負けず嫌いは勝利の秘訣―4
私はナメていた。
四季杯って完全に体育祭とか文化祭的なノリを想像していたんだけど。
これ、思いっきり戦場やないですか!
時は四季杯開催当日。遡ること数時間前。
「じゃあ、僕行ってくるから」
「がんばって!」
「もちろん。優勝して海斗に何でも言うこと聞かせてやるんだから」
「……がんばれー」
薫くんは今から出場者だけが入れるという控室へ助手さん達と一緒に向かうのだそうだ。
厳正なる抽選の結果、助手を射止めた料理人さん達は皆涙したという。
練習段階からして、どんな涙なのかは推して知るべし、だ。
それにしても、彼、完全に優勝する気しかないですやん。
誰ですの、面倒だから嫌だとか、時間の無駄とかおっしゃっていたのは。
……私だよっと言いたいところだけど、私じゃないよ!
「なぁ、そういえば、俺達あいつがどんな料理にするか聞いてねぇよな?」
「むふふ。わたし、しってる」
ドヤ顔、決まってますか?
あぁ、海斗さん! そんなほっぺた引っ張らないでぇー!!
「餅のように伸びる伸びる」
「あーめー」
すぐ隣に立つ綾芽に両手を伸ばした。
綾芽、助けて!
「海斗、そこらでやめてやってや。女の子なんやし」
「ほーだほーだ」
「保護者を引き合いにだすなんてずりーぞ」
何を言うか。子供の特権ぞ。
もっと言えば、子供と同次元で争っている海斗さんって……こっどもー!
楽しいから言わないけどね!
その後もしばらくじゃれていると、ジャリジャリと砂利を踏みしめる音が背後から聞こえてきた。
挨拶回りに行ってくると離れた夏生さんが戻ってきたんだろうと、そちらを見ると全くの別人が立っていた。
「よもやこのような場所まで子供を連れてくるとはな」
「……ちっ。面倒な奴が現れやがった」
海斗さん、顔、顔っ!
凶悪犯みたいなお顔になってますよ!!
これから誰をヤるおつもりですか!?
海斗さんにとって、この出会いは到底歓迎できないものであったらしい。
そしてこれは海斗さんだけに当てはまることじゃなかった。
「おやまぁ、西の大将はんがこんなところで何してはりますのん?」
綾芽の言い方も、普段と変わらないように聞こえてその実、ちょこちょこと棘がある。
しかし、海斗さんと違って表情はにこやか……って、いうわけでもない、かもしれない。
冷笑とでも言うべきなのか、普段はなかなかお目にかかれない、かかりたくない類の笑みを浮かべていた。
「別に。たまたまここを通りがかった時に喧しい声が耳障りだったので、一言物申してやろうと思っただけのこと」
「へぇ。それはそれはどうもすいまっせん」
西の大将というからには、目の前のこの男の人はこちら側でいう夏生さんポジにあたる人だ。
そんな偉い人に向かってそんな口の利き方……と思って、私はハッとした。
他所どころか、自分の大将にまでそんな態度だったわ、この人。
しかも、西、ということは例のあの罵詈雑言文を送りつけてきたヤツではあーりませんか?
よし、ここで会ったが百年目。……ウソ、ニ、三分目。
そこへなおれぇい! この私が成敗してくれるっ!!
とは言い出さない、私、空気読める子。
「まったく。帝から守護の任を預かっているというのに、子供の世話ができるとは。東はなんとも平和な地になったと見える」
「そらおおきに。自分とこの任地を平和にすることがそれぞれに任された最大の任務ですやん。当然のことです。でもほんま、どこかの誰かさんとこの人達には困ったもんやで。わざわざ反対んとこの夏祭りに来はって悪さをしてから帰らはったんですよ。迷惑やったわぁ」
「ほぉ。子供の世話だけじゃなくて、最低限任務をこなすだけの能はあったんだな。驚きだ」
ひ、ひえー!!
大人の会話って怖い!
