夏といえばアレ―6
こわい。つらい。こわい。
最初こそ涙目で頑張ってたけど、その頑張る元気すらも危うい。
「それでな? 言ったんだ。俺が死んでるんじゃない……お前が死んでるんだ、ってな」
ジジッと灯っていたロウソクの火が、フッとまた一つ消された。
私、思うんだよ。
怪談って涼しくなるためにするって言うじゃん?
でもさ、こんな百本もロウソクつけて、余計暑くなってるじゃない。
しかも、大広間とはいえ、人が集まりすぎて蒸し暑い。
それだと本末転倒な気がしてくるのは私だけ?
「次は誰だぁー?」
「ねぇ、かいとー。もーやめよーよー」
「何言ってんだよ。これから、これから」
こういう時に限って夏生さんは何も言わない。
むしろある程度静かになっていいとさえ思ってる節がある。
「だいじょうぶ。こわいとき、みみ、ふさぐ」
「んー」
私は劉さんのお膝に座り、背中をぴったりと劉さんの身体にくっつけた。
「そんなに怖いんだったら、チビもなんか話したら? 少なくとも一話分は済むよ」
薫くんが出してくれた助け舟は確かに一理ある。
でも、日頃から怖い話を避けている私が知っている怖い話なんて……あ、あった!
アレも私にとっては十分怖い話だ。
「わかった。じゃあ、わたし、おはなししましゅ。……あれはついこのあいだのことでした」
そう、ついこの間、実際に起きた出来事なのである。
その日、私はトイレに行きたくなって夜中に目が覚めた。
お風呂あがりに飲んだジュースがいけなかった、と反省しても膀胱は我慢をしてはくれない。
夜のトイレは廊下が暗くて、一人では行けなかったから綾芽を起こして一緒についてきてもらった。
ついでに行ってくるわ、と外で待っているように言われ、大人しく待っていた時のこと。
ボソボソボソ
どこからか小さな声で何かを言っている声が聞こえてきた。
ここから一番近い部屋は薫くんの部屋だけど、彼はもう夢の中だろう。
彼の朝は早い。仕込みが終わればさっさと寝ていると言っていたし、こんな夜更けに誰かと話すこともない。
現に障子の向こうに灯りはついていなかった。
私は急に背筋が寒くなってくるのを感じた。
セクハラでもいい。見なければいい。
というか、もう裸の付き合いはお風呂で済ませている! と開き直ってトイレの中にいる綾芽の所へ駆け込もうかと思っていた時だった。
大広間の襖の隙間から光が漏れているのを見つけた。
なーんだ。誰かまだ起きてる人がいて、その人達が他の人に配慮して小さな声で話してるんだ。
灯りがついている所があり、そこから人の声がする。
それだけで私はホッとした。
おまたせーと綾芽が出てきた。
二人で暗い廊下を通り、部屋に戻って再び眠りについた。
「……ねるまえは、すいぶんちゅういでしゅ」
本当、廊下にも電気のスイッチをつけてくれませんかね?
できれば、大人用と子供用の高さ二つで頼んます。
私はろうそくをフッと一つ吹き消した。
よし、これで一つ終わった!
でも、まだまだある……。
……ん? なんでみんな顔青ざめてんの?
「おい。怖い怖い言ってたくせに、お前が一番最悪な話してんじゃねーかよ」
「え?」
海斗さんが口元をヒクつかせながら私の頭を掻き撫ぜた。
「……僕、明日の仕込みがあるから……って、危なっ!」
薫くんが立ち上がる時に前のめりになりそうだったのを傍にいたおじさんが受け止めた。
そちらを見ると、綾芽が薫くんの服の裾を手で踏んでいた。
もちろん、その手をどかす気配はない。
「ちょっと綾芽、邪魔」
「どこ行くん。仕込みは終わったはずやろ?」
「思い出したものがあるんだよ。だからこの手、さっさとどけて」
「これが終わった後、みんなで手伝えばいいやろ。最後まで参加してってや」
終いには綾芽が薫くんを羽交い絞めにしていた。
みんな、どうしたってのさ?
「おい、チビ。お前が見たのは何時でどこの大広間だ」
「う? えっと……ここで、いっしゅうかんまえの、たしか、にじす、ぎ……」
私は夏生さんの言葉に答えつつ、夏生さんが指さす方へ眼を向けた。
そこに書かれたものに目を通していくうちに、自然と汗がつーと背中を垂れていくのが分かった。
屋敷の中には大広間は二つ、客間が一つある。
その大広間の中の一つ、この大広間には、鴨居にここでのルールが書かれたものが夏生さんによってかけられている。最近では至る所に読み仮名が振られたものに様変わりしてはいるが。
そのルールのうちの一つ。
“緊急時を除き、深夜零時を過ぎてからの大広間の使用を禁ズ”
あの日、私の膀胱が緊急時を迎えていたこと以外、なにも緊急なことなどない穏やかな日だった。
なのに、大広間の明かりがついていた。深夜零時を二時間も過ぎた深夜二時に。
頭が理解した瞬間、私の行動は早かった。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
なんでなんでなんで!! どうしてどうしてどうして!!
「おじちゃま!! それともおじちゃま!!?」
「い、いや。違う」
「そうだったら……いいよなぁ……ははっ」
そんな枯れ果てた笑みなんか全然嬉しくない。
お互いの顔色を窺うおじさん達。
この中にルールを守らなかった人がいて、夏生さんに怒られるのが怖いんでしょ?
今名乗りを上げたら、私も一緒に謝ってあげるから。
出血大サービスで私のおやつもあげるから。
それでもやはり、名乗りを上げる人はいない。
むしろ、みんなさっきより顔が青ざめてる。
「……こりゃ、マジモンだな」
海斗さん、その判定、やめてーーーーー!!
「もーいやだー!!」
「あっ」
劉さんの手を押しのけて、襖をスパーンと開いた。
するとそこには……
夥しいほどの血飛沫がとんだ白衣を着た……巳鶴さんが立っていた。
至近距離で立たれると、当然、その血塗れの白衣の方が先に目に入ってくる。
そして、今回はタイミング的にも悪かったけど、持っているものも危うかった。
「ちまみれ……かま……」
フッと意識を飛ばす前に聞こえてきたのは
「ちょっ!! チビ!!?」
「おい、巳鶴さん!! あんたなんでそんな血みどろなんだ!?」
「しかも、鎌て……なにしてはったん?」
みんなの慌てた声だった。




