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ひよっこ神様異世界謳歌記  作者: 綾織 茅
花ぞ昔の香に匂ひける
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花ぞ昔の香に匂ひける―9

 連れてこられた時同様、女の人に送り届けられた私達。

 待っていたのは、待ちぼうけを食らわせてしまった東の皆と僅かばかりの案内役のこの島の人達、それから……。



「えっと、そちらは?」

「んふっ。お友達」



 どこからか持って来た椅子に腰かけ、肘かけに肘をつくリュミエール様がその形の良い唇で(ほの)かに弧を描く。その足元には、お友達と称されるにはなかなか納得というか理解し難い格好で地面に転がされる若い男の人が一人。


 夏生さんが周囲に視線を巡らせると、綾芽の部下である白戸さんがさっと寄ってきて二人の方に目を向けた。



「夏生さん達が連れて行かれて少し経った後、急に襲われて。そこを彼女達が」

「達?」

「俺達だ」



 声が上空から降ってくると同時に、一陣の強い風が吹いた。上手いこと風の軌道を調節してくれたのか、砂浜が近いけれど砂埃(すなぼこり)が舞い上がることもない。


 黒く大きな翼をたたみ、リュミエール様の背後に並び立ったのは何度か会ったことのある……確か、鷹と呼ばれていたっけ。その人と、若干お疲れ気味の奏様だ。



「まったく。こっちの話を一切聞かず、片っ端から森に引き()り込むだなんて無茶苦茶しやがる」

「みんな無事か?」

「あぁ。ちと吸われちまった奴は奏が」

「星鈴」

「……星鈴が診たから問題ないはずだ。だろ?」

「えぇ。軽症者は雅ちゃんが戻ってきてからにしようかとも思ったんだけど」

「んなの、待ってねぇでとっとと治療してやれって言っといた」



 鷹さんが親指でクイクイッと指す方を見ると、数人、地面に背を預けあって座り込んでいる。少し顔色が悪い気がするけど、身体の方はこれといって悪いところは見当たらない。


 すると、海斗さんがつかつかと鷹さんに近寄っていき、ガッと肩を掴んだ。そして、小さく、けれど力強く頭を垂れる。それに鷹さんも海斗さんの肩をポンポンと軽く叩くことで返した。海斗さんは奏様にも顔を向けたけれど、奏様は海斗さんが何かアクションを起こす前に片手でそれを制した。そして、そのままその手で私に向かって手招いてくる。


 海斗さんの部下のお兄さん達、みんな助けてくれてありがとー!


 そんな意味もこめて、てててっと駆け寄ってぎゅっと抱きしめた。


 奏様の口から「はぁ、身に染みるー」なんて言葉が出てきたけど、どこかケガしてる? 大丈夫?



「で、そこのオトモダチさんって、一体どこのどちらさんです?」

「ここの神様」

「「え?」」

「だから、ここの、この島に古くからいる神様、よ」



 言い直されても、皆の反応は変わらない。それどころか、夏生さんは頭を抱え出した。



「悪い。状況把握したいんだが、情報量というか一つの情報の容量がでかすぎて頭に上手く叩き込めん」

「だろうな。えぇっと、つまりだな」



 見かねた鷹さんが今の状況をかいつまんで説明してくれた。

 それをさらにかみ砕くと、私達が連れていかれた後、島の人達と皆が一緒にいるのを見た神様が、島の人達を助けるために(つた)を使って皆だけを森の中に引きずり込もうとしていたところ、奏様達が助けに入ってくれて、神様を一旦捕縛し、今ここに至る、と。



