新年準備は人も人外も忙しなく―7
「けっ。チビの前じゃ態度変えや、グフッ」
海斗さんの方から何やら鈍い音が聞こえた気がして、そちらの方を見上げた。
すると海斗さんが今度は脇腹を押さえている。
その横で綾芽がニコニコいい顔で笑っていた。
……海斗さん、自分の身は自分で守らないかんよ?
まぁ、さっきは上手くはぐらかされた感じになっちゃったけど、これだけ大人がいれば言い逃れはできまい。
「かいとさん、ここ、すわってくださいな」
「……なんで」
「わたしに、おはなししなきゃいけないことがあるはずです」
「んなもん」
なにやら抵抗姿勢を見せそうになった海斗さん。
しかし、ダンっという夏生さんが床を拳で叩く音でヒョッと肩を竦ませていた。
「わーかった。分かりました。チビ、話を聞いても、やっぱりヤダとか言いっこなしだかんな?」
「いいでしょう。おんなににごんは」
「でな?」
そうですか。無視ですか。スルーですか。
せめて聞くふりだけでもさぁ。まぁ、いいけどさ。いいんだけどさ。
……なんだかなー。
「実はな。これ、俺の母親が送ってきた手紙なんだよ」
「ほっ!」
海斗さんのお母さん!
海斗さんが例の夏生さんから手渡された紙を、触りたくないものを触るような手つき、つまり人差し指と親指で摘まみ上げて見せてきた。
その顔には苦々し気なものが浮かんでいる。
んんっ? お母さんからの手紙なのに、なんでそんな顔なの?
……あんまり仲良くないのかなぁ?
でもまぁ、分かった。分かりましたとも。
あ、いや、まだよく分かんないけど、とりあえずマズイこと引き受けちゃったってことはよく分かった。
「俺の実家は、まぁそれなりにでかい呉服屋しててな。折を見ては俺に嫁を取らせて跡を継がせようとしてんだ」
「ほっ。ちょーなん?」
「まぁな。でも、六つ下の出来の良い弟がいるからそいつを跡取りにしちまえばいいのによ。これがなかなか諦めようとしねーんだ」
「かいと……おバカだもんね」
「んだと、コラ」
つい可哀想なモノを見る目になっちゃったから、海斗さんに思いっきり頬を引っ張られた。
せっかく巳鶴さんが冷やしてくれたのにまた真っ赤。
でも、薫くんのよりはまだ愛という名の手加減ってものがあった、と勝手に思うことにしよう。
「で、だ」
「うん?」
そんないきなり顔を近づけなくてもよく見えてるよ。
安心してよ。その立ててる指は一本だ。二本じゃない。
「お前には俺の隠し子になってもらう」
「……かくしご?」
かくしごって、あの隠し子?
えーっ。そういう嘘ってすぐにバレて余計面倒なことになるって、ドラマ見てた時お母さん言ってたけど。大丈夫なのかなぁ?
海斗さんはバレないための何か秘策があるのか、滅茶苦茶ドヤ顔かましてるけど、不安しかない。
私だけじゃなく、それは周りのみんなも思っていることのようで。
如実に表情に表れていた。
「まったく。馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、ここまで馬鹿だったなんて。驚きだよ」
「バカバカ言うヤツが本当はバカなんだよ。つーか文句があんなら何か代替案出せよな」
「なんでそうなるのさ。自分のことなんだから、自分一人で始末つけなよっていいたいわけ」
薫くんがこれまた辛辣に口撃を繰り出す。
海斗さんより六つ下ってことは、多分弟さんと同い年か年下である薫くんにこうまで言われるなんて……まったくもって不憫でならない人だよ、海斗さんって。
「やくそくだからやるけど……バレたらちゃんとあやまってね?」
「大丈夫だ。バレないように即時撤退すればいい」
胸張って情けないこと言ってる自覚なさそうだし、そんなに上手くいくかなぁ?
……まっ、まずは目の前の餅つきを楽しむとしましょうかね。
「かおるくん、まるめるのおわっちゃったー?」
「え? まだだけど」
「じゃあ、はやくやっちゃお」
「張りきるのはいいけど、この餅食べれるのはだいぶ先だからね?」
……分かってるよ? 分かってるってば。
お正月に神棚に上げて、その残りをお汁粉とかお雑煮とかにして食べるんだよね。
分かってるよ。これでも神職の家の子だもの。
だからそんな摘まみ食いするでしょ、お前みたいな顔で見るのやめてちょーだい。
食べ物関連で、ちょいちょい君達私に対する信頼なくすよね?
それはフラグなんですか、このやろー。
「じゃあ、もうちっと頑張るとしますかねー」
海斗さんが膝を曲げたり上半身を曲げたり準備運動をして、池上さんと一緒に餅つきに戻っていった。
薫くんにペースが早いって言われてたの、忘れてないといいけど。
……覚えてないに一票で。
「僕も準備に戻るよ。チビはどうするの?」
「わたしもいくー」
「つまみ食いはダメだからね」
「しないけど、みんながくれるものはいつでもうぇるかむだからねー」
「やっぱり食い意地はってんじゃねーか」
だって、美味しいのがいけないんだよねぇ。
自分のことは棚にあげて、全力で美味しいものを頬張りたい、それが私です。