ちなみに海斗さんが先程から会話に参加していないのは、何も大人しく静観しているわけではない。
私がきちんと両手でお口チャックをしているからだ。
まぁ、それでも私の両手を払いのけるのなんて簡単だろうから、それでもしないのは綾芽の口の達者さというか、物怖じしない性格というか、それら全てをかけ合わせて綾芽を信頼しているからだと思う。
こんな時にそんな信頼みせてもいいのかと思わんこともないけどね!
目の前には目が座った状態で男の人を睨む海斗さん。
後ろには冷ややかなオーラ漂わせている綾芽と男の人二人。
……ちびっこにどうしろとー!!?
「あら? 西の鳳さんじゃない。それと……みやびちゃぁーん!」
いた。救世主いた!
しかも思いっきり知ってる人!!
まさしく女神というに相応しい美貌を持った人、瑠衣さんが私の姿を見つけるなり駆け寄ってきた。
瑠衣さんは海斗さんの口を押える私の両手をさらって抱き上げ、そのいい匂いのする豊満なおむ……お身体でギュッと抱きしめてくれた。
「るいおねえちゃま、く、くるしい」
「やだ、ごめんね? 来るとは聞いてたけど、着いてすぐに見つけられるとは思ってなくて嬉しくなってつい」
「でも、だっこもぎゅーもすきー」
「長いことあの小生意気な弟弟子を見てきたせいかしら? やっぱり可愛いわぁ」
「かおるおにーちゃ、きらいでしゅか?」
「そ、そんなこと……ないわ。でも、いい? みやびちゃんはあんな風に育っちゃダメよ?」
「う?」
「お返事」
「あい」
……ありゃ。
いつも夏生さんとか夏生さんとか綾芽とか、たまに巳鶴さんとかに怒られた時に返事って言われるから、つい条件反射で返事しちゃった。
でもまぁ、瑠衣さん満足そうだからいっか。
「……ふん。付き合いきれん」
瑠衣さんに鳳さんと呼ばれた西の大将さんは、この場を立ち去ろうと踵を返した。
それに気づいた瑠衣さんが鳳さんの方へ顔を向けた。
「鳳さん、みやびちゃんを抱っこしていかなくていいんですか?」
……んん? 瑠衣さん? 今なんて?
もしかしたら、昨日の耳掃除、上手くいってなかったのかしらん?
パタリと足を止めた鳳さんに、瑠衣さんは止めを刺した。
「鳳さん、可愛いもの大好きなのに。こーんなにみやびちゃん可愛いんだから、抱っこしておかないなんてもったいないですわ」
「……失礼する」
先程までとは違う居心地の悪さに私が身動ぎすると、鳳さんはサッと足早に去って……行こうとした。
「まぁまぁ、そぉ急がんでも」
「十分時間あるだろー?」
そこには最高にイイ表情を浮かべた悪魔……いえいえ、私の保護者さん二人が鳳さんの肩をしっかり捕まえておりました。
ふと見ると、瑠衣さんの口元にも同じ笑みが。
……大人って、コワイ。
審査員の一人として招かれたという瑠衣さんと別れ、向かった四季杯のメイン会場は当然ながら人でごった返していた。
その会場の至る所にテーブルが置かれ、お皿に箸、フォークにスプーンが用意されている。
さすがに椅子を全員分用意するわけにはいかないから、立食形式をとる形になっていた。
あぁ、そう。まぁ、そうなるよね。
まだ料理が運ばれてきていないテーブルを見て、私は気づいた。
これ、自力じゃどんな料理か見えないし、お皿に取れないやつですやん。
ここでもかよ! っとツッコミを入れさせていただきたい。
「あ、夏生はんに劉」
人混みの中に二人の姿を見つけ、ぶつからないように避けながら二人の元へ歩み寄った。
お手手?
