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ひよっこ神様異世界謳歌記  作者: 綾織 茅
雨降って地固まる
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雨降って地固まる―1

◇ ◇ ◇ ◇



 この島に、朝日が昇る。


 来い来い来い。早く来い。


 気持ちばかりが前のめりで、肝心の船影はまだ見えてこない。

 劉さん達が流した噂のおかげで、ここら一帯を通っていた漁師の船はめっきり寄り付かなくなっていた。だから、船影が見えるとすれば、それは間違いなくお目当ての人物達を乗せた船だ。



「こい〜こい〜はやくこい〜」

「それ、別のもん呼び寄せそうやん」

「……え?」



 浜辺で海に向かって仁王立ちし、両方の掌を上に向け、指を手招きするようにバラバラと動かしていると、後ろから不穏なことを言う綾芽の声が聞こえてきた。


 綾芽は階段を上がったとこのコンクリの上に腰をおろし、いつものように欠伸を噛み殺しながらこちらを見ている。否、見ている、というより見張っている。


 振り返らずとも分かる。きっといつもみたいに私を怖がらせようと……してないの!? めっちゃ真面目な顔してるやん!



「なに? その顔」

「えー、いやぁ、えー」

「海はなぁ、昔から仰山海難事故とかあるしなぁ。陸に上がりたいけどどっちに行けばえぇのか分からへん。そんな奴らが今も助けを待っとる。君がそいつらを別件で助けたい言うんならそれはそれでかまへんと思うけど、おと……パパさん呼ばなあかんやろなぁ」



 なるほど。確かに、別口でこの島にご招待してしまうところだった。

 困ってる可哀想な幽霊達を助けること自体はやぶさかではない。大丈夫。幽霊怖くない。ちょっと克服できてきた。だけど、今はちょっと待って欲しい。


 そんでもって、絶対に言っておかなばならぬことが一つだけ。


 ──なんでパパさん言い直したん。



「そうそう、幽霊は友達やんなぁ。でも、そう言いつつこうやっていそいそと隣に来る君も可愛()いらしいなぁ」

「ちがぁうっ!」



 それから、私の肩を誰かがつんつくと突くまで、延々と綾芽に文句を言ってやった。ぴったりくっついて座っていた私も綾芽も、その誰かの方を揃って振り返る。



「……かおるおにーちゃま?」

「ん」

「ん?」



 それだけ言って薫くんが指さす方に視線を向けると、砂浜の隅の方で何やら見覚えありまくりの後ろ姿が縮こまって砂浜に何か文字を書いていた。見えないけど、たぶんあれは“の”の字だろう。



「とまぁ、あれは置いといて」



 あ、置いとくんだ。


 初めに会った時からおかしかったアノ人に、薫くんの対応もとうとう放っておくところまで来た。神の威厳とは一体。


 ……ま、私も置いといてに賛成一票!

 だって、食事作りに忙しい薫くんがここに来たってことは。



「朝食の準備ができたよ。陛下も橘さんも待ってるから」

「やったぁー!」



 腹が減っては戦はできぬ。


 自主的見張りの役目は一旦返上して、皆が食事を取ってる場所まで走った。


 大鍋から取り分けるので、ないとは思うが念のため最初のグループにはならなかった帝様達が私が来るのを待っていてくれた。本来ならば一番先に用意される帝様は、皆が美味しそうに食べる姿をニコニコと穏やかに笑って見ていた。



「おまたせしました!」

「おぉ、来たか。……綾芽はどうした? 一緒じゃなかったのか?」

「彼は元々朝をしっかり摂る方ではないので、握り飯をいくつか渡しておきました」



 私の後ろからあまり変わらぬ早さで追いかけてきた薫くんがそう言うと、帝様は「そうか」と、ちょっと残念そうに笑った。一緒にご飯を食べられることを期待していたんだろう。


