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ひよっこ神様異世界謳歌記  作者: 綾織 茅
雨降って地固まる
308/310

招かれざる客人は黄泉より来たり―1


 土の中は空気にさらされている間よりも腐敗がゆっくりと進むらしい。それでも、微生物などで徐々に分解されていく。それは大きな人間の体でも(しか)り。


 目の前の集団はもうだいぶ元の姿を失っているから、最近亡くなったとかではないのだろう。


 とはいえ、亡くなった人の遺族はほとんどが生きている。こんな姿で現れた自分の身内を見て、どんな気持ちになるかは想像に(かた)くない。


「疾風、みんなを呼んできてくれる? 私はなんとかこの人達に帰ってもらえるように説得しておくから」


 疾風は周囲を見渡しつつ、時折威嚇するように低い唸り声とともに牙を剥いていた。結界に触れようとする人がいると、より一層大きく唸り声をあげている。


 その白い毛並みの背をそっと撫でると、正面を睨みつけていた瞳をこちらに向けてくる。もちろん、幾分かは和らいでいるけれど、まだ警戒している様子の疾風に「ここは大丈夫だから」なんて言葉は安易にかけられない。


 小さな子虎姿になって私や皆の側にいてくれるけど、元々この西の地を護る神獣だ。この場を離れがたい気持ちも分かる。


 でも、護らなければならないからこそ、私をここへ連れてきた時のように助けを呼んで欲しい。


 でないと……。


「なぁ、俺達が一番手じゃね!?」

「待て! 今、機材出す!」

「急げ急げ!」


 ……やっぱり。


 都に突然出現した、天まで届く四本の柱。ネタに飢えているマスコミが飛びつかないわけがない。


 綾芽達になんとかしてもらいたいのは、結界の外にいるお客様達じゃなくて、彼等の方だ。


 まずは、ただただ邪魔なこと。何か不測の事態があってからではもう遅い。

 それから、なにより、結界の外にいる人達を見て、彼等が何を考え、何を口にし、何を広めるのか。

 表現の自由とは言うけれど、その自由は他人の尊厳を害してまで守られていいわけではない。


「疾風、行って」


 今度は疾風も素直に身体を翻し、宙を駆け上がっていく。

 姿を晒さない神獣らしく、マスコミ陣の目には映らなかったらしい。日の光に照らされ、より一層神々しさを増した姿は、人が目にするには美しすぎた。


「……さて」


 前に青龍社の鳥居前で、アノ人に化けた皇彼方とカミーユ様が戦った時、張られた結界は外から中が見えないようにするものだった。ただ、中から外は見えていた。

 今回はそれとは逆――中から外が見えないようにしなければならない。


 しかも、結界は人ならざる者に対して効果があるだけで、生きている人間にはさして境界線の意味はなさない。

 つまり、力がある者でも少し違和感があるだけで、普通に向こう側へ通り抜けられてしまう。力がない者であれば、結界が張ってあることすら気づかないだろう。


 外にいるお客様達が、自らこちら側へとやってきた人間を見逃してくれるはずもない。


「おい、見ろ! あれ!」

「う、浮いてる!? 人が浮いてるぞ!」


 これはもうLIVE配信じゃないことを祈るしかない。そうじゃなかったら大人に頑張ってもらおう。

 だって、誤魔化すにしても、さすがにLIVE配信で浮いて……えっ? 浮いてる? さっきまで浮いてる人なんていなかったはず。


 振り返って、私も結界の外を見上げてみた。


「ちょっ、あれって……もしかして……」


 問題は、このマスコミ陣にも見えていることだけじゃなかった。


 その浮いている人は外ではなく、内側にいた。

 黒一色の布地と絹布の白を纏うその服装は時代を大きく遡り、奈良時代のそれに似ている。とても綺麗な女の人。そして、なにより注目すべき点は、その女の人がつけている髪飾りにあった。


 紅金の鳳凰が象られた髪飾り。


 その意匠の髪飾りを身に着けられるのは、この世界ではただ一人。帝の后。そして、今、その唯一は空座となっている。


 つまり、この人は、帝様の。


 女の人がゆっくりと周囲を見渡し、私達がいる地上に目を向けてきた。


『陛下の御母上はとても苛烈なご気性の方で、ご自分の気に入らないことがあると』


 橘さんから聞かされていた話が脳裏をよぎる。

 すうっと細められる眼は、とても覚えがあるものだった。


「西の御屋敷でいい!? いいよねっ!?」


 聞いても答えがないと分かっていながら、マスコミ陣に声をかけ、彼等を西の御屋敷に転移させる。

 うだうだと当たり障りのない打開案を考えているうちに状況が悪化していくのなら、それは本末転倒だ。

 いきなり現われた彼等に西の御屋敷の人達もびっくりして臨戦態勢とってしまうかもだけど、そこは上手く話し合いで誤解を解いてもらいたい。


 断言しよう。私にそこまで考える余裕はない!


 それが何故かと問われれば。


「答えなさい」

「……えっと、それは内容によるといいますか」

「そちらの都合など聞いていないし、興味もないわ。私が聞いたことに貴女が答える。それだけでいいの。二度は言わない。分かった?」

「えぇーっと……はい」


 ひいおばあちゃんといい、菊市さんのおばあさんといい。

 厳しい口調の女の人に、私は逆らえない。


「貴女は私が誰だか知っているの?」

「……たぶん、知ってます」

「じゃあ、城の大火の件は?」

「それも聞いたことがあります」

「今は? あれからどれくらい経ってるの?」

「え? えぇーっと、確か、十年くらいだったかと」

「十年。……今の帝は誰?」

「帝様のお名前は教えてもらってなくて……綾芽と櫻宮様のお兄さんです」

「……そう」


 それから女の人は口をつぐみ、俯いてしまった。かと思えば、すぐに顔をあげ、すっと顔を前に向けた。視線の先にいるのは、例のお客様達だ。


「それで、これは一体なにごと?」


 女の人はその細く白い指で結界の外にいるお客様達を指さした。


 いけない。女の人が現れたせいですっかり後回しになっていた。先ほどのマスコミは追い払ったけど、第二第三のマスコミ陣がやってくるはず。


 考える時間も与えてくれず、女の人の眉間に皺が寄っていく。


「いいから早く答えなさい!」

「は、はいぃぃっ! えっと、私にもまだ分かりません! ここへ来たら、彼等が都へ迫ってきていたので、結界を張りました!」

「貴女が? では、彼等は貴女が呼び込んだものではないと?」

「えっ!? 違います違います! 私はただ」

「本当でしょうね?」

「……っ」


 宙に浮いていた女の人が私の眼前まで迫ってきて、じぃっと私の目を覗き込んできた。


「亡者の分際で、神の娘の意を測ろうなぞ、分不相応なものよ」


 私の口から勝手に言葉がついて出た。声音は私のものではない。

 それでも、女の人の眉がきゅっと寄せられる。


 自分の意志ではないと示すため、首を左右にぶんぶんと振った。もちろん、二の句が継げぬよう、口をしっかり両手で押さえたまま。


 それから、いつもの空腹と引き換えのようにして、強烈な眠気が突然襲ってきた。


 駄目だ駄目だ。今、眠ってしまったら、どうなるか。

 この結界は、結界の内と外にいるお客様達は、それになにより。


「……ざ、……み、さま」


 聞き覚えのある声音の主が、ここでない暗がりでうっそりと笑みを浮かべている気がした。


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