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ひよっこ神様異世界謳歌記  作者: 綾織 茅
花ぞ昔の香に匂ひける
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花ぞ昔の香に匂ひける―5

◆ ◆ ◆ ◆



 お互いに対して正直に、か。

 雅も一等難しい条件をつけてくれたものだ。


 綾芽は不機嫌なのを隠そうともせずにあぐらをかいた脚を揺すっているし、櫻宮は俯いたまま顔を上げようとしない。



「ほな、とっとと済ませましょ。お互いに正直に、でしたっけ? 言うても、自分はなぁんも溜めてなんかあらしまへんけどなぁ」

「私も、お前達に対しては」



 ない、と続けようとした時、それまで俯いていた櫻宮が勢いよく顔を上げた。キュッと引き結ばれた唇に、細い眉も寄っている。癇癪(かんしゃく)を起こす前のいつもの表情だ。



「なんで!?」

「は?」

「なんで私があんなこと言われなきゃいけないの!?」

「……」



 あんなこと? とは?


 綾芽を見るが、やはり見当がつかないのか、怪訝(けげん)そうにしている。頭に疑問符を浮かべたままの私達を置き去りに、櫻宮は叫び続けた。



「先に嘘をついたのはあんた達じゃない! なんで私が聞き分けの悪い子供みたいに思われなきゃならないの!? 代わり? 冗談じゃないわ! 私は嘘も嘘を吐く奴も大嫌いなの! もううんざりなのよ! 嘘とか打算とか建前塗れの人間の(てのひら)の上で踊らされるのも、ちらつかされては奪われる自由ってやつにも! 誰かに都合よく敷かれたレールを歩かされるんじゃなくて、私が!選んだレールを歩きたいの! そもそも! ずっと一緒だと言ったその口で数年後にはあっさり私を置いて一人で出て行ったり、遊学とかもっともらしい理由をつけて外国へ追い出したり。そうするほど私のことが邪魔なら、あの日、宴に連れて行ってくれれば、母様と一緒に……っ!」



 パンっと、乾いた音が鳴る。

 気づいた時には、伸ばした手が櫻宮の頬を打っていた。

 私より近くにいた綾芽には止めることもできただろうに、そうはせず、黙って座っている。ただ、膝を揺するのはいつの間にかやめていた。



「……なに、するの?」

「お前があまりにも愚かな事を口走るもので、つい。だが謝りはせぬ」

「謝る価値もないってわけ? どこまで私を馬鹿にしたらす……っ!?」



 櫻宮は頬を押さえ、私を睨みつけようとしたが、言葉と共に不発に終わった。その代わりに、どこか(おび)えるような表情を浮かべている。

 この部屋に鏡の類は置いていない。今、自分がどんな顔をしているか、自分自身でさえ分からないが、怒りとは果たしてここまで身体の芯を冷えさせるものだったのか。てっきり逆だと思っていたのだが、不思議なものだ。



「お前は……お前達は何も知らないし、関係ない。全て私と橘に任せておけばいい。そもそも、どうしてこんなに早く戻ってきた? 予定ならあと二年はあちらにいるはずだろう」

「だ、から……もううんざりで」

「まったく。とにかく、ここを出られたらすぐにお前があちらへ戻れるよう手配する。……あともう少しなのだから、邪魔をせず、大人しく待っているように」

「……っ」



 櫻宮は言葉を詰め、口をつぐみ俯いた。その様子をじっと見下ろす。


 体型は元々小柄であったし、喉の病気だとあらかじめ偽っていた声変わりも、人前にあまり出さず、変わってからもすぐに外に出した。その甲斐(かい)あって、今も女にしては低い声だくらいに誤魔化せている。だが、それもいつかは無理が来る。首元の喉仏をずっと隠し続けられるわけもない。



「何も知らんと外野に回されるのは気分えぇもんやないですけど、まぁ、概ね同意ですわ。自分も邪魔しません。今はね」

「なんだか含みのある言い方だが……まぁいい。どうだ? まだダメか?」



 綾芽が障子に手をかけ、横に引いたり押したりするがビクともしない。溜息と同時に肩を(すく)め、首を左右に振った。



「やれやれ。……雅、そろそろいいだろう? 出してくれないか?」



 けれど、外からは返事どころかなんの音も聞こえない。先程までは会話できていたのだから、お互いに聞こえないというわけではないだろう。


 と、いうことは。



「……はああぁぁぁっ。また誰かについて行ってしもた違いますか? まったく、こっちの気も知らんと……あ」

「ん? なんだ?」

「自分、夜はえぇ肉食べとうてたまらへんなぁ」

「は?」

「……お互いに対して正直になるまで。正直になるのは何もお互いそのものに対して思てる事じゃなくても構わへんと違いますか? なにせ、ほら、正直に嘘偽りなく(・・・・・・・・)肉食いたいな思てお互いに対して(・・・・・・・)言うてますし。正直に明かしてますやん?」

