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ひよっこ神様異世界謳歌記  作者: 綾織 茅
花ぞ昔の香に匂ひける
289/310

花ぞ昔の香に匂ひける―4

□ □ □ □



 それから半日。

 お昼ご飯を食べ終わり、お腹もくちくなった。


 いつもなら食後の散歩に出かけた後のお昼寝コースだけど、今日は違う。

 

 櫻宮様の隙を見て、首尾よくコトを成功させるための準備も済ませてある。そして、とある協力者の根回しによる、さる御方の到着も確認済み。


 その、さる御方にして最後の一人──帝様を部屋に案内する。障子を開けると同時に背を押して、間髪入れずにまた障子を閉めた。

 若干、中からおどろおどろしい気配が漏れ出てきた気がするけど、あえて気づかないフリをする。ここ大事。試験には出ないけど、生きていく中ではなかなかに重要な知恵なので。


 ともあれ、これで今回の主役がみな出揃い、準備も万端。完璧だ。



「ふっ、ふはははははっ! だぁいせいこぉーぅ」



 縁側の天井を見上げ、誰もいない空間に向かってピースサインをかましてみた。

 肝心なことは何一つ終わっちゃいないけど、前段階ともいうべき場を整えるところまでは頑張った。私の中ではもう十分大成功だって胸を張って言えちゃう。


 だって、思い立ったが吉日とはいえ、時期が良くなかった。

 今回は皆、本当に忙しくって、一人で部屋の準備から誘導までやらなくちゃいけなくて。いやもう、ほんっとーに大変だった。日頃、いかに私の思いつきという名の我儘(わがまま)に皆が付き合ってくれてたか、よーく実感できちゃった。



「……なぁ」



 障子を挟んで向こう側、部屋の中から綾芽の声がする。



「説明、まだ?」

「ひぇっ、こ……わくないよ!?」



 うそうそ、怖いよ!

 どうしてそんな地の底から湧いて出てくるような低い声っ!?


 ……まっ、綾芽と櫻宮様、それから緊急事態だから至急来て欲しいってお願いして来てもらった帝様の三人をまとめて一室に閉じ込めた主犯、それがこの私であることに他ならないからなんだけど。どうしてもなにもないね。


 でもまぁ、ふふん。

 勘のいい綾芽を出し抜けた事実が一種のやってやったぜ感をもたらしてくれた。後で絶対に怒られるという結果から目を逸らせば、なかなかに順調な滑り出しだと自画自賛しちゃってもよろしいんじゃなかろうか。いや、いいはずだ。どうせ後から怒られるんだもの、自画自賛しとこ。やだ、嬉しい!



「雅」

「説明」



 ……ふぅ。

 何事も、引き際というか、そういう大事な時がある。間違いなく、今がそれだ。なお、試験には以下略。


 上がりに上がったテンションを落ち着かせるべく、咳払いと深呼吸を一つ。



「さんにんとも、おたがいにたいしてしょうじきになるまででられないへやー」

「分かった。やっぱ海斗やな」

「うん?」

「今すぐあいつをここに呼びよし」

「あいつ?」

「海斗に決まっとるやろ?」



 ありゃりゃ。

 綾芽の頭の中では海斗さんが私の背後(バック)にいることが確定したみたい。確かに、大儺(たいな)の儀の時は海斗さんの知恵を拝借したけど、今回は違うのに。


 そもそも、今回の計画のもとは、さる御仁の秘蔵書(・・・)に出てきたやつ。

 荷物運びの時にソレを落としちゃって、たまたま後ろを歩いていた私が見つけて拾ってあげた。その時、落とした拍子に開けてしまっていたページがコレだったったってわけ。もちろん、その人とはソレの中身も含めて、私にソレを見せた(・・・・・・・・)っていう事実の秘密保持契約を結ぶことに。対価は瑠衣さんとこのお菓子詰め合わせセット。もちろん、即答でオーケーした。


 いやぁ、世の中どんな時に役立つか分からないもんだよね。たとえそれがどんな知識でも。引き出しは多いに越したことはないとはよく言ったもの。



「いやはや、こればかりは可愛らしい悪戯(いたずら)だとは思えんなぁ」

「ほんま。こんなとこで悠長に話しとる時間なんてあらへんいうてるのに、よくもまぁ、こんな手ぇのこんだこと」

「……」



 帝様や綾芽は不快さを隠そうとしていない。


 でも、櫻宮様は?