 と、ここでもう一人、帝様の兄弟が欠けていることに気づいた。



「どうしました?」

「さくらのみやさまは?」

「あぁ……あ、ほら、あそこに」



 橘さんが指差した方に、少しばかり人集りができていた。

 一緒にやってきた島の人達が櫻宮様を取り囲み、和やかに話をしているみたい。櫻宮様はなんというかちょっと戸惑ってるみたいだけど、席を立ったりせず、黙っているか時折一言二言言葉を交わしている。なんか、おじいちゃんおばあちゃんの寄り合いに混ぜられて所在なさげにしている孫、そんな感じ。



「そっかそっか」

「さぁ、次が待っていますから、いただきましょう」

「あい!」



 持ってきたキャンプ用のテーブルに朝ご飯がもう準備されている。今日の朝は炊き込みご飯にけんちん汁、魚のホイル焼き等々。

 席につき、アルミホイルを開けてもらうと、焼き魚のいい匂いが……。



「くぅー! たまりましぇん!」

「ほぐしてあげますから、少し待っていてくださいね」

「あい。ありがとございます」



 フフフフーン。たまにはこうして野外で食べるのもアリだなぁ。


 そう言えば、まだ三月前なのに、そんなに寒くない。一応、風邪をひかないようにって厚着してるけど、そこまでモコモコなわけでもない。



「ここが元々温暖なのと、彼らのおかげでしょう」

「彼ら?」



 鮭の身をほぐしながら、橘さんが他所を向く。私もその視線の先を追った。



「あっ! ちはやさまだーっ! おーい!」



 椅子から立ち上がり、少し離れたところにいる千早様と鷹さん、リュミエール様に向かってブンブンと手を振った。

 まだいただきます前だからセーフかなとも思ったんだけど、千早様的にはアウトだったらしい。こちらを向いて、黙って人差し指を振り下ろす。黙って座れ、ってことだ。



「……はーい」



 大人しく言われた通りに……言われてないけど、その通り従っておく。

 千早様まで来てくれたのなら、もう百人力、いや千人力だ。



「さぁ、できましたよ」

「ありがとうございます!」

「では」



 帝様が手を合わせる。私も、橘さんもそれに続く。



「いただきます」

「いただきます!」



 寒くないとは言ったけど、やっぱりけんちん汁の温かさが身に染みる。さらに、橘さん達の分はそこそこ大きな具も、私の分は私サイズにカットされている。ホイル焼きの鮭も、いい具合に焼けていた。塩加減は海辺だからか控え目で、これまたいい塩梅(あんばい)だ。炊き込みご飯? 言うに及ばず。


 二十分ほど、この遠く離れた土地での初めての食事に腹鼓を打っていると、海岸線を見張っていた人がこちらに駆けてきた。



「例の船、あと十数分で到着です」

「なんと!」



 来た来た来た! やっと来た!



「よおぉーしっ! ……っとと、ごちそうさまでした!」

「あっ! 雅さん! あんまり急ぐと」

「ころばないようきをつけまーすっ!」



 後ろからかけられる橘さんの心配する声に、少し振り返って手を振りながら答えた。そして、答えてすぐ。



「……」



 ……痛い。足がもつれた。痛い。

 幸い、掌以外は無事だけど、痛い。



「……なにやってんの」

「ぢ、ち゛はやざまぁー」

「ほら、早く見せて」

「んっ」



 呆れたような口調で、実際呆れてるんだろうけど、それでも千早様が傍に来て治してくれた。自分でもできるけど、それでも自分でやれと言わずにやってくれた。

 やっぱり、千早様はなんだかんだ優しい。



「ほら、泣かない。君のお父上も来てるんだから、君が泣いてると、最悪、この島が跡形もなく消える」

「それはだめっ!」



 ゴシゴシと、ちょっぴり出かけていた涙を拭い去る。

 それはない、と言いたいけど、アノ人に限って言えば、あるかもしれない、にとって変わる。


 頬をパンパンっと軽く叩いて気を取り直し、私にできる安全性を保った上での全速力で船影が見えたという浜辺まで急いだ。

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