「……なるほど」

「なるほどて。それでなんでオトモダチになるん? ていうか、そもそもオトモダチの意味、自分らと一緒なん?」

「あら、一緒に楽しく遊んでくれる子のことをお友達って言うんでしょう? ね? お友達で間違いないわ」

「……ひっ!」



 神様の頬にすっと手を伸ばし、ねぇ?と首を傾げるリュミエール様。それに息も絶え絶えとばかりに引き()った顔で距離を取ろうともがき続ける神様。


 うぅん。残念だけど、私の知ってる“お友達”と違う。でもまぁ、本人としては本当に楽しく遊んだだけの感覚なのかもしれない。だって、神様が(おび)えるたびに不思議そうな顔をして小首を傾げているんだもの。


 そんな状況に、優しい橘さんが心を痛めないわけがない。神様の前で腰を落とし、手を差し伸べる。



「あの」

「……あぁ、戻ってきた! 戻ってきたんだね!? 良かった。……いや、良くない! 良くないよ! 今、ここは世界一危険な存在がいる場所に」

「それ、本当?」

「ひいぃぃっ!」

「困ったわ。私、ここに住む人間達を(かくま)わなければいけないの。そんな危ないのがいるなら先に対処しておかなきゃ」

「あ、ああっ、あな……っ!」

「あ、あのね」

「ん? なぁに? 雅ちゃん。あなたも混ざる?」

「いや、ちがくて、その」



 ほんとに違うんです。遊びたいのはやまやまだけど、今じゃなくて、ですね。


 私の視線の先を辿(たど)った鷹さんが私達のやりとりを心配そうに見ている島の人達を見つけ、リュミエール様に視線を落とす。すぐにその黒い翼を片方大きく掲げ、リュミエール様と神様の間の目眩(めくらま)し役をかって出てくれた。それに対してリュミエール様から抗議の声が上がるけれど、当の鷹さんは気にした様子はない。鷹さんから目配せされた奏様がリュミエール様に何事か(ささや)くと、リュミエール様は途端に満面の笑みを浮かべて口を(つぐ)ませた。


 この隙にとばかりに、橘さんが神様の前で拝謁の姿勢をとる。いつの間にか、菊市さんも橘さんの後ろに同じ姿勢で控えていた。



「この島を、今も変わらずお守り頂いていること、今は亡き故国の王太子として、望外の喜びにございます」

「そんな……そんなこと……うん。うん、私はね、お前達がいつか戻ってきてくれると信じていたよ。……ただ、お前達と一緒に来た客人の中にはいくらかこの場に相応しくない者がいるようだけれど」

「彼らは私が招いたのです。この国を取り戻す手伝いをしていただくために」

「……」

「……例の花を探しに来る一団がもう日を待たずやって来ます。どうか、その一団には御手をお出しなさいませんよう、伏してお願いいたします」

「……なぜ?」

「それは」

「なぜ、お前がそんなことを言うんだい? 他でもない、お前が。……あぁ、言わされているんだね? その、あの国の王の血を引く男と、その王に瓜二つの顔を持つそちらの男に」

「いえ、いいえ! 彼らは何も! 私が自分の意思でこれからの計画に乗りました。その計画をつつがなく成功させるには、貴方だけでなく同時に彼らの協力も必要になってくるのです」

「うんうん。分かっているよ。長いことあちらに捕らわれていたせいで、自分の意思が誤っている方に(かじ)取りされても気づかなくなっているんだね。かわいそうに」

「ちっ、ちが……っ!」

「安心をし。お前達が帰るべきところは私がちゃんと守ってあげるからね」



 ほーら、出た! ここでもかっ! 神様の、人の話を全く聞かない悪いとこ! 


 なんだろね? 神様がかかわる場では一回はこれ挟むお約束でもあるんかな?

