新年準備は人も人外も忙しなく―1
「ひとーつ、かみさまのちからはむやみにつかいません。ふたーつ、かってにおでかけしません。みーっつ、オヤツはいちにちひとつまで。よーっつ、おさけはぜったいにのみません!」
「なんか、これを聞くと帰ってきたなーって気がするな」
「ふふん」
通りかかった海斗さんが鴨居を見上げて私専用ルールを読み上げる私を見て、しみじみとした様子でそう口にした。
そうだろう、そうだろう。寂しかっただろう?
東のお屋敷に帰ってきたよ、私!
この鴨居を見上げるのもだいぶ久々だもんなー。
えっと……もしかして、月単位で久しぶり!?
本当はまだもう少し奏様のところで修行が必要だけど、大晦日にお正月三が日は皆と過ごしたいって随分とワガママを言って三十日の今日、半分無理やりさっき帰ってきた。
大広間に置かれた炬燵目当てで色んな人がやってくるから、すぐに皆にただいまの挨拶を言い終えていく。
後は綾芽と、綾芽と一緒に都の見回りの仕事に出かけている人達だけだ。
「……あ、いたいた。チビ、雑煮を作るんだけど」
「つくるっ! もちつきっ!」
「まだ言い終えてないでしょ。ま、いいけど。綾芽達が帰ってきたら当番表更新してるからって言ってね。餅つきはその後だよ」
「はーい」
薫くんに言われて毎日の日課を思い出す。
久しぶりの当番表。
私は今日は何に当たるのかなぁ。
「それっ」
「ぎゃっ! つめたいっ!」
「あははは」
厠へ行っていたお調子者の榊原さんが背後から忍び寄ってきて、手を洗ったせいで冷たくなった手を私の頬にあててきた。
ひゅっとなった身体を見て、皆が笑っている。
……やったな?
「あやめがかえってきたらいいつけてやろうかなぁ」
「あっ、卑怯だぞ」
「ひきょーでいいもんねー」
べーっと舌を出すと、榊原さんがその舌を引っこ抜こうとするような仕草を見せるもんだから慌てて口を隠した。もちろん冗談だ。その証拠に口元は笑っている。
そのまま榊原さんは私の体を抱き上げて炬燵の中に入ってきた。
元々冷え性なのか、どこもかしこも冷たい榊原さんの胡座をかいた上に座っているせいか今までよりもうんと寒い。
「さかきばらさん、ほんとつめたいねー」
「ん? あぁ、俺は心が温かいからな。ついでに広い」
「うっせぇよ!」
「勝手に言ってろ」
「なんだよ、体が冷たい奴は心が温かい云々は昔から言うだろーが!」
榊原さんがニカリと歯を輝かせながら笑みを浮かべる横で、榊原さんと仲が良いおじさん達がチャチャをいれてきた。
それ、私も知ってる。
自分の手をニギニギすると、ほんのりじんわり温かい。
これって、裏を返せば私の心は冷たいってこと!?
……ショックー。
「お前は子供体温だから関係ねーだろ」
「……そっか」
てっきりテレビに夢中かと思いきや、海斗さんはばっちり私の行動を見ていた。
「あ、雅ちゃん。綾芽さん達もうすぐ帰ってくるみたいだよ」
「ほんとう?」
障子をあけて入ってきたお兄さんが、ミカンの籠を炬燵の上に置きながら教えてくれた。
それから皆が食べた皮をゴミ箱に放り込んでいく。
「もう橋の袂まで来てるって。湯を準備するよう言っていたから……あ、ほら、帰ってきた」
「いってくる!」
門の方から門番さんが誰かと話す声がする。
今日の門番さんは真面目なおじさん二人だから、お互いと話すとしてもここまで聞こえるくらいの大声では笑わない。
きっと帰ってきた綾芽達と話してるんだろう。
私は榊原さんの体を押しのけ、玄関に走った。