もちろん、ちゃんと綾芽と繋いどります。
迷子こわい。
「おめぇら、今までどこをほっつき歩いてやがった」
「散歩ですわ、散歩。そうそう。さっき、向こうで鳳はんにばったり会うたんですよ。あと、瑠衣はんも」
「鳳? なんも問題起こしてねぇだろうなぁ?」
「なぁんも。ただおしゃべりしただけですわ」
いーや、あれはただのおしゃべりなんかじゃなかった。
ただのおしゃべりで、あんなに空気がピリピリしたり凍りついたりしてたまるか!
そんな私の心の叫びは当然ながら夏生さんには届かず、夏生さんがフンと興味なさげに鼻を鳴らしてこの話は終わった。
「皆様長らくお待たせいたしました! 本日、四季杯のメイン司会を務めさせていただきますのは南の葵と!」
「茜でございます! どーぞ皆様、最後までお楽しみくださいませ!」
コードレスマイク片手に、顔がそっくりな男の人達がヒラヒラと観客の私達に向かって手を振ってきた。
違うのは葵さんが右の前髪が長くて、茜さんが左の前髪が長いことくらい。
双子だという彼らは口上を滞らせることなく進めていった。
「さてさて、皆様お待ちかね!」
「本日のメインイベント! 出場者達の紹介といきましょう!」
料理を運ぶ裏方さん達と入ってきたのはそれぞれの料理人さん達。
薫くんの姿も当然ながらあった。
「かおるおにーちゃーん!」
両手をフリフリ。
薫くんも満更でもない様子でニヤッとと笑ってくれた。
「おっと。東には可愛い応援団がいるようですねー! あれが噂の小姫か!?」
「そんな東の料理人はもちろん、料理長の薫さんです! 可愛らしい応援つきとは羨ましいですね。小姫ちゃん、僕らにも声援を!」
おぉう? なんか分かんないけど、お兄さん達からのリクエストが来ましたよ。
なんとなく隣にいた海斗さんを見上げると、したり顔で抱き上げてくれた。
「なんでもいいからなんか言ってやればいいんじゃね?」
「むむ。……がんばれー!」
「……マジかわ」
「今度東に遊びにいこ」
一瞬、トーンがガラリと変わった双子の声がマイクによって拾われ、会場中に広まった。
次に西、南、最後に北の料理人さんの紹介があり、ひとまず料理人さんの紹介は全て終わった。
「さて、お次は今回の審査員を務める方々の紹介です! えっと……ん?」
「ちょ! 僕達聞いてないんですけど!」
んん? なにやら内輪揉めしてるみたいだけど、どうしたのかな?
二人に近づき、こそこそと耳打ちした人がいたかと思えば、次の瞬間、二人が勢いよく後ろを振り返り、彼らの後ろで腕組してる人に向かって噛みついている。
さすがにその人はマイクを持っていないからなんて言っているか分からないけど、再びこちらを向いた二人の顔色が良くないことからして、全然よくないことは分かる。
だって、面倒事を押し付けられた時の海斗さんと同じ顔してるもの。
「……えー。ただいまをもちまして、今回の四季杯、御前試合と相成りました。皆、目に余る言動行為は慎むように」
「なお、そのような輩が出た場合、今回の持ち回りである南が厳重な処罰を課すことになるので、各々肝に命じて行動なさいますよう」
葵さんと茜さんがキリリと真面目な顔つきで発した言葉に、会場中が静かにざわめいた。
「ねえ、ごぜんじあいって?」
「この四季杯を帝が見るってことだよ。今回の持ち回り、うちじゃなくって良かったぜ」
海斗さんがこう言うからにはその持ち回りってやつになったらきっと色んな苦労があるんだろう。
だって、現に葵さんと茜さんが一気に気を引き締めてる。
「本来、審査委員長は別のお方にお願いしておりましたが、陛下がいらっしゃるとのことで、陛下が審査委員長となります」
「それでは、各料理、テーブルに準備していきますので、もうしばらくお待ちくださいませ」
ペコリとお辞儀した二人はクルリと振り返り、先程噛みついていた人の所に駆け込んでいった。
「……たいへんだねぇ」
「そりゃあなぁ。お、来たぜ」
私達の近くにあったテーブルにも料理が運ばれてきた。
青、赤、白、黒のランチョンマットの上にそれぞれお皿が置かれ、お題に相応しい目を楽しませる料理がずらりと並んだ。
「ふおぉぉぉぉ!」
「はい、お待ち。前掛けしとかな、君、こぼすやろ」
「……あい」
薫くんのヤツは作成段階で見てたからなんとなくどんなものか分かってたけど、他の人達のも美味しそぉー。
いつもだったら、こぼさないよ、とか、いらない、とかごねてたけど、今はいい。
それよりも、早く食べたい!!