 櫻宮様はずっと黙ったままだ。今までの言動からすると、二人の言葉に反発しつつも部屋を出たい意思は明確に主張するだろう。

 けれど、今はそれがない。私にはそれが何よりの答えに思えた。

 つまり、こんな状況とはいえ、櫻宮様はここから出たくない、もしくはまだ出なくてもいいと思ってる、と。



「雅、お前が何を考えているかは分からんが、私達は世間一般でいう仲良し兄弟にはどうあってもなれんのだ。どうか諦めてくれ」

「……っ」



 部屋の外にいる私には部屋の中の様子は分からない。障子をほんの少し開けて、様子を窺いたい気もする。

 でも、ダメだ。ここは私自身が制約を設けて囲った部屋。その制約は私でも破れない。そういう(・・・・)部屋だ。


 ただ、今の櫻宮様は泣きそうな、酷く心細そうな顔をしている気がする。

 そして、それと同じくらい気がかりなのが、帝様が何か誤解をしているらしいってこと。


 本日二度目だけど、仕方ない。誤解だけでも解いておこう。



「あのね、ちがうのよ。おたがいにたいしてしょうじきになるまで、でられないの。いますぐなかよしになってっていうわけじゃないんです」



 そりゃあ、仲良くなってくれるなら是非そうしてもらいたいけど。


 長年のしこりを一朝一夕で消すことができるなら、この世から兄弟間の(いさか)いによる事案は一掃されるはず。

 でも、そうなってないし、この先なることもない。そんな素敵なことが起こるのは、まさしくファンタジーの世界、温かさや見る人の願望だけで世界が構築されている夢物語の中でだけ。悲しいかな、それが現実ってやつらしい。

 

 だからこそ、そんな世界ではないからこそ、彼らには正直になってもらわなければならない。自分の考えを、腹を割って、言葉を尽くして。そして、そうすることができるうちに、(ゆる)されるうちに。



「さくらのみやさま」



 廊下に正座して、できる限りの優しい声音で名前を呼ぶ。

 もこもこの着ぐるみのおかげで、廊下の冷たさも寒さも随分と和らいでいる。だから、いつまでだって付き合える。妥協はなし、だ。



「わたしとずーっといっしょにいるのはね、もちろんむりなことじゃないよ?」

「……」

「でもね、わたしはわたし。だれかのかわりになんかなれないよ? ましてや、“だれかさん”のかわりになんて、ぜったいに」

「……」



 歳は櫻宮様の方が上だけど、一時的とはいえ、大事な大事な妹?弟?分。だから、ついつい助け舟を出してしまう。

 だけど、私が口を挟むのはここまで。後は櫻宮様、そして帝様と綾芽次第。まぁ、次第といっても、条件を果たすまで出られないから、どちらにせよ本音を言い合うしかない。それでも、停滞どころか無いものとされてきたこの問題を少しでも進めるいい機会だ。


 ただ一つ、私側に問題があるとすれば。


 グギュルルルルルルルゥゥン



「……むぅ」



 ある程度予想はできていたこととはいえ、部屋の維持のため、そこそこの力を使うことになる。当然、いつものお腹の虫も動力源を欲するわけで。


 食堂に行って何か作ってもらおうか。となると、お昼を食べた後だし、なんて言い訳を……うーん。


 なんて頭をひねって考えていると、廊下の角の方から何か固いものを床に置く音が聞こえてきた。そちらに目を向けると、差し入れと思しき大きな平皿に乗ったおにぎりの山が置いてある。

 それから、廊下を曲がった奥の方から、聞き覚えのあるスマホの着信音が。夏生さん達と離れて南で生活してた時、たまに貸してもらってたから間違いない。すぐに聞こえなくなったけど、そのスマホの持ち主はまだそこにいるんだと思う。立ち去る足音がしなかったから。



「……そうだよねぇ。わたしだけじゃないもんね」



 彼らの間の問題を気にかけているのはさ。

 今回のことを教えてないだけで、きっと、本当はもっとたくさん。


 そのまま膝立ちでズルズルとお皿のところまで向かう。

 その人や三人の顔を思い浮かべながら、いただきます、と、手を合わせた。

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