 正直、ここまでくると神社に来る参拝者達の願い事にどうやって耳を傾けているのか、気になって気になってしょうがない。



「一つ、良いだろうか」

「……なんだい? 自分だけは生かして出してくれとでも言うつもりかい?」

「いや、そうじゃない。むしろ逆だ。この計画がもし万が一、億が一失敗することがあったとして、その時は私を如何様(いかよう)に扱ってくれても構わない」

「なっ!」

「陛下っ! なんて事を!」

「その代わり、その身に満ちる怒りを一時ばかり収めてほしい。私達は貴方と争いに来たわけではない。そのことを分かってほしい」

「……そんな必要がどこにある? 何故、奪われた側が奪った側の気持ちを慮る必要が? 善意のつもりかもしれないが、向ける相手を間違えればそれはただの自己満足にしかならないと、何故分からない?」



 神様は、ぎりっと歯を強く噛みしめた。握り込んだ拳も微かに震えている。



「それもそうよねぇ」

「おい、きたぞ」

「リュミエール様……」



 奏様が眉間をおさえ、天を仰いだ。

 リュミエール様は椅子から立ち上がり、私達の周りをフラフラと歩きまわる。そして、最後に神様の前に立ち、勢いよくしゃがみ込んで神様と視線を合わせた。そしてニコリと笑う。



「でもよく考えてみて? 奪われたのなら奪い返せばいいじゃない。こちらが慮るんじゃなくて、あちらに思い知らせるのよ。人間風情が思い上がるなってね」

「おい」

「大丈夫。貴方は人を殺さないし、傷つけない。自らやってくるんだもの、不干渉の院則も気にしなくて大丈夫よ。さっきみたいに、ちゃんと星鈴が治療してくれるから。死ななければ、傷さえ残らなければ、それはやってないことと同じでしょう? 貴方はただ奪われたものを取り返すだけ。ね? 悪いのは人間で、私達じゃない。でも、すぐはダメ。当事者たる彼らにも花を持たせなきゃ」

「……」

「だから時が来るまでは私と一緒に傍観役に回りましょう。私の出番は異界に隔離した後だから、それまで暇なの。なんならその間、私と遊んでくれる?」

「え、遠慮する! ……この島や彼らを害するようなら、すぐにでも実力行使に出るからそのつもりで!」



 捨て台詞にしては妙に使い古された感がある言葉を言い残し、神様は姿を消した。「ざーんねん」なんて言っているリュミエール様も本心からではなさそうだ。


 ……んん? んんんっ?

 これってその、いわゆる結果オーライ? リュミエール様の言葉に半分以上本気具合が垣間見えたけど。でもでもっ、神様も一回退いてくれたってことでいいんだよね? ね? やったじゃん!



「あの、今後、この子にそちらさんの倫理観を教えてもらう時は一回自分ら通してもろてもええですか?」

「だな! それ賛成! いいか? チビ。絶対に一人っきりで道徳の授業は受けんじゃねぇぞ?」

「あ、あい」



 綾芽と海斗さんの保護者二人に否を言わせない圧を感じる笑みを向けられれば、返事は一択。はい、のみだ。奏様も力なく数度頷いて承諾の意を示してくれた。


 神様が姿を消したのを見て、皆も本来やるべき仕事に取りかかり始めた。思わぬ形で二度も時間を取られてしまったけれど、相手は待っちゃくれない。作業はこれから急ピッチで進められることになるだろう。


 私も準備の段階ではリュミエール様と一緒で何もすることがなく、手持ち無沙汰になる。とはいえ、皆がバタバタと働いている時に何もしないでいるのも気分的にあまりよろしくない。


 ふと、島の奥に島が全体的に見渡せるような場所があるのが見えた。

 きっと姿を消した神様も私達の動向をどこかで観察しているはず。それにあそこはうってつけの場所だろう。

 あそこに行くには……ちょっと迷惑かもしれないけど、聞いてみるだけ聞いてみよう。駄目だったら自力でなんとかだ。



「……あのぅ」

「あ?」

「ちょっとおねがいごとが」



 リュミエール様が何かしでかさないよう見張っているらしき鷹さんの服の裾を掴み、目当ての場所を指し示す。そこに連れてってほしいのだと言う私に、鷹さんはすぐに行動に移してくれた。

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