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ひよっこ神様異世界謳歌記  作者: 綾織 茅
雨降って地固まる
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雨降って地固まる―3



「ねぇ、しらない?」



 重ねて聞かれるその問いに、言葉が詰まって出てこない。


 もちろん、知らないわけではない。

 自分の一部となった臓腑が、一体どこから手に入れたものなのか。問いただした時の両親のなんとも言えないあの表情。それがどうしても気になって、大人になって調べたことがある。

 その時知った、国民には徹底的に伏せられた事実とそれに伴う負の歴史。自分がこの歳まで生きることができ、妻や子供まで得ることができたのが、一体どこ(・・)の誰のおかげなのか。自分が何を犠牲にして何を得たのか。


 知らず伸びていた胸の辺りを掴む手が、服にいくつも皺を作る。



「……」



 少女はじっと見続けてきた。


 何か答えなければ。でも、一体何を?


 そのままどちらも黙っていると、ふいに、少女がさっと背後に顔を向けた。



「……なぁんだ。みんな、そこにいたの?」

「……っ」



 堤防に座り、魚釣りをする者。荷車をひき、野菜を運ぶ者。身軽な恰好でランニングをする者。笑みを浮かべ談笑する者達。

 今の今まで絶対にいなかったはずの人間が、まるで普通に生活しているかのような姿でそこにいた。



「おじさんたちがつれてかえってきてくれたの? ありがとう!」

「……え? あ、いや、ちが」

「だって、そうでしょう?」



 少女が私の足元までやってきて、見上げてくる。

 思わず後ずさったが、そのまま距離を詰めてきた。



「それとも、また(・・)奪いに来たの?」

「……っ!?」



 そう問う少女は幼くなどなくて、十五、六あたりの姿にとって変わった。

 そして、気のせいなどでなければ、こちらをじっと見つめてくる瞳孔が開いて見える。



「いいよ」

「……は? え?」

「いいよ、奪っても。でもね、奪ってもいいなら、奪われてもいいんでしょう? その覚悟が、貴方達にもあるってことなんでしょう? だからね、いいよ」

「……」

「でもその代わり、私ももらうね?」



 たくさんの視線を感じ、そちらを見る。先ほど突然現れた、かつてここで暮らしていたと思しき者達が皆、こちらをじっと見つめていた。いや、正しくは、こちらを射殺さんばかりに睨みつけていた。



「国を奪われた!」

「家族もだ!」

「国の至宝もよ!」



 少女はその叫びを聞き届け、うんうんと頷く。そして、すうっと細めた目を向ける方角には、海を隔て、都がある。何も知らずに生活している妻や子がいる。



「……あぁ、そういえば、まだ聞いてなかったなぁ。ねぇ、おじさん達、ここには一体何しに来たの?」



 今までのことで、少女が人間でないことは明白。そうなると、この言葉は最後通牒に等しいだろう。返答次第では、同等のものを奪って見せる、と。


 八雲もそれが分かっているのか、いくら大人しくさせられているとはいえ、黙って話を聞いていた。


 嘘をつくこともできないし、ついてはならない。自分達には、正直に答える以外の選択肢は残されていなかった。



「……花を、百年に一度咲く花を、探しに来ました」

「そう。それで? その花を使って何をするつもりだったの?」

「それは……」



 八雲の方をちらりと見て、また視線を少女の方へ戻す。

 しかし、またすぐに八雲の方へ向けなければならなかった。



「おいっ、大丈夫かっ!?」

「……っ」



 今まで大人しくしていたのは、何も少女にそうさせらていたからだけではなかったらしい。確かに、もともと体調も悪かった。

 急いで八雲の身体を支え、額に手を当てる。沸かしたばかりの湯を注いだ湯飲みに触れたような熱さが、すぐに手に伝わってきた。苦しげな吐息も間隔がまばらで、急に止まってもおかしくない気すらしてくる。


 薬を飲ませ、できる限りの対処をするのを、少女がじっと見つめてきた。

 その視線にはもちろん気づいていたが、今はそれどころではない。



「ねぇ、助けたい?」

「……あぁ。あぁ、もちろん!」



 八雲の容態に気を取られていたせいで、一瞬、少女の言葉に理解が及ばなかった。しかし、脳が言葉を反芻(はんすう)し、理解が追いついて。八雲の身体を支える腕をそのままに、少女の方へ前のめりになった。



「……助けてあげてもいいけど、条件があるの」

「なんでもいい! なんでもする!」



 先ほどまであんなに警戒を怠らず、注意深く接していたというのに。


 八雲の――主であり、手のかかる弟のようであり、幼い頃からの大切な友人である八雲が、すぐに行ける病院もないところで苦しんでいるとあっては、他に何を心配すればいいのか。注意を向ける方向すらも上書きされてしまう。



「そう。じゃあ、まずは」



 少女の言葉を一言一句聞き漏らさぬよう、食い入るように口元を見つめた。

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