「……な、るほど。アリなのか? それは」

「まぁ、何事もやってみなあかんかなと。……自分ら、言いたないこと、仰山腹ん中に抱えてますやんか」



 耳元で(ささや)かれる言葉に、綾芽の方へチラリと一瞬視線を向ける。綾芽は目を細め笑っていた。橘もよく見せる、内心を他人に見せない者が浮かべるソレだ。



「……私、は……お前達のことを大事な弟だと思っている」

「……この部屋に、貴方の弟はいはらしません。()である櫻宮と、東の一隊員。それだけです」

「……嘘つき。みんな大っ嫌い!」



 綾芽を突き飛ばした櫻宮の伸ばした手が障子にかかる。今度は今までの奮闘がなかったかのようにすんなりと開いた。



「……そうはならんでしょうよぉー」



 開いた瞬間、部屋の前で雅が頭を抱えて(うずくま)っていた。


 だから言っただろうに。私達はお前が思うような関係にはなれないのだと。

 どこかに行ったものとばかり思っていたが、どうやら頭を抱えてそれどころではなかっただけらしい。



「さくらのみやさまはかんぺき! みかどさまも、あやしかったけど、さいごはおっけー。……あやめぇー」

「え? 自分、ちゃあんと言うたやん。それに、自分も肉、嫌いやないやろ?」

「すきだよぉ! すきにきまってるよぉ! おいしいものだいすき! だいすきだけど、そうじゃない、そうじゃないんだよぉー」

「おにぎりん中に梅干しでも入っとったん? そないに顔、くしゃくしゃしてしもて」

「はいってないよ。うめぼしじゃなくて、しおむすび。……じゃなくて! なんではなしをはぐらかすのさぁー! いつもはひとこといっつもおおいのにぃー」

「あー、はいはい。今日は昼寝してへんからお眠なんやな。はよ部屋行ってお昼寝しよか」

「やーだぁー。はーなーしーてー」

「おーおー。よく伸びる伸びる。ちゃあんと掴まらんと、落ちてしもても知らへんよ」

「やーだぁー」



 綾芽に抱き上げられた雅が、骨を持たない軟体動物並みに背をそらしている。そして、そのままの体勢で部屋に連れて行かれた。

 冗談混じりで綾芽は言っていたが、雅が座っていた横には大皿が残されていた。この大皿に乗せられていたおにぎりを平らげたのであれば、それは眠くもなるだろう。事実、後半、言動が幼返りしていた。



「なんで、あの子にはあぁも優しくしてるのに」

「……お前のアレに対する言動を振り返ってみるがいい」

「だって、あれは……っ!」

「お前はいつも人が人がなのだな。そういうところは早く直せ」



 綾芽のお前に対する態度はそれだけが理由というわけじゃないと思うが。まぁ、この部屋の中で本人ですら語らなかったことを、わざわざ私の口から語ることもない。


 髪をかきむしり、顔を伏せる櫻宮を置いて部屋を出る。すると、神妙な面持ちの橘が廊下の角から姿を見せた。



「このままにしておいてよろしいのですか?」

「あぁ、構わない。せっかく来たんだ。夏生達の所へ寄って行こう」

「……はい」



 待ってくれ。お前がそんな顔をするんじゃない。お前が、そんな顔。

 ただ、あの時の約束を、望みを果たしたい。ただそれだけだ。お前が気に病むことなんて何もない。何も、これっぽっちも。

 だから、お前が今言わんとしていることは、どうかそのまま口に出さないで欲しい。お前は私の一番の親友(りかいしゃ)。そうだろう?


 橘はそんな私の考えが分かったかのように、ぎゅっと拳を握り、背を向けて前を歩き出した。


 最後に一度、閉めた障子を一瞥(いちべつ)する。



「……嘘など、ついているものか」

「陛下?」

「あぁ、今行く」



 先を行く橘が振り返り、それに応えてその場から離れた。


 部屋を訪れた私達を見て、夏生達は妙な表情を浮かべたが、それも一瞬だったので気にする程でもない。

 あえてかどうかは分からないが、話は日常的なものに終始した。専ら綾芽と雅のこと。あの二人は、本当にここで伸びやかに健やかに暮らせている。


 出された玉露の味が、いつもよりなお良いものに思えてならなかった。

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