負けず嫌いは勝利の秘訣―10
※優姫 side※
まさかこんなところで会うなんて思ってなかったから普段着だけど……仕方ない。
神様への礼儀に煩いおばあちゃんがこの場にいないことに感謝しなければ。
「はっあ~い! なんか久しぶりにあの子の気配がしたから寄ってみたわ~」
「お久しぶりです」
庭先から姿を現し、階から中に入ってきた存在に、きちっと姿勢を正した。
あくまでも神への礼儀は尽くすのだ。
幼い頃から厳しく神への奉仕を説かれた身としては当然のこと。
……たとえ、口調性格が現代かぶれし、オカマさんに成り果てていたとしても。
相手は神。相手は神。
さすが類は友を呼ぶ。変人の友は変人だった。
この場合、神様だから変神の友は変神というべきか。
「あら? あんた達だけ?」
「はい」
「そぉお? ちょっと、どこかに隠してんじゃないでしょうね?」
「隠してなんかいませんよ。それよりも、今日は折り入ってお話があります」
「なによ。私だって忙しいんだけど」
それでも聞いてくれる気はあるのか、準備した座布団に大人しく座ってくれた。
彼……彼女?は白く足首まである長い髪を手繰り寄せ、指先で弄びながらこちらに細められた目を向けてくる。
「こんなことをお頼みするのは筋違いかもしれませんが、娘との婚姻話はなかったことにしていただきたいのです」
「どうして? この話はあんたの旦那から言いだしてきたことなのよ?」
ねぇ?と首を傾げられる。
私の隣にちゃっかり座る彼は、うむ、なんて全く空気を読まない返事を平気で返すから始末に負えない。
いっそのこと口を縫い付けてやろうかとさえ思ってしまう。
「私だって十六年近くも待ったのよ? 今さら無しにしてくださいなんて随分な話だと思わない?」
「それは……子供とは、片親の意思でどうこうしていいものではありません。もちろん、両親揃っての意思だとしても。今、あの子は自分の意思をもって生きています。だから、あの子は渡せません」
「……生意気な小娘よ」
逆鱗とはいかずとも怒りの琴線には確かに触れたらしい。
まぁ、さもありなん。
確かにこれは神と神との間に結ばれた盟約を反故にしようとする行為だ。
それでも、私はあの子の母親。
なんとしてもあの子の未来を守らなければいけない。
フワリと彼の髪の毛が浮き上がり、こちらを見てくる瞳の形が細長いものに変わっていく。
蛇神と崇め奉られる存在の彼本来の姿が垣間見えた。
まさに一触即発な雰囲気に包まれた時、隣から扇子が私達の間に挟まれた。
「優姫に何かしてみよ。ただではすまさん」
「あなたが事の原因でしょーがっ!」
だめだ。つい我慢ができなくなって怒鳴りあげてしまった。
それに対してキョトンと首を傾げるバ……うちの旦那様。
ほんと、なんでこの人に嫁いでしまったんだろう?
まったくもって謎でしかない。
あの時の私はきっとトチ狂っていたに違いないし、そうであって欲しい。
「……あんたがそう言うなら仕方ないわね。小娘の手綱くらいちゃんと握りなさいよ」
ふっと怒気が緩み、彼の瞳も常のものに戻った。
それでも完全に怒りを散らすことができなかったのか、腕を組み、指でコツコツと片腕を叩いている。
「手綱など、すぐに引きちぎられるのが関の山だ」
「なら鉄の檻でも見繕って入れときなさい。目障りだわ」
「鉄の檻なぞ無粋なもの、我が妻には似合わん。囲ってしまうのならここで十分」
「まぁ、あんたの領域だしね」
なに、それ。
私はぞっとするような会話を平然と続ける彼らからズリズリと膝で後ろへにじり下がった。
前にもそんな会話をしたことがある気がするけど、やっぱり普通じゃない。
当然だけど、やっぱりこの人間離れした思考にはいつまで経っても慣れそうにない。
「なんか勘違いしてるみたいだけど、あんたの方がやばい状況だってこと、忘れない方がいいんじゃな~い? あの子はこれからだけど、あんたはもう既になってるのよ。“神嫁”に」
「……」
“神嫁”
その言葉が今までで一番恐ろしく聞こえた瞬間だった。
※優姫 side end※