「それでは試食の開始です。それぞれ数は準備しておりますので、なくなったら申し出てください」
「試食終了後、投票に入ります。票の得点方法は審査委員の方々の一存ですので、皆様、まずは各料理長の腕を心ゆくまでお楽しみください」
あーもう、どれから食べようかな!?
南の人のは小皿を花びらに見立てて、その上に披露宴の時に出てくる料理みたいなおしゃれな盛り付けのお品々。
北の人のは大きな笹の葉を笹船にして、その上には色々なネタのお寿司。
西の人のは人参か何かでとても緻密な彫り物がしてあり、それがフカヒレらしきスープに浮かべられている。
東は我らが薫くんの力作。ご存知、十二星座をデザート仕立てで箱に敷き詰めてある。
……決めれませんな!
ここはもう、アレで!
「ど、れ、に、し、よ、う、か、なぁー……あやめ、これー」
まずはお寿司、いっただきまぁーす!!
……お、おいひぃよぉ~。
もっきゅもっきゅとハムスターのように頬に一杯詰め込み、余すことなく味わせていただいております。
あ、お次はイクラでお願いします。
「旨いか?」
「ん」
お口の中、今、いっぱいだからサムズアップ。
ネタの新鮮さはもちろん、噛めば噛むほど甘み?旨味?がでてくる。
そしてシャリは噛まなくてもホロロと口の中で溶け、程よい酢加減がネタの味と上手く調和して口の中に広がっていく。
これを旨いと言わず、何を旨いと言う。
「ちゃんと噛むんやで?」
「ふぁい」
おっと、イクラが。危ない危ない。
口から零れ落ちそうになったイクラの粒を両手で押しとどめ、口の中に戻した。
「本当に可愛いなぁ。リスかハムスターみたい」
「ねぇねぇ、南も楽しいよ? うち、来ない?」
「あかんあかん。この子ぉは東で面倒見るて決まっとるんや」
「「えー」」
本日の司会の二人、葵さんと茜さんが連れ立ってやってきた。
初めと比べて随分とやつれ……お疲れのようです。
まぁ、さもありなん。
それにしても。ムフフフ。
瑠衣さんといい、この二人といい、人生初のモテ期到来よ!
私、今だったら調子に乗っても許されるような気がするから乗っとくわ!
モテ期バンザイ!!
……おっと、忘れるところだった。
ごくんと口の中身を飲み込み、二人に向き直った。
「はじめまして。みやびでしゅ。よろしくおねがいしましゅ」
ペコリとお辞儀も忘れない。
お疲れのお二人には笑顔も振りまいちゃいますよー!
私、今、すごくご機嫌だからね。
大サービスしちゃおう!
「あーん、なの」
「え? ……あーん」
「おいしいでしゅか? おいしいでしゅよねー?」
「すっごく美味しいね!」
「なんなんですか、この可愛い生き物」
食べてもらったのは北の人のお寿司だけど、美味しいものは美味しいんだから。
どうせ勝敗は上の人達が決めちゃうんだから、私達くらいは美味しいものを好きなだけ自由気ままに食べてもいいと思うんだ。
ということで、どんどん食べますよー!!
とりあえず、次のを見て取りたいから抱っこを所望いたします。
ぐすん。