修行は本場の土地で―3
「イギリスから取り寄せたフォートナム・メイソンの紅茶と、紫苑にアフタヌーンティーに合うお菓子を作ってもらったんだ。さぁ、召し上がれ」
「い、いただきます!」
ふわふわとしたブロンドの前髪から覗くアイスブルーの瞳が細められる。
この真正面に座っている男の人、私達をお茶会に招待してくれたレオン様は“馬鹿な子ほど可愛い”と、初対面の時、そうであるにも関わらずそんな少々問題があるように聞こえるセリフを笑顔で言ってくれた人である。
千早様曰く、ヤツの腹の中は乗り移ろうとした悪魔も真っ青になって裸足で逃げ惑うほどの漆黒っぷりだそうだ。
歳は潮様とあまり変わらないそうだけど、ずっと年下に見える。でも、それを口にすることは絶対のタブーならしい。これは別の人から教えてもらった。
でもまぁ、そんなこと。
美味しいものを目の前にした私にとってはじきに些細な事へと変わってしまう。
だってさ、ほんと美味しいんだってば。紅茶の美味しさっていうのはまだあんまり分からないけど、お菓子が美味しいっていうのはすっごく分かる。
そういえば、前に潮様にも苺大福作ってもらったけど、それも美味しかったなぁ。
「……プッ。君ってば、本当に頭の中は食欲しかないみたいだね。羨ましいよ」
「ん? へへっ。おとくでしょー?」
嫌味なら通じないよ? だって、薫くんやあのお兄さんで慣れてるもの。
東のお屋敷で料理のメニューを試行錯誤している薫くんや、どこで何をしているか分からない奏様に栄太と呼ばれていたあのお兄さん。
今日も元気に誰かに悪態ついてるかなぁ?
薫くん、本当は優しいのに、あの口のせいでとっても損してるし。
もったいない。
「見つけた! レオン様、第六課へ罪人を送るなら報告書もまとめてくださいとあれほどっ……あら、貴女もいたのね。ごめんなさい」
怖い顔をした奏様が生垣の向こうから姿を現した。
丁度私が見えない位置にいたのか、はたまた怒りでレオン様以外の周りが見えていなかったのか、奏様は荒げていた声をすぐに落とし、何をする気だったか分からない手を後ろに隠した。
「ちょっと、僕達もいるんだけど」
「貴方はこの光景、悔しながら見慣れてるでしょ? 潮様にはごめんなさい」
「なにその態度の差。僕、一応、神なんですけど」
「生まれてから千と少ししか経っていない童神のくせに。そういうのは私より早く生まれるか、私より力をつけるかして言いなさい」
「そんなの、どっちも無理でしょ」
千早様はぶすっと不貞腐れてお菓子に手を伸ばした。
そっかー、千年ってそんなに短い間のことだったんだー。
確かに生まれて間もない……ってそんなわけないでしょ!
十分おじいちゃんだからね!?
「年寄扱いするのはやめてくれる?」
「ごめんなさい」
ひえっ。睨まれた!
扱い難しいなぁ。
「まぁまぁ。二人とも、喧嘩はダメですよ。奏、紫苑がお菓子を作ってくれたようです。貴女も仕事が詰まっていないのなら休憩していっては? レオン、貴方もかまわないでしょう?」
「……潮様がそうおっしゃるなら。紫苑様のお菓子も食べていきたいですし」
「別に僕もかまわないよ。ティータイムの邪魔をしないのであれば、どんな存在でも」
「……報告書は後で頂きますからね」
奏様が着ている白衣の裾を捌き、空いていた椅子についた。
一人でに動くティーポットとティーカップにソーサー達。
他の三人は当たり前のようにしているけど、これってすっごく便利だと思う。
「……フゥ。美味しい」
「そう。良かった」
注がれた紅茶に口をつけた奏様が思わず漏らした言葉に、レオン様はニコリと笑みを浮かべている。
黙ってそこにただいるだけなら目の保養になる人ってやっぱりいるんだなぁって思う存在が、今までは綾芽だけだったのがココに来てぞろぞろいることに若干の恐怖を覚えるんですが。
まぁ、その分クセが強い強い。
綾芽の怠け癖が可愛く思えちゃうくらいだ。