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ひよっこ神様異世界謳歌記  作者: 綾織 茅
雨降って地固まる
299/310

雨降って地固まる―4

□ □ □ □



「で、では、私達はこれで」

「あぁ。頼んだぞ」



 少女の言う通りの指示を出し、共に来ていた者達を乗せた船を送り出す。


 これで島に残るのは、私と八雲、そして今だ行方が分からない者達だけになった。一応、彼らについては、“五体満足だから問題ないよ”と、少女からのお墨付きを得ている。安心していいのかそうでないのか判断しかねるが、命あっての物種と、今はその言葉を最大限良い方向に解釈する方が精神衛生上良いに違いない。



「待たせてすまない。もう大丈夫だ。行こう」

「はいはーい」



 応急処置と称し施された何がしかの術が功を奏したのか、八雲の熱も幾分か和らぎ、呼吸もそれなりに安定していた。


 ホッと息を一つつき、身を屈めて八雲を背負い、そのまま立ち上がった。そして、いつの間にか元の幼い姿に戻っていた少女に導かれるがまま、島の奥へと続く森へと足を踏み入れていく。

 時折、地面に出ている木の根に注意しながら、少女を見失わないように前を向く。鬱蒼(うっそう)と木々が生い茂るこの森で、勝手知ったるとばかりにちょこちょこと短い足を動かす少女は、ともすれば低い草木に背が追い越され、どこにいるか分からなくなってしまうのだ。迷わないよう、見失わないようにするため、より一層気を張っておく必要があった。


 そして、気がかりなことがもう一つ。



「……軽い」



 あまり食が進む方ではないが、決して食べていないわけではないはずなのに。


 いつも体調を崩している八雲だが、滅多に外出をしないので、こんな風に背負うという経験が実はこれが初めてだったりする。あっても、肩や腕を貸すくらい。それすらも渋り嫌がるのだから、体重について知り得るのは機械的な数字上のものだけだった。だから、いざこうして実際に全体重を直に知るのとは全く違うように感じてしまう。もちろん、数字上でも八雲の身長に対しての一般的な体重には全然届かないことは間違いない。ただ、それにしても。


 屋敷に戻ったら、栄養士にもっと食事の内容を考えさせなければ。


 ……これでは、まるで骨と――。



「見た目はいまいちだけど……うん、食べてみたら意外と美味しいのかも」

「……え?」



 この場には今、私達二人と、前を行く少女だけ。八雲は気を失ったままだし、自分でない。そうなると、今の言葉は必然的に……。


 すると、少女も辺りをきょろきょろと見渡し始めた。狼狽(うろた)えた表情を見ると、どうやら少女でもなさそうだ。


 となると、……一体、誰が。



「い、いまの! わたしじゃない! ちがうから! えんざいだから!」

「あ、あぁ」



 手だけでなく頭までブンブンと振って否定するのを見ると、家で帰りを待っている息子のことが頭を過った。あの子もそうやって自分は悪くないアピールをする時がある。もっとも、あの子の場合は自分が悪くともその()があるのだが。だから、こんな時だというのに、つい苦い笑みが漏れ出てしまった。


 そのあと、少女は小声で何事か呟いていたが、それがなんと言っているのかまでは分からなかった。



「もうちょっとだから、はやくいこ!」

「あっ、おい! ちゃんと前を見て!」



 案の定、少女は振り向きざまに足を木の根に引っ掛けようとしていた。

 少しおかしなバランス感覚で、転ぶことは避けられたが、本人は目をぱちぱちと瞬いている。自分に何が起こったのかも分かっていないのかもしれない。なのに危険は回避できるのだから、やはり人外の力というものは便利というほかない。



「あ、りがとー」



 誰に向かってか、そう告げた少女は今度こそ前をしっかり見つつ歩き出した。


 しばらくすると、森の中でも少し開けた場所に辿(たど)り着いた。たくさんの木々に覆われてあまり見えなかった空が、そこだけぽっかりと綺麗にあいて見える。



「こっちこっち!」



 少女が中心に向かって指をさすので、そちらへ足を向けた時だった。


 いきなり八雲を背中から引き剝がされたかと思えば、次の瞬間、今度は自分が強い力で突き飛ばされる番だった。


 たたらを踏みつつも、なんとか振り向いて見た先には、少女とその隣に立つ見慣れぬ女性と青年の三人組が。そして、その青年によって八雲がゆっくりと地面に寝かせられているところだった。


 そのまま勢いを殺しきれず尻餅をついてしまい、状況を把握するまでの間、お互いに言葉もなく見つめあうことになる。



「……もしかして、八雲を助けるというのは噓だったのか?」

「ち……」

「嘘なもんですか。ちゃんと助けてあげてるじゃない」



 何かを言おうとしかけた少女を遮り、頬にかかる黒髪を耳にかけながら女性が答えた。その顔には薄く笑みが浮かんでいる。



「……」

「分からない? そうね。じゃあ、あと十分……いえ、この場なら五分でいいわ。それだけの時間でいいから、その結界の中で大人しく待ってなさい。貴方の望み通りの結果を見せてあげる」



 そう言われて初めて、足元がぽうっと赤く光っていることに気づいた。私がいる場所を中心に、羅針盤にも似た円状の陣が張られている。そういったものに馴染み深いわけではないが、見知らぬわけでもない。


 それに、八雲の状態もあれから小康状態を保っているように見える。


 五分だけ。

 それで望みの結果が見れるというのなら、五分といわず、いくらでも待つ。


 そのまま腰を落ち着けて目を閉じて、長いような短いような、そんな時をただ待った。


 そして、待ち焦がれたその時が訪れたとき。



「……んっ」



 八雲が意識を取り戻した。

 それだけじゃない。八雲はしばらく今の状況を把握しようとしてか辺りを見渡し、急に何かに気づいたように大きく目を見開いた。



「……息が」

「息!? 八雲、息がどうした!?」



 八雲に駆け寄ろうとしたが、赤い陣の中から出ることは叶わなかった。先に触れた手に電流のようなものが走り、無理やり足を止められたのだ。仕方なくその場に留まり、八雲の言葉の続きを息を呑みつつ待ち構えた。


 いつものように息が苦しいと続くかと思いきや、少し離れたところにいる私を呆然と見つめ。



「息が、ちっとも苦しくない」



 消え入りそうなか細い声で、口からぽつりとそう零していた。

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