うちはうち よそはよそー6
私専用のお茶碗とお箸を受け取り、すぅーっとまずは匂いを堪能。
はい、美味しいヤツー。食べなくても分かるヤツ来たよ、これー。
あまーい餡子の匂いとお餅の素朴な匂いが見事にマッチしている。今日も今日とていいお仕事されてますねー。我らが東のお屋敷の料理人さん達は。
「ゆっくり噛んで食べるんだよ? 喉に詰まらせるなんてこと、やめてよね」
「あい」
分かってる分かってる。それ以上言われると、それはもはやフリだからね。しかも、逃れられないやつ。そんな愚行は犯しませんよ。……食べ物限定で。だって、もったいないですやん。
ヒューヒューと余分な熱を飛ばすために息を吹きかけてっと。
もーいいかな? まだかな?
それでは、お餅の元であるお米を作ってくれた農家さんありがとう。餡子の元である小豆を作ってくれた農家さんもありがとう。そんでもって、お餅をついてくれた人達ありがとう。もひとつおまけにここまでのものを集結させて腕を揮ってくれた料理人さん達ありがとう。幸せです。
いただきます。
……あぁ、美味しい。ほっぺが落ちる。身体の芯から温かくなって、なんだかほっとする感じ。新年早々幸せー。
隣に座る海斗さんは珍しくあまり箸が進まないようで、食べたのかそうでないか分からないほどだ。
……じゅる。もったいない。
あーゴホンゲフン。シカタナイナー。食べるのお手伝いしてあげよう。
「かいとー。あー」
「あ?」
海斗さんのお茶碗を指さし、それから開けた自分の口をつんつくと指さす。
ふふっ。食べさせてあげるんじゃなくて、もらうんだよ。
あ、分かってた? そっかそっか。ふふっ。
海斗さんがなんだか物言いたげな顔をしつつ、私の口にお餅を運んでくれ……るはずだったのに。
寸前の所で海斗さんのお箸が止まり、絡みとられていた餡がポトリと机の上に落ちた。慌てて手で餡を追いかけると、目と目が合うー。薫くんと。冷たぁい目に、私の弱っちぃ心と手は泣く泣く哀れな餡の救出を諦めた。
「……な、なにやってんだ?」
海斗さんのお箸を止めたのは、突然部屋に現れた思わぬ二人組だった。
「……」
広げた扇で口元を隠し、儚げに右下を向いて決して視線を上げようとしないアノ人と。
「ねぇ。どういうこと?」
背後に雷雲を背負い、アノ人の着物の襟元を両手でひん剥いている……
「……オカアサンコワイ」
「えっ? 雅? えっ!?」
手を伸ばして一番すぐ、丁度隣に座っていた海斗さんの服をしっかり掴まえた。そのままちゃっかり身体もスライドさせて、海斗さんの膝の上に胸の方を向く形で反対向きになって座った。
「は!? お前の母親なのか!? って、ちょ、おまっ! 口の周りに餡子ついてるじゃねーかっ! 服が汚れんだろ!」
「だいじょーぶ」
「なにが大丈夫なのか言ってみろ、おい」
「かいとのだからー」
顔を上げてまっすぐ海斗さんの方を見ると、海斗さんは半眼になって私から綾芽の方へ向き直った。
「おい、世話係。お前の躾はどうなってんだ、コラ」
「えー。自分だけの責任やないやろ」
「雅?」
こちらに気づいたお母さんが私達の方へ顔を向け、再びアノ人の方を向く。そこで自分の今の状態を振り返り、しまったという表情を浮かべた。
青筋浮かべて夜叉のような顔をしていたのに、あっという間にいつものお母さんに戻っていった。それをチラチラと横眼で確認しているアノ人。
もっと反省しておけばいいと思う。切に思う。何に怒られているか分かんないけど、これは絶対に反省してないか、なんで怒られているか理解してないやつだ。
ゴホンと咳払いをし、そっと手を離して居住まいを整えたお母さん。
でも、もう遅いと思うんだよね。何がって、色々と。
「綾芽さん、お久しぶりです。それと、初めまして。雅の母親の柳優姫と申します。皆さんも、雅がだいぶお世話になっているみたいで……本当にすみません」
皆を代表して綾芽の方へ頭を下げるお母さんの前にずいっと身体を出し、アノ人は袂でお母さんの姿を隠した。
「見るな。減る」
「黙って。今すぐ黙って」
ウッと呻き声がアノ人の口から聞こえてきた気がするけど。おまけに、なんだか急にお腹を押さえてる。
それにしても、改めて現場を見ると、神様だろうと妖怪だろうと、その、幽れ……ンンッ、だろうと相手にしてつっ走るお母さんはすごいと思う。前に透おじさんが、お前の母親は日頃冷静でいようと心掛けている分、感情が振り切れた時の反動がすごいとこれまた冷静に評価を下していたっけなぁ。
さらにさらに、人前だってこともあって笑顔を浮かべているのがなおさら怖い。
……ん?
「おかあさん、おひさしぶりですって、あやめとあったことあるの?」
「綾芽さん」
「あやめさん」
教育的指導入りましたー。
ごめんなさーい。
そして、そこ。綾芽。なんかゾワッてしちゃってるよね。ゾワゾワって……あ、両腕、さすらんといて! その態度でいつも私が呼び捨ててるのバレバレやん! お母さん、どんどん眉吊り上がってってるやん!
「……」
「……ンフッ」
「笑って誤魔化そうとするのはやめなさい」
「あい!」
返事だけはいいんだからと額を押さえるお母さんに乗っかるように皆もウンウン頷いている。
えー。いいと思うけどなぁ。無償の幼児の笑顔ぞ。尊かろ?
「失礼を承知で聞くが、雅の頭の中は食事以外のことになると、驚き通り越して感心するくらいのバ……」
おい、夏生さん。今、何を言いかけたよ。バって聞こえたぞ。おい。
私は鼻だけじゃなくて目も耳もいいんだぞ、コノヤロー。
「おバカ、ではないと信じたかったわ。えぇ、昔はね」
「なんでっ!」
「あぁー」
「そうやなぁ」
「そんなの、分かり切ったことでしょ」
酷いっ! みんな酷いっ!
味方が、味方が一人もいないなんてっ!
「彼とは秋にちょっとお会いする機会があっただけよ」
「……ふーん」
私、今それどころじゃなく傷ついてる。聞いた身ながら、正直、もうそれどうでも良くなってる。
傷ついてる。とっても傷ついてる。
「そんなにいじけないで。ほら、こっちに来なさい」
「……」
し、仕方ないなぁ。行ってあげても、いいよ?
足を高く上げながらわざともったいつけて歩いて行って、そのままストンとお母さんの膝の上に座ると、皆がなんか生温かい視線を送ってきた。
それをあらぬ方向を向いてやり過ごす。
ピューピュー。オシルコオカワリシヨッカナー。