うちはうち よそはよそー9
※ 優姫 side ※
「いってきまーす」
代わる代わる世話を焼かれ、しっかりと着込んだ雅が元気に手を振りながら門の向こうへ消えていった。
気のせいじゃなければ、あの子が手を引いているのはここの土地神。まかり間違っても爺呼ばわりされるべきじゃないんだけれど……あの後ろ姿はどう見てもあの子が実際にあれくらいだった時のあの子とお父さんそっくり。
そしてここまであの頃と一緒なら……。
「はい、ストップ」
ふらふらと雅達の後を追おうとしている背を引き留めた。
言葉にはせずとも、思っていることが分かるくらいには一緒にいたからこそ分かる。
「何がずるいっていうの。貴方の場合、ずるい以前の問題でしょ」
「……」
「自分も一緒に行きたいのなら、ちゃんと雅に言いなさい。こんなストーカー紛いなことしてると、見える人に不審者扱いされて、余計雅は父親だって認めてくれなくなるわよ」
まったく。雅も変なところで頑固だから、一度思いこんじゃうとなかなか変わらないのよね。
そういうとこ、ほんとそっくりだわ。
「……我は許されないというのに、そこの者達は良いのか?」
「え?」
表情筋が仕事しない代わりに、声に滲む不満げな感情を受け止めた。その目線の先を追うと、雅を見送っていたはずの全員がそれぞれ外に出る支度をしていた。
……えっと?
「あの。皆さん、もしかしてついて行かれるおつもりですか?」
私がおかしいのかと思えるほど、同時に答えが返ってきた。答えは一寸の狂いなく同じで、“もちろん”だった。
「あの爺、好々爺然としちゃあいるが、そのくせ中身はとんでもねぇ狸爺だからな。あいつがどんなこと吹きこまれるか確かめねぇと」
「そもそもなんであいつここに来れたんだ? いつもは社で春道にどやされてるだろ」
「すみません。完全に私の失態です。ついてきているのに全く気付けませんでした」
「まぁ、アレでも神さんやしなぁ。仕方あらへんやろ」
「あっ、ちょっと待って。昼餉の準備任せてくるから」
そう言って、雅とそう変わらないくらいの……薫くん、だったかしら? 彼が走って屋敷の奥まで戻っていった。
玄関で薫くんを待つ三人と私の間で、隣に立つ彼が目線を往復させる。
分かってる。分かってるわ。なんで言わないんだと言いたいんでしょ?
「……あの、そこまで過保護にならなくても。あの子の成長のためだと思ってここで待ってみませんか?」
「あ? あーそうしてやりたいのは山々なんだがな」
夏生さんが首の後ろをカリカリと掻いた。その目は何かを思い出すように遠くを見ている。
「前科持ちなんだよ。あの神さんも、雅も」
「え?」
「火種を見つけて知らず知らずの間に大炎上させる名人、いや名神か」
「……」
それには私も覚えがある。体質なのか、好奇心旺盛な性格の為せる業なのか、あの子の周りにはいつも何かしら。救いなのかそうでないのか、本当にまずいものに関しては守護霊ばりに張り付いてた彼のおかげで事なきを得ているけど。
「行きましょう」
私がそう言ってすぐにフワリと肩に羽織りがかけられた。見ると、先ほどまで彼が身につけていたものだ。すこし肌寒くは感じていたので素直にお礼を言うと、すっと手を差し出された。手を重ねると、ほんのり温かい。思わず口元が綻んだ。思ったより寒さが堪えていたらしい。
「なぁ、さっきしばらく口きかないっていってたよな?」
「海斗。夫婦の間のことに首突っ込まん方がえぇで」
海斗さんと綾芽さんがこっそりと話しているけど、しっかり聞こえている。雅の耳の良さは私譲りだから。
……絆されてる、んだろうなぁ。
しっかりと握られた手を嬉しそうに見る彼に、何も言わなかったのだから、そういうことなんだろう。
※ 優姫 side end ※