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修行は本場の土地で―1
暗闇にぼんやりと灯される雪洞に照らされて、俯く女の人からすすり泣く声が時折聞こえてくる。
女の人が着ているのはとても綺麗で重そうな十二単と呼ばれるものだ。緋色の闇の中でも艶があると分かる髪を長く後ろに垂らしている。
「どうしてないてるの?」
声をかけると、その女の人がゆっくりと顔を上げてこちらへ振り向いた。
その女の人の顔は目と口の部分が黒く空洞になっていて、人の顔の形を成していなかった。
「愛していたの。愛していたのよ、誰よりも。あの子を」
口がないはずなのに、きちんと聞き取れる言葉が耳に届く。
不思議と怖くもない。いつもだったら振り返られた時点でアウトだっただろうに。
「いえばいいよ。あいしてるって。だいすきって」
言葉で、行動で。
何かを伝えたいなら、その人の前で。
「……もう、遅いのよ」
「え?」
女の人の傍で唯一この空間を照らしていた雪洞から光がフッと消え、私の意識もそこで途切れた。