉さんや。


 こちらが山吹色のお菓子ならぬ、アイス・フルーツ・クリーム三点盛のパフェでございます。



 さっきの綾芽の時と同じように、なんとかかんとか持って劉さんの口へ運んだ。


 若干アイスの冷たさが歯に染みたらしく、劉さんは梅干しを食べた後みたいにキュッと眉根が寄っていた。



 「……へー。時代劇とか見てたん?」

 「うん。あやめがおしごとのときー、おへやでてれびみてたの。おじしゃんたちと」

 「…………ふーん。情操教育が大事って皆で協力してやってる時になぁ」



 あ、あれ? 綾芽さん?


 顔、笑顔なのに、怖いよ?



 「誰と見てたの? 僕に名前教えてよ。よりにもよって、悪代官ごっこなんて覚えるなんて」

 「え、えーと」



 薫くんまで……。


 これは、まずいことになった感じですね。了解です。



 「えっとー、おなまえわかんにゃい」



 ええい。出血大サービスだ。


 秘儀・首コテンぞ。我、秘儀使っても許されるちびっこぞ。


 え? 中身女子高生? 今は聞こえん。



 「大丈夫や。今から屋敷中回って探そか」

 「え、えー」



 ムンクの叫び、by私


 綾芽は本気で見つける気らしく、椅子から立ち上がると私を脇から抱え上げた。



 あー! パフェが! パフェが遠のいていく!



 「綾芽。もし、真犯人が名乗り出さないようなら、今日のご飯のおかずはめざし一匹って言っといて」

 「おー了解了解。それは嫌やわ」



 お仕事をして、お腹が空いてる時におかずがめざし一匹。

 

 それは確かに嫌だ。私だって嫌だもの。



 ともあれ、ご飯なしにならないのは暴動を抑えるためかと思えてきてしまうのは、毎回の食事時のプチ戦争を見ているからだろう。



 あれは最早食堂ではない。戦場だ。


 あれは最早食事ではない。戦争だ。


 とは、どこの誰が言い出したのか知らないけど、的確に的を射ていると思う。





 「さー、きりきり吐いてもらおか」

 


 この後、綾芽はなかなか犯人を言おうとしない私に業を煮やし、皆の前で薫からのお達しを告げた。

 

 それから犯人のおじさん達が皆から吊るしあげられるまで、ほんの数秒。



 真に食い意地が張っているのは私ではないと、ここに断固表明いたします!




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