奥底に眠る記憶の残骸―8
※奏 side ※
「そなたら、妾の愉しみを奪うなどと、あんまりではないかえ?」
「申し訳ございません。ですが、あの子はタカムスビノカミ様の社の子。イザナミ様にとっても、造化三神が一柱のお手元に下手に御手を伸ばされることになることは本意ではございませんでしょう?」
「……あいもかわらず小憎たらしいことよ」
イザナミ様が共にやって来た葵様に言いくるめられ、むっすりと頬を膨らませていらっしゃる。そんなイザナミ様のご様子に、葵様は仄かに笑みを漏らされた。
葵様はご自身がお持ちの先見の力が故にあまり外出をなさらない。いつどこで数多の者に関わる先見を視るか分からないからだ。迅速に各課に伝令が行くように、普段は元老院の第一課舎館でご覧になった先見の時期の精査を主に行っておられる。
そんな葵様がどの先見よりも優先させ、それも自ら私のところまでやって来たほどの重要性が今回の件にはあった。
もし仮に今回のようなことがあの子以外で起きたとしよう。
おそらく、いや絶対にと言ってもいいほど葵様の中では優先順位の引き上げはなされなかっただろう。されたとして、神隠しと人々に判断されるか否かの時期。こんなに早い段階ではありえない。
「せっかくあの者の言うた通り食事も作らせて待ちかねておったというに、とんだ邪魔が入ったものよ」
……あの者?
葵様もイザナミ様が漏らした言葉に引っかかったのか、小首を傾げてこちらへ視線を投げてこられた。
「イザナミ様、あの者、とは?」
「少し前から黄泉国で妾の周りに控えるようになった者じゃ。今回もその者が話し相手にとアレをこちらへ寄越すことを進言してきたのよ。……興が削がれた。妾ももう戻る」
「はい。御前失礼いたしました。……奏」
「院へ伝令を先に出しておきます」
「ありがとう」
黄泉国へ戻られたイザナミ様の周りに残っている気は栄太や皇彼方達ではないみたいだし。
完全に別件のようね。
掌の上で作り出した六羽の蝶が羽ばたいていくのを複雑な気持ちで私と葵様はしばらくの間見送った。
※奏 side end※