うちはうち よそはよそー3
「……ねぇ」
やっぱり、この夢だ。
十二単を着た女の人が顔を隠すように袂で覆っている。その内からはすすり泣く声が漏れて聞こえてきた。
「あなたは、だれにあいたいの? だれにそれをつたえたかったの?」
あの子って言ってたし、きっとこの人の子供のことなんだとは思うけど。
愛してるって、子供にとって母親から伝えられたら一番嬉しい言葉だと思うんだよ。もちろん逆もしかり。そうじゃない家だってあるってことも分かってるけど、この人にとっては伝えるって行為は心残りになるほど本当は大事だったこと。結局、死ぬまで言えなかったけど。
だって、こんなにも言いたがってる。
愛していたの、って。
それってつまり、何か事情があって言えなかったけど、本心ではそう思っていたってことでしょう?
そもそも、もう遅いなんて言ってここで泣き暮らしているけど、それって本当にもう遅いのかなぁ?
お母さんと私を置いていった父親を前は絶対に許さないって反抗してたけど、今じゃなんだかんだそれなりにやってるよ? いや、お母さんが悲しむところを見たくない同盟を組んでるだけなんだけどさ。マザコン? 結構結構。自覚は大いにありますので。
それを考えると、気持ちを伝えるのに遅いってことはない。
ほら、夢っていう実にこちら側に都合のいいアイテム?もあるんだしさ。
「……ねぇ、だぁれ?」
女の人の手を服の上から握りつつ下げ、眼窩がぽっかりと開いた顔を覗き込んだ。
「私の……大事な息子……奪われたの。愛していたのに」
女の人がぽつりぽつりと口を開いた。
奪われたなんて、誰がそんな酷いことしたのさ。
……まぁ、そんな犯人捜しはいったん隅に置いておいて。まずはお探しのお子さん情報をお寄こしよ。
ちゃんと見つけてあげるから。綾芽達も一緒に!
「どんなこなの?」
「……貴女と同じくらいの背で、同じくらいの歳。黒い髪で、肌白くて、よく笑うの。あと、背中に鱗みたいな痣が」
「あざ?」
鱗みたいな痣があるなんて、綾芽みたいなものかな?
綾芽も一枚鱗みたいな痣が背中というか、腰のところにある。初めて見た時はちょっと蛇みたいで怖かったけど、本当に痣で心底安心したっけ。
「うろこみたいなあざ、ね。わかった! だから、ちょっとまってて!」
「……本当に、会えるの?」
「うん! もちろん!」
綾芽達で見つけられなかったら、痣を持ってる人を帝様に探してもらおう。
最初から頼りすぎるのは良くないけど、帝様は優しいから、きっと協力してくれるはず。
「あ、そうだ! なまえはなんていうの?」
「あの子の名前は」
女の人が言葉を続けようとしたのに、その声は風の音に吹き消された。
「妾の領域で何をしておるのかえ?」
夢の中にもう一人、別の人が現れた。
天女様みたいな服を着た綺麗な女の人だ。
「……そなたは……そうかそうか。あの女童か」
なんだか分かんないけど、女の人はご機嫌麗しいようで。
……あれ? さっきまでいた女の人がいなくなっちゃった。
「わたし、みやびっていいます。おねぇさん、だれでしゅか?」
肌触りの良さそうな紗織りの生地の服がサラサラと音を立てる。最近帝様の着ている服を間近で見る機会が多いからか、結構目は肥えてきた方だと思う。これは、上質だ。それも最がつくほど。身につけている腕輪や首飾りも翡翠や鼈甲、その他貴重な石ばかり。
駄目だ。関わると後が大変なことになりそうな人にしか見えない。下手に機嫌損ねないように、まずは自分から名乗りを上げてみた。
すると女の人はさらに口元の笑みを強め、持っていた扇で私の顎をクイッと持ち上げてきた。
「妾を周りは様々な名で呼ぶ。黄泉津大神、道敷大神、好きな名で呼ぶが良い。そなたにはそれを赦そう」
「あ、ありがとうございましゅ」
え、えーと……黄泉津大神様って、確か……えー。
女の人、この日本を、多くの神々を創造された女神様、イザナミノミコト様は、目を細め、にんまりと笑った。
そのイザナミノミコト様も、今は冥府の主宰神で、滅多なことがない限り外には出てこれないと聞く。それなのに、どうしてここにいらっしゃるんだろう?
「何を不思議に思うことがある? 先程も言うたが、ここは妾の領域。先のアレが好き勝手に動いていたに過ぎぬわ。……さて、せっかく参ったのじゃ。妾の話し相手をしてはくれぬか?」
うーん。
疑問形で聞かれてはいるものの、これは拒否権はないやつだよねぇ。
さっきの女の人をもう一回探さなきゃいけないのに、どうしたものかなぁ。