夏といえばアレ―2
尊い犠牲を払い、私と綾芽は浴衣を買いに外に出た。
海斗さんには何かお土産を買って帰ろう。
お店まであともう少しっていう時に、綾芽がさりげなく後ろに視線を走らせた。
口の端をゆるりと上げ、私を見下ろしてくる。
視線に気づいた私は綾芽の方を見上げた。
「身体ごと後ろ振り返らんと、目だけで後ろ見れる?」
「ん?」
「やれるんやったら頑張って見てみ」
横向いてるから、目だけさらに横を向けってことでしょ?
それくらいなら……
……あ。
街頭に生えている木の影からこちらを覗く不審者もといアノ人発見。
アノ人、思いっきり不審者だけど、職質されないのかな?
「こそこそとついて来られて余計に注目浴びるのと、大人しく一緒に連れて行く。どっちがえぇ?」
「……」
嫌な聞き方だ。
私は綾芽の手を離し、アノ人の元に駆け寄った。
「……いっしょにいくの?」
「行ってもよいのか?」
コクリと頷くと、いきなり抱え上げられた。
なっ! 下ろせー!!
そこまでいいと言った覚えはない!!!
綾芽に助けを求めたものの、笑うばかりで結局救出されず、諦めて抱っこされたままお店についた。
「いらっしゃいませ~」
お店の中に入ると、女の店員さんが丁度別の接客を終えたところで、入ってきた私達に気づきやって来た。
「この子の浴衣を新しく見繕いに来たんやけど。なんか良いもんあります?」
「そうですね。……こちらのピンクの浴衣はいかがです? 小さな女の子に人気ですよ」
「やって。どう?」
「んー」
ピンク、ねぇ。
確かに小さい子には人気かもしれないけど、なんか気恥ずかしい。
淡いピンクならまだ……うーん。
「これはどうだ?」
いつの間にかお店の奥に消えていたと思しきアノ人が、一着の浴衣を手に戻ってきた。
淡い水色が裾や袖の部分でグラデーションになっていて、手毬がところどころに散りばめられている。
それを見て、お店の人の目がキラーンと光った。
「まっ! さすがお客様。お目が高い! こちらは有名な染物師が手掛けた一点物でございます。その分、少々お値段が張ってしまいますが、着心地、肌触り、どちらもとても良いものとなっております」
試しに触ってみると、確かにサラサラツヤツヤだった。
でもこれ、普段使いにはできないよなぁ。
お店の人も高いって言ってるし……どれくらい高いんだろ?
ついている値札を見て、すぐに後悔した。
想像していた値段よりゼロが一桁多い!!
「これを。あと、そこからそこまでのものを」
「えっ!?」
……まだ買おうというのかこの人は。
テレビの中でしか見たことがないような買い物の仕方を実際にしようとしているのにもビックリし、ポカンと隣を見上げた。
「浴衣を買いに来たのであろう?」
「そんなにいらないでしゅ。……あやめ」
「うーん。自分らとの金銭感覚の違い、やね」
そんな感心したように納得してないで止めて!!
「ありがとうございました~。またのお越しをお待ちしとります~」
絶賛気分上昇中のお店の店員さんの笑顔をよそに、私の気力は駄々下がっている。
お買い物するのにこんなに疲れるなんて……辛いっ!!
あの後、なんとか「そこからそこまで」を押え込み、数着気に入ったのを買ってもらった。
簪も置いてあったから、一緒にまとめてお買い上げ。
そりゃあ、店員さんがホクホクなるのも頷ける。
「本当に良かったのか?」
「あい」
お店を出た後も確認してくるアノ人。
何がそこまでこの人を買い物したい衝動に突き動かしているんだろうか。
「君らの買い物見ててほんとおもろかったわ。また行こな」
「えー」
そりゃあ、綾芽はケラケラ笑ってるだけだったもんね。
助けてくれなかったもんね!!
耐えがたいほど嫌だという気持ちを全面的に顔で表現してみた。
まったく、今日はなんて日だ。
すると綾芽はキョロキョロと辺りを見渡して、あるお店を見つけるとそこを指さした。
「ちょっと小腹空いたし、あそこ寄って行かん?」
見ると、『甘味処 翠』と看板に書かれていた。
……なかなか私の扱いを分かってらっしゃいますね。
「いく!」
二つ返事で気分上昇ですよ。
あーなんてチョロイんだろーなぁ、もう!!