負けず嫌いは勝利の秘訣―1
その日、屋敷に激震が走った。
「今年の四季杯はもらったぁ!!」
縁側で綾芽とオセロをしていたら、そんな雄叫びが玄関の方から聞こえてきた。
この元気な声は紛れもなく海斗さんのものだ。
しきはい?って競馬とかで聞くなんとか杯ってのと一緒?
博打か何かに手を出したのかなぁ?
そんなに大きな声だしたら夏生さんにも聞こえるだろうに。
そんな私の想像を他所に、綾芽もしみじみとした表情で盤上のコマをひっくり返した。
「もう四季杯の時期なんやねぇ。去年は散々な結果やったけど……ほい、君の番やで」
「ぐぬぬ」
綾芽、子供相手に容赦ない手を打ってくる。
どうにかこのツキノワグマな色彩の盤上をせめてパンダに持ってこなければ……うぅむ。
「えーイヤだよ。僕、そういうのに興味ないんだから」
「そう言うなって。お前だって、去年のあの引き分け試合悔しいだろ?」
「僕は別に。全然興味なかったし」
「そう言わずにさ。……おっ、いいところにチビいるじゃねぇか!」
今日のご飯に使うのだろう数種類の野菜を乗せたざるを持った薫くんと、つきまと……一緒に海斗さんが庭を歩いてきた。
「なぁ、チビもこいつに言ってくれよ。四季杯に出てくれってさ」
「しきはいってなに?」
「おっと、そういえばそこからだったな」
海斗さんは縁側に腰を下ろし、手に持っていた一枚の紙を広げて見せてくれた。
えっと、なになに?
「へぇー。今年は料理対決なんや。しかも一般隊員も全員参加型。これは去年よりか盛り上がるかもしらへんなぁ」
「そうなんだよ! あのな、俺達と他の拠点三つを合わせて四つ。その他の拠点の奴等と年に一回交流の意味も兼ねてイベントがあんだよ。んで、なんで四季杯っていうのかってーと、春夏秋冬を城を中心にして各拠点がある場所をその季節に見立ててんだ。それぞれに所属する奴等が参加するから四季杯。ちなみに、ここは東にあるから春だな」
「ふぅーん」
そういえば、ここのことあんまり詳しく聞いてないなぁ。
まぁ、暮らしていくのに何の不都合もないから、いいっか。
でもって、今回のその四季杯っていうのが料理対決でみんな参加できるっていうなら……美味しい物いっぱい食べられる?
じゅる。あ、いかん。よだれが。
「よっしゃ、釣れたな」
横で海斗さんが何か言ってるけど、無視だ無視。
「かおるおにーちゃ、さんかしないんでしゅか?」
「……しないよ」
「どーして?」
「……どーしてって」
じっと上目遣いで薫くんの目を見た。
わざとじゃないですよ?
座ってる私に対して薫くんが立ってるから必然的に上目遣いになるだけで。
えぇ、決して美味しいものを食べられるなら、薫くんのものも一緒に食べられたら幸せー、とか思ってませんよ? えぇ、思ってません。
薫くんは眉をしかめ、酷く憂鬱そうな表情を浮かべた。
「……ただでさえ毎日大変なのに、これ以上仕事を増やすバカにはなりたくないね」
「なら、わたしもおてつだいしましゅ」
「チビ、いい? 僕は面倒ごとは嫌いなの」
絶対に譲らない気概さえ感じられる重さのある低い一声だ。
こりゃダメですな。諦めるしかない。
まぁ、別に薫くんのご飯だけでも美味しいから十分だし。
そのまま薫くんは沓脱石で靴を脱ぎ、縁側にあがって厨房の方へ行く曲がり角を曲がろうとした時だった。
「へぇー。じゃあお前、逃げんのか? 他三つの料理番から」
「……なんだって?」
「だってよぉ、他のとこの奴等は絶対料理長を選出してくるぜ? だって自分らのとこの威信がかかってるもんなぁ。特に去年俺らと引き分けて優勝を逃した西んとこは必ず。それなのに、お前は出たくないって言うんだろ? それじゃあ、敵前逃亡もいいところじゃねぇか」
あわわ! 海斗さん、そんな風に薫くんに言っていいの!?
案の定こめかみに青筋を浮かべた薫くんが踵を返して戻ってきた。
「もう一回言ってみなよ。僕が、なんだって?」
「おう、何回だって言ってやるよ。お前は敵前逃亡も辞さないヘタレだってなぁ」
「……もし、僕が優勝したら?」
「正確に言えば俺らが優勝したらだけどな。そこんところは今は置いといて、なんでも言うこと一つ聞いてやるよ」
「へぇー……二言はないね?」
「男に二言はねぇ!」
あぁ、もう。海斗さんてば自分でフラグ立てちゃったよ。
綾芽はというと、面白いことを聞いたとばかりに目を細めている。
こうなった綾芽に止める気は皆無だ。
その後、その日の夕食の時間までに薫くんが今回の四季杯に出るという情報が屋敷中に知れ渡った。
犯人はもちろん綾芽と海斗さんだ。
可哀想なのは超絶不機嫌な薫くんの下で働く料理人さん達。
後で胃に効くおまじない、してあげますね?